第3話 設備投資をしましょう
さて、こっちの世界に飛ばされてすでに七日が過ぎていた。
バルドさんのイケメンスマイルのおかげで徐々にお客さんは増えてきた。フルプレートを着たごついおっさんとか、犬耳つきの弓兵とか、ローブに身を包んだ爺さん(耳とんがり)とかまあ多種多様な人々が訪れた。
彼らは“やくそう”とか“上やくそう”とか“どくけしそう”とかをよく購入する。そしてたまに“はがねのつるぎ”や“くさりかたびら”などを手に取り、時に購入していく。
場合によっては古い装備品などの引き取りを要求され、そうすることもあった。この
ときPOSに「リサイクル」という項目があることを初めて知った。
回収した装備品をコンテナに詰めてリサイクル伝票を貼り付ける。そのまま魔法陣から発送すると、資源リサイクル買取伝票と共に資源相当額のゴールドが送られてきた。なんというエコ!
さらにタブレットのメニューを確認していると「リペア」という項目があった。
コンテナにお客様から依頼のあった装備品を入れて、リペア依頼を行う。そのまま魔法陣で転送すると、半日後には請求書とともに新品同様になった装備品が戻ってきた時はぶったまげた。
返品とかもできるし魔法陣が万能すぎる。
装備品の修理は、戦場に近いということもあり依頼者は引きも切らずだった。
実際手になじんだ装備品を使い続けたいという要望が多くあり、修理の質も非常に高かったので当然の結果であろうか。
しかし問題も出てきた。サービスが好評なのはいいことなのだが、あまりの忙しさに食事をとる時間も取れず、レジでも待たせる時間が出てしまったので、一度バルドさんと相談することにした。
「ケイタ殿、ちと忙しすぎるな。この場合どう対応するのが一般的かのう?」
「そうですね。一時的にでも店を閉めて補充とか清掃をする必要がありますね。現状なら一時間ほど、昼過ぎに閉めることにしましょうか?」
こうして、中休みを設定して、食事とメンテナンスを行うため店を一時間閉めることにしたのだった。
手早く食事を済ませ二人で補充作業をしていると、踏台でバランスを崩したバルドさんが倒れ込んでくる。慌てて受け止めることに成功した。
「ケイタ殿、無様な姿を見せたが、仮にここから落ちたとしても私はかすり傷一つ負わぬぞ?」
「いや、そういう問題じゃないですよね? 万が一があったらどうするんですか!」
「う、うむ、助けてくれてありがとうなのじゃ……」
なんだかバルドさんの顔が心なしか赤かった気がする。
さて、売り上げも伸びて資金が一定金額を超えると、今まで暗転していたタブレットのメニューが開けるようになった。というかまたシステム音と共にメッセージが流れたのである。
『設備設置メニューが解放されました。自動販売機やベンチ、テーブルを設置できます。詳しくはメニュー内を確認してください』
そして今回は、バルドさんにもそのシステム音声が聞こえたようである。これは彼がスタッフとしてコンビニシステムに組み込まれたということだろう。なんだか嬉しくなってしまった。仲間っていいよね。
メニューにはいろいろな項目があり、自動販売機の選択肢があったので、お店の前に設置してみることにした。
バルドさんも興味津々でこちらの操作を俺の肩越しに見ている。距離が近いせいか、なんかいいにおいがして、ちょっとドキドキしてしまったのは内緒だ。すごい、
イケメンは性別を超えるのか!?
ポーション自販機Sを選択する。設置する機械の費用は100万ゴールド、商品補充は1万2000ゴールドだった。あと、月々の維持費が100ゴールドかかるらしい。電気代みたいなもんか。
ひとまず自販機の“ポーション”を確認した。いつの間にかPOSの引き出しに入っていたカギで扉を開き、在庫品を取り出して鑑定してもらう。バルドさん曰く、“コモンポーション”、“ハイポーション”、“エクスポーション”の三種類があり、品質は保証するとのことだった。王都の錬金術師が泡吹いて倒れるレベルって言われても俺にはピンとこなかったが……まあ、物がよいのは店としていいことだ。
設置してしばらくすると、店の前に冒険者の人だかりができていた。要するに自販機が珍しいのだろう。人が多すぎて入り口がふさがっており、店内にお客様がいなかったので、とりあえず出て行って、説明をすることにした。
「おお、店長。こいつはいったいなんだ?」
常連の重戦士のお客様が代表して質問を投げてくる。
「ええ、自動販売機と言います。ここにゴールドを入れます。すると今入れたゴールドで買える商品のボタンが光ります。たとえば、この“コモンポーション”ですね」
「ほうほう」
「ぽちっと」
ボタンを押すと自販機の下部から商品が出てくる。
「「「うおおおおお! すげえ!!」」」
「レジで待たずにここでも商品が買えます。うちでよく売れてるポーション類を入れてありますので、お急ぎでしたらこちらの自動販売機もご利用ください!」
お客さんの反応は上々だった。時にはこれを入れてほしいなどの要望もあったので、ちょこちょこ商品を入れ替えてみる。
しかし問い合わせがあまりに多いので、操作手順を書いた看板を自販機の横に設置することになった。やれやれ。
冒険者風のパーティが自販機をおっかなびっくり操作し始めた。魔法使いらしき少年が頷くとおもむろにコインを入れて“コモンポーション”を買う。魔法使いの青年がポーションの品質を見て驚きの表情を浮かべていた。
その光景をバルドさんは、さもありなんという様子で見ている。
「どういうことですか?」
「何がじゃ……ああ、そうじゃの。この“ポーション”の質ならばほぼ上限まで回復できる。彼らのような冒険者には必須であろうよ。おそらくだが、次に起こるであろう戦に備えておるのじゃろうな」
「あー。そういえば人通りも多いですし、なんかあわただしいですね」
「うむ、今回は魔王陛下が出張ってくるらしいぞ」
「えええええ!? ということは、人間の勇者も現れるとか?」
「なんじゃ、わかっとるのう。今代の勇者はまだ年若く……そういえば勇者召喚の時期とお主が現れた時期は一致するのう?」
「へエ、ソウナンデスカ、グウゼンッテコワイデスネー」
「まあ、あれだ。『レ・ミゼラブル』じゃな」
「ああ無情って、なんであなたがそんな言葉知ってるんだ!?」
「ああ、休憩室の本を読ませてもらった。なかなかに異世界の文化というものは興味深いのう」
「もういいです、ええ」
「それと仮眠用ソファの下から……」
「アーアーアーキコエナイーーー!!! っていうか見たのか、見たんですか!?」
「うむ、まあ、あれじゃ。巨乳などただの脂肪なのじゃ。エロい人はそれがわからんのじゃ!」
「大艦巨乳主義で悪かったなおい!? 泣くぞ、いい加減泣くぞ?」
乳なんぞ飾りだ。と耳元で繰り返すバルドさんの精神攻撃に耐えかね、ひとまず休憩中の看板を外すため外に逃亡するのだった。あの人巨乳に恨みでもあるのか? 昔おっぱいさんにだまされたとか……?
いろいろ脱線した。勇者召喚と俺の異世界転移に何か関係があるのかもしれない。ただまあ、今日を生きなければならない俺はそのことを頭から締め出した。
今日も今日とて売り場の整理とレジ打ちの毎日である。バルドさんもレジ打ちに慣れ、イケメンスマイルで「ありがとうございましたー」と告げると、女剣士のお客様が頬を赤らめていたことを俺は見逃さない。しかしあれだ。イケメン爆破したい。というかビキニアーマーって実在するんですね。
露出度の高い女剣士の装備にそれとなく視線を向けていたのだが、どうもバルドさんに気づかれていたらしい。
「ふむ、あのような鎧で身を守れるのか? と言いたいようじゃな」
「あ、ええ、ソウナンデスヨー」
若干棒読みだったが気づかれなかったようだ。っていくらイケメンとはいえ、男同士だし気付かれたとしてなにか不都合があるのか?
「あれは魔法仕掛けの防壁を張るタイプでな、各パーツの中央部に魔法陣を仕込んだ宝石がついておるのじゃ……」
ああ、だからおぱーいの中央部にピンク色の宝石がのっかっていたんですね。あえて言おう、巨乳はいいものだ。
などと不埒な思考をしていたら、どうもバルドさんに読まれたようだ。蔑んだ目でこちらを見てきて、ちょっとゾクッときたのは内緒だ。
「不潔じゃな……この変質者が」
「誤解だ! 男は誰でも心に理想のおっぱいがあるものだろ? それを誰にも否定させないし、してはいけないんだ! それと俺は変質者ではない、ただの紳士だ!」
「まったく、人がまじめに魔法鎧について講義しておるのに……」
「それは申し訳ない。ですがこれって男のサガでしょう?」
あるときタブレットを見ると、『仕入れ可能商品レベル2』という項目が追加されていた。どうも売り上げに応じて使用できる機能が増えていくようだ。
さらに発注メニューに店舗備品の項目があったので、雲形POPとかを取り寄せてみた。ほかには商品の上位種が追加されている。たとえば“やくそう”ならば“特やくそう”とかだ。あとは武具類も品ぞろえが増えている。入ってすぐの目立つエンドに“はがねのよろい”をディスプレイしてみた。「そんな装備で大丈夫か?」とPOPを付けるのも忘れない。
POPを書いているとバルドさんが俺の手元をのぞき込む。だから近いって。
「器用なものじゃのう」
感心する表情もイケメンだった。
他には魔法薬の品目が増えていたので、ドリンクコーナーの半分を入れ替え、通常の“ポーション”類に加えて“マジックポーション”(MP回復薬)とかを入れてみた。これが好評を呼び、売り上げが伸びた。無論のこと、店頭の自販機にも投入する。
さらには日本の“コンビニ弁当”も仕入れられたので、なぜか置けた電子レンジを用意したところ、ここで食事をする人が増えていった。
店舗前にテーブルとベンチを設置したところ休憩目的で寄ってくれるお客様も増えたようだ。よしよし。
干し肉ばっかりで飽きてたんだよなー、とか言いつつ髭もじゃの戦士が“フライドチキン”に相好を崩す。レンジで温めるお手軽品だ。別の戦士は、このスープうめえと“カップ麺”をすすっていた。
ちなみに、“カップ麺”はお湯だけで作れるうえに、軽いので非常に好評だった。ペットボトル飲料も、しっかりふたができるので持ち運びに便利だと売り上げ上位に入っている。
特に水の質にうるさいと言われるリザードマンの皆さまが、いつもまとめ買いをしてくれるようになった。ありがたや。
そして売り上げ好調であるということは忙しさも比例する。バルドさんと二人そろってレジに釘付けになってしまい、リペアの受け付けが遅くなったり売り場の商品の補充が追い付かなくなったりしていた。
「ケイタ殿、リペア受け付けの時間を絞ったほうがよくないか?」
「といいますと?」
「たとえばじゃが、レジが混まない時間帯があるじゃろう? 昼過ぎとか。逆に混雑する時間は受け付けをやめるべきじゃ」
「んー、そうですねえ。それも考えたんですよ。時間帯はちょっとデータ見て決めますね」
「データ?」
「ほら、これなんですが、一時間ごとのレジ件数と売り上げが数字でわかるんですね」
「ふむ、体感よりもこちらの方がわかりやすいな」
「これがデータというものですね。けどバルドさんの体感も外れてないです。お昼時がやっぱり忙しいですね。あとは冒険者の皆さんがこれから出発する朝の時間帯とかですか」
「ふむ、なれば夕方の受け付けにするか」
「そうですね、あとはこの比較的来客が少ない時間に追加の中休みを入れて補充作業をしましょう」
「そうじゃな、問い合わせを受けてレジを締めるか、それすらできずにレジに釘付けになるかであったからのう」
「だったら、あえて店を閉めてでもメンテナンスする時間を取った方が……」
「まだマシじゃな」
「そうなんですよね。結局お客様にご不便をかけるのであまりやりたくないんですが」
「まあ、現状ではやむなしか」
「そうですねえ。仕方ないってやつですね。あまりこの言葉好きじゃないんですが」
相談の結果、三時間に一度、三十分から一時間程度店を閉めることで対応することにしたが、やはり開いていない時間帯があることでお客様からの不満が高まっているようだった。実際に不機嫌な表情で閉店中のドアをノックされる場面もみられる。
人手不足は実に頭が痛い問題になりつつあるようだ。
――閑話 バルドさんの気持ち1
私の名前はバルド。ヴァラキア伯に連なる者だ。
父上はヴァラキア伯ジェイド。母上は……父が口をつぐんで教えてはくれなかった。幼い日、母に抱きしめられた温もりだけはこの身に残っているがの。ただ、兄上たちと母が違うことは間違いないようだ。その兄上たちの母もすでに亡い。儚いものじゃ。
強さを貴ぶ魔国グレイシアでは、己が持つ力を誇示し、振るうことで名声と地位を得る。
わが父ジェイド卿はかつて魔王陛下の親衛隊長を務めていたほどの戦士であった。魔王の次に強いという理由からじゃ。まあ、身内のひいき目もあるじゃろうが、父は善き男性であると思う。
家族を愛し、家臣を大事にし、領民をいたわる。善き領主である。やや脳筋のきらいはあるが。
父上の兄である伯父上が不慮の事故によって亡くなり、急きょ領土に戻り家督を継ぐことにならなければ、私の母と結ばれていたのであろうか?
さて、私は幼いころから天才的な力を持っていた……らしい。魔力による自己強化と、うっすらとした面影しか覚えていない母に教わった近接戦闘の技術を組み合わせた魔闘術は、歴戦の戦士すら寄せ付けなかった。
その評判が世に伝わるにつれて以来私の周りはまあ、いろいろとひどいことになった。真正面から挑んでくる者はまだよい。ひどい者になると不意打ちやだまし討ち、徒党を組んで囲むなど手段を問わなくなった。まだ十四の小娘に対して、じゃ。
むろん、全て返り討ちにしてやったがの。というか、私が本気で戦える相手が、この時点で父上だけになっていた。本気で魔力を込めて拳を振りぬくと、防御魔法をかけたミスリルの盾がちぎれ飛ぶ。
これを人体に対して行うと……スプラッターなことになるのう? 試してみるか?
まあ、こういうこともあって何となく私が男性不信というか、他人を信じられなくなったのは……わかるじゃろ? それで、父の勧めもあって冒険者になって身分を隠して旅をすることにしたのじゃ。旅立ちの日、父の目が潤んでいたのは私の弱き心が見せた幻影なのかのう。
それでも私の顔も名前も知らない相手に会うことは新鮮な喜びであった。
しかし、ギルドで仕事をしていくうちに徐々に私の力が知れ渡ってゆく。黒の鎧と黒鉄鋼で造り上げた両手剣から、いつの間にか付いた二つ名が「黒騎士」じゃったのはもう苦笑いしか出なんだな。
そういうこともあって私を召し抱えようとする貴族や、見た目に対して寄ってくる阿呆を返り討ちにする日々がまた続くことになった。
まあ、悪ノリで「私をモノにしたければそれにふさわしい力を示すがよい」などと言ってしまったせいでもある。
教訓。調子に乗って言葉を放ってはいけない。
というか多分に私も魔国のノリに染まっておったのじゃなあと今更ながら悟った。非常にいやなことではあるが。
そうして私の旅路も五年近くになり、たまにはと故郷であるヴァラキア領に向かって旅していたのだ。王国領を出てラグランに差しかかった時、目の前に見慣れぬ建物が存在していた。
そう、最初は興味本位だった。
建物の正面はガラスであるが、こんな大きなガラスを造る技術は、王国にも魔国にもないと断言できる。いいところ、グラスとかもっと細かい板で教会のステンドグラスを作るくらいだろう。
しかも透明度がすごい。まるで何もないかのように見えることもある。このようなものを売りだしたら一体どのくらいの値が付くのやら……果てしなく高い値が付くことじゃろうな。
さらにその建物には当たり前のようにそれがはめ込まれていた。驚嘆、その一言に集約される感情を秘めて、私は入り口らしき場所に立った。
ガラッと手も触れぬのに扉が開く。魔法のカラクリにしても、一体いくつ要素を組み合わせればこういうことができるのか? 全てに興味が尽きぬ。
「いらっしゃいませ!」
中に足を踏み入れると挨拶をされた。どうやらここは商家であったか。見慣れない衣服をまとった青年がにこやかな笑みを浮かべている。生い立ちからして尋常ではない私に対してここまで裏表のない表情を向けてきたのは、両親と兄たちだけであったように思える。
会話は微妙に成立しなかった。この世界の常識がなく、今いる地名を伝えてもピンときていない様子だ。そもそも、以前この地を通りかかったときにはこんな建物はなかった。少なくともこのような精緻な建物を建てる技術など聞いたことがない。
ほんの気まぐれだった。まあ路銀が厳しかったのは事実だが、近隣で魔物を狩ればなんとでもなる。だがこの青年の笑顔が、私の心にほんの少し引っかかったのである。
打算や媚びのない笑顔というものはいいものだ。そんなものを見たのはいつ以来か?
しかしあれだ、レベル1にもかかわらず、二桁のステータスが複数あったのは驚いた。こやつは比類なき才を秘めている。そう感じた私の直感は図らずもさほど時を置かずに的中することとなるのだった。
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