第10話

「よし。今日はラウンドアレンジをやってみるか。」


今日はレッスン2回目の木曜日を迎えた。


「ラウンドアレンジ?」


「そうだ。この前、ホテルのロビーで丸く半球を描いたスタイルのオーナメント見ただろ?それをラウンドアレンジって言う。」


ホテルで見たあの美しいオーナメントを思い出す。


「あのオーナメントすごく素敵でした。私もいつかあんなに大きなアレンジメント作ってみたいです。」


「そうか。プリザーブドフラワーの魅力にはまったみたいだな。」


葵さんは嬉しそうにフワッと笑った。笑った目元は柊さんにそっくりで、思わず胸がドキンと音を立てた。


「じゃあ、今日はローズとカーネーション、アジサイ、リボン、全部好きな色を選んでみろ。色の組み合わせも勉強しないとな。」


「わかりました。」


机の上にローズやアジサイなどが並べられ、どれも色鮮やかで綺麗だった。箱をいくつも手に取り、色を吟味する。


「ローズはこの白と薄めのピンクで、カーネーションは紫色かな。リボンはストライプで…。アジサイは…。」


「いいんじゃないか。お前はナチュラルな感じが好きなんだな。ローズのSはホワイトと、薄めのピンクで、カーネーションはラベンダー色だな。リボンはこの青と白のストライプで、アジサイはどうするんだ?」


葵さんは私が選んだ花を箱から次々と取り出す。


「アジサイはこの緑色にします。」


「よし、これで揃ったな。じゃあ、まずローズのワイヤリングからだ。」


私はローズのホワイトを手に取りワイヤリングを始めた。体験を合わせると、ローズのワイヤリングは3回目になり、だいぶ手元が慣れてきた。ローズの白とピンクを合わせて6つ、ワイヤリングを仕上げるとテーピングを始めた。


「だいぶ慣れてきたな。次は初めてのカーネーションのワイヤリングだな。」


葵さんは自分の作業をしながら、私の手元を時折観察していた。


「できました。こんな感じでどうでしょうか?」


「よし。ちゃんとできてるな。じゃあ、次はカーネーションのワイヤリングだ。カーネーションはガクが丈夫だから、ガクにクロスメソッドをする。インソーションは無くても大丈夫だ。よしやってみろ。」


「はい。」


葵さんの手元で見たように、カーネーションのガクにワイヤーを恐る恐る通す。ガサガサと音がして今にもカーネーションが崩れてしまいそうだった。


「なんか崩れてしまいそうなんですけど。」


「ローズと形が違うから力の入れ具合が難しいかもな。でもそれぐらいでは崩れないから大丈夫だ。ワイヤーを通してみろ。」


少し力を入れてワイヤーを通すと、案外壊れずにワイヤーがガクを通り抜けた。


「できたな。ワイヤーが見えないようにガクからテーピングをするんだ。」


ガクからテーピングを始める。フローラルテープをずっと触っていると指がベドベドしてきてしまった。


「ウェットティッシュで拭くか?」


葵さんがウェットティッシュを差し出す。相変わらず、言葉は乱暴だが、さりげなく優しいところもあるらしい。葵さんからウェットティッシュを受け取る。


「次はアジサイだな。今日はアジサイはこれぐらいの束にしてワイヤリングしてみてくれ。」


葵さんは小ぶりのブロッコリーくらいの量のアジサイを手に取りワイヤリングしてみせる。私も同じくらいの量を取り、ワイヤリングを始める。


「そういえば、先日、フラワーショップ関連の会社を経営している方と知り合ったんですけど、葵さんや、柊さんのこと知ってるみたいでした。フラワー業界じゃ有名な人達だって。」


「誰がそんなことを?会社の名前は?」


葵さんは怪訝そうな顔をする。


「フラワーショップの名前は聞いてないんですが、たしか聖さんって名前の男性です。」


「聖…?」


葵さんは首を傾げる。


「まぁそんなことは置いといて、次はリボンのワイヤリングだ。リボンは色々なワイヤリングがあるが、今回は、フレンチボウという方法だ。適度な長さにリボンを切り、二つ折りにして、輪っかになってない方のリボンの先端に、ツィスティングの要領で巻きつける。」


私も見よう見まねでやってみるが、リボンがヘタってできてしまった。


「少し、上の方をワイヤリングしすぎたな。リボンが解けない程度に先端に近い部分をワイヤリングするんだ。」


2つ目はなるべく先端部分をワイヤリングすると、葵さんのようにフワッとしたリボンが完成した。これもローズと同じようにテーピングを施した。


「最後にオアシスを花器に合わせて、カットしたら、いよいよアレンジだな。」


「やっとアレンジですね。」


オアシスをナイフでギコギコやりながらカットし始める。


「なんだよ。そのぶきっちょな切り方は…。こうやって…。」


葵さんはオアシスを取り上げると、ナイフでストンストンと手早くカットした。


「ケーキのフルーツのように切ってみろよ。実家がケーキ屋なら、お前もケーキ作ったりするんだろ?」


「それが私…ケーキ屋の娘なのに、スイーツ作りが苦手で、全然うまく作れないんです。」


「なに?そうなのか?てっきりお前もケーキ屋で働いているのかと思ったよ。」


葵さんは驚いた表情で私を見る。


「そうやって、みんなに驚かれるんですけど、何回使ってもうまくいかないんです。それに、仕事はケーキ屋ではなくて、違う会社で働いてたんですけど、契約打ち切りになってしまって…。」


「なるほど…。」


てっきりバカにされるかと思いきや、葵さんは顎に手を置き、何か考えているようだった。


「うちで働くか?」


「え?本当ですか?」


私は思わず立ち上がって葵さんを見つめた。


「ちょうど人手が足りないと思っていたところなんだ。やってみるか?」


「は、はい。お願いします!」


突然のことに驚きと興奮が隠せなかった。しばらく茫然としていると、葵さんは眉間にシワを寄せてこちらを睨んだ。


「手が止まってるぞ。仕事のことは、また後で話すから。とりあえずレッスンに集中しろ。オアシスを切ったら、花器にセットして、中心にカーネーション、その周りにローズとアジサイを半球型になるように挿していくんだ。オアシスの中を通すワイヤーが同じ点を通り、中央部分で交わるイメージで挿していくと自然にラウンドアレンジの形になる。やってみろ。」


「は、はい!」


私はカットしたオアシスの中央にカーネーションを挿すと、ローズをカーネーションの周りに、同じ点を通る様に心掛けて挿した。


「ラウンドになってきてるが、顔の向きがぐちゃぐちゃになってるぞ。周りのローズが下を向いてると寂しい感じに見えて華やかさに欠ける。真ん中のカーネーションの顔の向きを基準に周りのローズの顔の向きを決めるんだ。」


全体の形ばかりに気を取られ、花の顔の向きが疎かになっていた。ローズの顔の向きを修正していく。


「だいたい形になってきたな。あとはローズとアジサイの隙間にリボンを入れていくんだ。」


リボンを挿していくとブルーがアクセントとなり、より華やかに見えた。なんとか半球を描くラウンドアレンジが完成した。


「なかなか良いんじゃないか。今日のレッスンはラウンドブーケを作る時にも活かされるから覚えておけよ。」


「それで仕事のことなんだが…。」


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