第5話 新人研修


 レベルアップの事はとりあえず保留とした。まず新人四人にコンビニの仕事を教えないといけない。


「ではこれより新人研修を始めます」


 懐かしい。脱サラしてコンビニオーナーを志した時、俺もこうやって研修を受けたものだ。


「「「はい!」」」


 ルークを筆頭に四人が一糸乱れぬ統率で返事をする。気合は十分のようだ。ちなみにバルドさんはレジでお店番をしてもらっている。営業止められないしね。


「では、まずは店内を案内します。ここが入り口です。お客様が入ってきたら、大きな声『いらっしゃいませ!』とご挨拶をしましょう」


「「「はい!」」」


 そのタイミングで常連のひげ戦士が入ってくる。


「いらっしゃいませ!」


 俺の挨拶に続いて、四人が一糸乱れぬ呼吸で挨拶する。


「「「いらっしゃいませ」」」


「お、おう。いらっしゃい……ました」


 明らかにキョドられた。彼は気を取り直して奥の飲料ストッカーへと移動していった。いつもの缶ビールとつまみだなと予想しつつ、俺は研修を続ける。


「ここが売り場です。棚の列ごとに商品のカテゴリが変わります。この列は“やくそう”などの消耗品。ここはキャンプ用品、燃料とか飲料水を作る道具とかですね」


 彼らはしげしげと商品を見ている。聞くと彼らの知るキャンプ用品とかけ離れすぎていて、そういうものと認識できていなかったらしい。商品説明をもっと増やさないとだめだと改めて思った。


「店長、これは何でしょうか?」


 ラズ君が筒状の商品を手に質問してくる。


「ああ、それは“フィルター”です。たとえばですが、泥交じりの水をそこに通すときれいな水になって、洗濯とかに使える水になります。あとはこっちの錠剤を入れて、少し待てば、十分に飲める水になります」


「……すごい」


 この世界では、生水を飲んで腹を下して死ぬ人もちらほらいるそうで、これはかなり画期的な道具らしかった。さらに、価格を見てラズ君がため息を漏らす。


「もしこれと同じものが王都にあれば、もっといい値段で売れますね」


「そうなの?」


「というのもですね、王都ほどの大都市ですと飲料水の確保がかなり難しいんです。これがあれば生水でお腹を壊す人が激減するんじゃないですかねえ」


「いずれ王都で商売をすることができるようになったら、これを大量に持ち込むとするよ」


「それがいいと思います。売れますよ、絶対に」


 ラズ君の目がマジだった。


 ほか、固形燃料や湯沸かしとしても使えるマグ、さらに固形スープの素など、野外活動を便利にする道具類を見て彼らは目を輝かせていた。さらにマッチの値段に彼らは驚愕していた。


 火種の管理の手間が一切なくなることはこの世界の生活をかなり変えるようで、毎年出る失火の被害が激減するのではないかとのことだ。


“やくそう”や“ポーション”類の質については元コンビニ利用者なので知っていたそうだ。というか、ここの商品の品質では王都の大手商会すら太刀打ちできないんじゃないか? とかなんとか。


「えーと、治癒術師の私の立場から言わせていただきますと……失業の危機を感じました」


 レナさん、さすがにそれは大げさじゃないかな? と思ったのだけど、誰も笑っていなかった。


 最近仕入れた食品も好評のようだ。もともとの人気商品は軽くて持ち運びしやすいインスタント食品だった。あとは、受け入れてもらえるか心配していたソフトドリンク類も面白い味がするということで意外に好評だった。


 まあ、実際問題として、宿屋一泊が1000ゴールドの世界で、たとえばペットボトル一本150ゴールドという価格設定が高いのか安いのか疑問もあったけれども心配はいらないようだ。


 ひとまず四人に試食してもらった。“カップ麺”や“カップスープ”は全員が一言も発さず黙々と平らげた。ほかにも、コンビニスイーツ類やお菓子を食べてもらう。生クリームを載せたプリンは、リンさんとレナさんの間ににらみ合いが発生する騒ぎとなるくらいだった。


 この食いつきなら、多分売れるだろうと判断して販売を続行することにした。


 カタログをお客様に見せて、そこから武具を注文できるシステムを説明すると、さすがに現役冒険者だ、目つきが変わった。福利厚生の一環として、従業員割引きの話をするとさらに目の色が変わった。


 一応「研修中」のバッジが取れてからねと釘を刺すと、彼らの士気が一層上がった気がした。目の前のニンジンって大事だよね。


「ここがお手洗いです」


「ああ、そこは客として何度も利用していたのでわかります。使用後に水で流すってすごいですよね」


 流した後の下水がどうなっているのかは考えないようにしていた。実は元の世界に繋がってたりして……?


「場合によっては汚れることもありますので、定期的にチェックして清掃をお願いします。道具はここにありますので。また、消耗品が少なくなってきたら報告してください」


「「「わかりました!」」」


 次にPOSレジのそばに来る。接客中のバルドさんの前にはすでに三人ばかりお客様が並んでいたので、俺のレジに誘導することにした。


「お待ちのお客様、こちらへどうぞー!」


 品数が少なかったので、お客様に一言研修中と伝えてからPOSの操作を始める。


「このバーコードをセンサーの前にかざします」

ピッと音を立てて商品がスキャンされ、商品名と価格が表示される。


「この場合、“やくそう”が三つあるので、「3」とこの「X」のキーを押すと……」


“やくそう”の数量が「3」に変更され、価格もそれに応じて三倍の金額に変わる。


「同様にして商品すべてをスキャンします……終わりました。で、ここの小計キーを押します」


 キーを実際に押す前に俺はちょっといたずら心を起こして、ルークに質問してみた。


「んじゃルーク、商品の合計はいくらだい?」


「うえっ!? えーとえーと……九七二ゴールド?」


 ここで小計キーを押すと商品単価と数量が自動計算されて総額が表示される。


「以上、七点のお買い上げで九八二ゴールドです。はい、一〇〇〇ゴールドお預かりします。では一八ゴールドのお返しですね。ありがとうございましたー!」


「ルーク、慌て過ぎです」


「うう、面目ない」


 リンさんに叱られるルークは若干しょんぼりしているように見えたが、ちょっと耳が赤い。恥ずかしがっているのか、それとも?


「しかしすごいですね、計算まで自動ですか」


「ラズ君、機械はあくまでも道具だから、何らかの間違いが起こる可能性がある。だから自分でも計算できるようにしておかないといけないよ?」


「う……精進します」


「よろしくね」


 俺は彼らに笑いかけたが、四人そろってなぜか目をそらしてしまった。


 こうしてコンビニの業務を説明していく。一線級の冒険者であった四人は覚えもよく、その日の閉店時間あたりには各自がレジ業務をこなせるようになっていた。


 男手二人には商品の補充を優先して教える。“ポーション”とか結構重いんだよね……ってレベルが高くてその分力もある彼らには、どうということはなかったようで……。


 魔法職のラズ君よりも腕力が弱いことに俺は気付かされて、次に休みを取ったら俺はレベル上げに行くんだ……と何やらフラグっぽいことをつぶやいていると、バルドさんの生暖かい目がやたらと心に突き刺さる。こうして研修の初日が終わるのだった。

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