第4話 急患です!?
夜も更け、閉店時間が近づいてきたころ、バルドさんはレジ締め作業を行い、俺は店の前を掃除していた。設置したゴミ箱には満杯になるまで弁当やカップ麺の空が捨てられており、売り上げの好調さをうかがわせる。
店内のお客様も先ほど最後の一人を見送り、今日も忙しかったがいい日だったな、そんな感慨に浸ろうとしていたのだ。まあ、あれだ、現実逃避ともいう。
そんなひと時の平和は悲痛な叫びで打ち破られた。
「助けてくれ!」
四人組の冒険者パーティがコンビニに駆け込んできた。最近よく顔を見る連中だ。ビキニアーマーを着ていた女戦士が重傷を負ったらしい。
その顔には血の気はない。というか死んでないかこれ?
店内から駆け付けたバルドさんが容体を確認するも顔をしかめている。どうもよくないらしい。
「いかんな。アンデッド化が始まっている」
「アンデッド化とはどういうことですか?」
「ああ、ケイタ殿は見たことがないか。高位のアンデッドの毒が体に回っている状態じゃ。回り切った時点でその者は……アンデッドと化して人を襲う存在となる」
バルドさんが悲痛な表情を浮かべ、絞り出すような声で答えてきた。
「そうだ、“せいすい”はないんですか! こいつは……リンは俺をかばって!!」
泣きじゃくるリーダーと思われる青年。こうしている間にもアンデッド化は進んでゆく。よく見ると女戦士の肌の色が徐々に黒く染まっていき、それは体の大部分を占めようとしていた。
「むう、ここまで進行しておるとうちの“せいすい”の品質でも……」
バルドさんの言葉ではあったが、ダメ元で商品棚から一つ取り出してぶっかけてみた。けれどやはり効果はないようだった。
バルドさんは首を横に振る。
「えっと、コンビニって大抵のものはそろうんですよね?」
パーティの治癒術師らしい少女が話しかけてきた。
「店頭にない商品でも取り寄せは可能ですよ」
「じゃあ、“神の雫”はありますか?」
「レナ!? それは俺も考えた。けどさすがに無茶だろう!?」
リーダーの青年が声を上げる。
「仮に王都の錬金術ギルドに発注したとして、あれは調合に7日はかかる。そして輸送に3日だ。しかもそれは材料がそろっているときに限られる」
バルドさんが感情を押し殺してその希望を打ち砕く発言をした。
「そんな……」
レナと呼ばれた少女がへたり込む。悲しいけどこれって現実なのよね。
このころ合いになると騒ぎを聞きつけたやじ馬が人だかりを作っていた。
騒ぎは大きくなるし、何とかならんのかと怒声を上げるおっさんもいる。とりあえずこの状況をなんとかしなくては……。
何かないかとタブレットの商品メニューを確認する。キーワード検索「神の雫」……お、ヒットした。マスタを確認すると、在庫あり、即時納品可能と記載がある。これはいけるんじゃね?
「“神の雫”、用意できます!」
俺の一言に周囲がどよめく。先ほどの説明で入手は絶望的と言われていた品である。
「いくらかかっても構わない! すぐに取り寄せてくれ!」
迷いのないリーダーらしき青年の言葉に胸を打たれた俺は、タブレット画面上に指を滑らせ、発注ボタンをぽちっとタップする。
緊急時なので、オプションでお急ぎ便を指定する。送料が上乗せされるが即時発送してくれるシステムらしい。そういえばさっき無駄打ちになった“せいすい”も一緒に請求しなくては。
中空から段ボール箱が現れ、ぽすっと俺の手に収まった。
腰のツールベルトからカッターを引き抜き段ボールを開封すると、エアークッションに包まれた小瓶が姿を現す。中の液体は、七色の輝きを放っていた。
「そそそそそれは!?」
バルドさんが目を見開く。いつもクールな彼の驚きの表情を見て、してやったりという感情が湧き上がるが、今は人命優先だ。けどドヤ顔をしていたことは否定できない。俺も人間である。まあ、あれだ。ハッピーエンドっていいよね。
とりあえず蓋を外し、瀕死の女戦士の頭から“神の雫”をぶっかけた。虹色の液体が空気中の魔力を吸収して輝きを増す。そのまま雫が降り注ぎ、彼女の身体をまばゆい輝きが包み傷をいやしていく。やがて傷一つない状態で女戦士は目覚めた。
「ここは……知らない天井だ」
「いやそういうのはいいから……」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。このセリフってなんかのテンプレか?
「リン、よかった! よかったああああああああああああ」
リーダーらしき青年が女戦士に抱き着く。「うおおおおおおお!!」と周囲のやじ馬も歓声を上げる。俺はバルドさんと抱き合ってくるくると回っていた。
そして次の瞬間ごすっと鈍い音が響いた。
「ルーク、どさくさに紛れて人の胸触るな!!」
肘鉄が脳天にめり込み、青年……ルークの体が地面と平行になっている。というか勢い余って顔面が床に叩きつけられていた。うん、台無しだ。
ルークへのあまりの仕打ちに周囲の人も息をのんでいたが、助かった女戦士、リンの耳が真っ赤であることに気付いた俺はこう結論付けた。
「なんだ、ただのツンデレか」と。
さて、ここで困った問題が発生した。“神の雫”は定価が300万ゴールドだった。そして彼らの所持金が思い切り不足している。大体宿屋一泊が素泊まりで1000ゴールドの世界である。このあたりでは冒険者一人の一か月の生活費は10万ゴールドもあれば足りる。月に15万ゴールドを稼げればそれなりの稼ぎがあるとされる。そんな相場で300万ゴールドは彼ら四人の約半年分の稼ぎ以上の金額に相当していた。
「命には替えられない。なんとしてでも代金は払わせてもらいます」
ルークは毅然とした表情でこちらに告げる。
「そうですねー。けれどどうやって稼ぐんですか?」
さらっと俺が疑問を呈すると、ルークは言葉を詰まらせていた。別にいじめたいわけではないんだけど、こちらも商売だ。返済計画はしっかりと立ててもらわないといけない。「ご利用は計画的に」だ。
「それは……」
苦悶の表情を浮かべつつルークが何か言おうとしていた。
「そもそも依頼失敗の場合、違約金がかかるじゃろ?」
そこにバルドさんがダメ押しを入れる。
「あ……」
その一言にルークがくずおれる。見事なおーあーるぜっとだった。
「忘れてたんじゃな? まあ、仲間が死にかければ気も動転するか」
「ぐぬぬ……」
「仕方ない、わたしの身体で払おう」
「「「うえええええ!?」」」
リンの爆弾発言にほかのメンバーが悲鳴を上げる。
リンさんのたわわなアレに何かをのせるチャレンジとかできるんだろうか? などと妄想を膨らますと、それを察知したのかバルドさんに足を思いきり踏まれた。むう、この前のおっぱい談議でわかり合えたと思ったのになぜ? 痛みに悲鳴を上げそうになるが必死にこらえる。
「ようするにじゃ、ここで雇ってもらいたいということかのう?」
「そうです!」「それだ!」
女戦士……リンさんと、リーダーっぽいやつ、ルークひとりのセリフが微妙に違いつつかぶる。
そして彼らの自己紹介を受け、当店は4人の従業員を迎え入れることになった。
しかし、俺はこの世界の常識に疎い。よってバルドさんに相談してみた。
「バルドさん、お話が……」
「どうしたのじゃ?」
「えーと、こっちに来てそろそろふた月ほどですが、俺ってこの世界の常識のことよ
くわかってないんですよね」
「ふむ、まあそれは仕方ないのではないか? むしろよくやっていると思うがの」
「そう言っていただけると嬉しいです。ただですね、知らないで済まされないことってありますよね」
「ふむ、それは正しいが、何を言いたいのじゃ?」
「改めて、バルドさんを信頼してお願いがあります。副店長になってくれませんか?」
「ななななななななにいいいいいいい??」
バルドさんが大声を上げた。事情を聞くと普通こういった商家では十年単位で修業して初めて補佐を任されるらしい。あと、知り合ってふた月の人間をそこまで信用したことにも驚いたとか。
「や、そんな驚かなくても?」
「初対面の人間を雇う時点でどうかと思うておったが、お主には警戒心が足らぬぞ?」
「ってバルドさん、俺をだましたりするんですか?」
「そんなことは私の誇りにかけてやらぬ!」
「じゃあ、問題ないですよね? それに、ずっと一緒に仕事をしてきて、バルドさんなら信じられるって思ってます。だから、急な話で申し訳ないんですけど」
「ふふふ、そこまで言われて受けなんだら私の名が廃るというものじゃ!」
「ありがとうございます!」
俺は思わずバルドさんの手を握ってしまった。頬を染めるバルドさん。あとはその蕩けるような微笑みは何ですか?
そのまま見つめ合っていると性別の壁を突破しそうになったので、思わず視線をそらしてしまったのだった。
結果としてスタッフはこうなった。
店長:俺こと『ケイタ』 店舗総責任者
副店長:『バルドさん』 俺の補佐と新人のフォローを担当
店員その一:リーダーこと『ルーク』 雑用担当
店員その二:女戦士でたゆーんな『リンさん』 レジと武器に詳しいのでリペア受付を担当
店員その三:魔法使いの『ラズ君』 “ポーション”とか“やくそう”の類に詳しいらしいので、そっち方面担当
店員その四:治癒術師の『レナさん』 接客全般担当
なんかそのまま冒険の旅に行けそうなスタッフ構成ではある。
リンさんの格好、さすがにビキニアーマーはまずいと思っていたら、普通の装備もあるらしい。剣士ではあるが剣以外の武器にも造詣が深く、武具の品ぞろえの強化に貢献してくれるだろう。
レナさんは儚げな美人で、そんな彼女がコンビニの片隅で働くさまに、ぐっとくる野郎どもが列をなすことになるだろう。ちなみにこの人もかなりたわわである。
ラズ君は地味だが、確実に仕事をこなしてくれる。街に出てもらい情報収集してきた内容から発注の方針を決めることもできそうだ。戦闘が起きそうなときはポーションや、武具を多めに仕入れるとか。
ルーク、何となくイケメンでイラっとくるので呼び捨てにしている。彼はイケメンスマイルで女性客の増加に寄与しそうだった。
雇用条件として彼らには時給制で給与を支払い、さらに店の利益分から出る歩合でボーナスを支払うことにした。あと住居として相部屋ではあるが寮を提供する。それを書面化して渡したところ目を丸くされた。
「えっと、これは?」
ルークが代表して聞いてくる。
「雇用条件通知書。給料とか働くときの条件とかが書かれてる。お互いこれを守って働きましょうってことだよ」
「こんな好条件って……マジっすか……」
絶句するルークたち。この世界の常識として、どこかに雇われた場合、はじめは一定期間の丁稚奉公が課せられるのが普通らしい。給料なんかの条件も口約束で、とりあえず食事が出るだけマシという待遇も多いとかなんとか。
それを最初から給料が出るとか住み込みで働けるとか聞いて、彼らのテンションは大いに上がっていた。まあ、幸先がよいということにしておこうか。
そして、彼らを従業員登録してすぐに、俺たちの頭に新たなシステムメッセージが流れたのだった。
曰く、スタッフ五名以上の条件を満たしました。店舗のレベルアップをしますか? と。
店舗ステータス
レベル:1
資金:86万ゴールド
売上:291万ゴールド
販売点数:4723点
来客数:2430人
QSCスコア:61
来店状況:冒険者中心に来店。ポーション類や食品の販売比率高い。リペア受け付けが好調。
店長コメント:新人スタッフの採用により人手不足の解消が見込まれる。最初は研修を行い早急に新人を戦力化することが急務。
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