第11話

「それで、仕事のことなんだが、プリザーブドフラワーの仕事以外にも、生花の仕事もあるから割と力仕事になるが、お前やれるか?」


「はい!生花の仕事もやってみたいです。」


「そうか…。じゃあ明日から来れるか?」


「はい!お願いします!」


まさかこんなに早く次の仕事が決まるとは思っていなかった。しかも、自分が花屋さんで働くとは、全く予想もしていなかった。


「じゃあ、明日の朝8:30に店にくるように。」


「わかりました!お願いします!」


浮き立つ足取りで1階へ降り、ドアを開けると、外はいつのまにか辺り一面雪景色になっていた。レッスンに夢中になっていて、雪が降っていたことに、私も葵さんも気がついていなかった。空を見上げると、大粒の雪が後から後から降ってくる。雪がさらに積もる前に早く家に帰ろうと、足を勢いよく踏み出すと、一歩目で足を滑らせてしまい、豪快に尻餅をついてしまった。


「いったー!」


あまりの痛さにお尻をさすっていると、目の前にスッと手が差し出された。


「大丈夫?」


顔を上げると、優しく微笑む柊さんが目の前に立っていた。


「しゅ、柊さん!」


「大丈夫?服が濡れちゃうから、早く立って。」


柊さんは私の手を優しく取ると、力強く引っ張り、立ち上がらせてくれた。


「そんなヒールじゃ滑って転んじゃうよ。車で送っていくから。」


私の手を握ったまま柊さんは車に向かって歩き出した。


「そ、そんな。お店大丈夫ですか?」


「葵がいるから大丈夫。大丈夫。ほら乗って。」


私は柊さんに背中を押されて助手席に座った。


「すみません。ありがとうございます。」


ペコリとお辞儀すると、柊さんは優しく微笑み、助手席のドアを閉めてくれた。突然、柊さんと2人きりで車に乗ることになり、胸がドキドキと音を立てた。


「レッスンはどう?葵、口うるさいでしょ?」


柊さんは運転しながら、どこか楽しそうな表情をして言った。


「えっと…。ちょっと厳しいですけど、丁寧に教えてくれるので、とってもわかりやすいですし、とても楽しいです。」


「そっか。楽しんでくれてるみたいでよかった。葵いつも怒ったような顔してるから、すぐみんな辞めてっちゃうんだ。」


「辞めるなんて…。それに明日から、一緒に働かせていただくことになったんです。」


「本当?よかったー!」


柊さんがクシャクシャっと笑った。思わず胸がドクンと音を立てた。


「葵とすみれちゃんが一緒に働いてくれたら良いねって言ってたんだ。」


「え?」


柊さんはこちらをチラリと見ると優しく微笑んだ。


「葵とこんなに仲良くしてくれる生徒さん初めてだったから、すみれちゃんとだったら働きやすそうだなって思っていたんだ。」


「そ、そうなんですか?いつもウザがられてて、仲良くなんて…。」


「あはは。ああ見えて葵もレッスン楽しんでやってるんだよ。」


柊さんはクスクス笑いながら言った。


「そうなんですか?でもあんな可愛いお店で働けるなんて夢みたいです。」


「花屋は意外と力仕事で大変だけど、すごくやりがいがある仕事だよ。」


「はい。葵さんもそう言ってました。がんばります!」


「そっか。占いで言ってた予期せぬ出会いって葵のことだったのかもね。」


柊さんが悪戯っぽく笑った。


「え?」


「ほら。すみれちゃんになんらかの影響を与えるかもしれないって言ってたやつ。」


「そうかもしれないですね…。」


予期せぬ出会いは、柊さんのことだと思っていた私は少し動揺してしまう。


「葵はプリザーブドフラワーと裏方やってて、店番と生花のことは、俺1人でやってるんだ。葵、接客苦手みたいでさ、すみれちゃんに接客やってもらえると助かるよ。」


たしかに、葵さんがにこやかにお客さんに対応する姿は想像できなかった。


「レッスン始めてから、なんだかすみれちゃん前よりも自信がついたみたいだね。」


「そうですか?自分では気がつかなかったけど、そう言ってもらえると嬉しいです。」


「ふふ。これから3人で頑張って行こうね。さてと、着いたよ。」


いつのまにかアルブルの前に到着していた。


「ありがとうございます。」


「それじゃあ、明日からよろしくね。」


柊さんは穏やかに微笑み手を振ると、車を発車させた。柊さんはいつも穏やかな雰囲気で、眉間にシワを寄せている葵さんとは大違いだった。もう見えなくなってしまった車の方向をぼーっと眺めていると、大粒の雪が少し強めに振ってきた。私は上を向いて、雪の写真を撮ろうとする。


"そういうのって、周りの意見より、自分がどう思うかのが大事なんじゃないか?"


ふと葵さんに言われた言葉を思い出す。たしかに、周りの意見や反応を気にして写真を撮るより、今自分がどう感じているかということの方が重要な気がしてきた。私は携帯をポケットにしまうと、滑って転びそうになりながら、慌てて家に向かって歩きだした。家に着き、自分の部屋に入ると、今日作ったプリザーブドフラワーをそっと棚の上に置いた。体験の時と合わせると、3つのプリザーブドフラワーの作品が並んでいる。自分で作った作品は愛着があり、いつも眺めては笑みがこぼれ、愛おしい気持ちになった。明日から始まる新しい仕事に期待に胸を膨らませ、プリザーブドフラワーをそっと優しく撫でた。






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