第2話 店舗運営に当たり


 実際にお店を運営するにあたって、いろいろと確認してみた。


 ステータス画面に店の状態が出てきたあたりで飲みかけのお茶を噴いてしまった。資金は日本にいたころの残高がそのまま反映されているようで、資金は約100万ゴールド、内訳に表示されていた買掛金6000ゴールドはさっきの“やくそう”仕入れ分であろうか。


 ほかにはつり銭準備金5万ゴールドとあった。日本にいたころと単位が変わっただけで数字はそのままってことは1ゴールドはイコール1円ってことっぽいな。


 買掛金の決済は月末日に行われるらしい。


 そういえばこの世界では、一日は二十四時間、一か月は三十日、一年は十二か月のようだ。ちなみに、四季もあるようで、今は春先らしい。


 ひとまず営業時間を七時から二十三時に設定する。どっかのいい気分なコンビニと同じにしてみた。そもそも、スタッフ二人で二十四時間営業は無茶が過ぎる。場合によってはさらに変更が必要かもしれないが、ひとまずこれで行くことにした。


 ついで設備の確認を行うことにした。


 まずPOSレジは自動つり銭機がそのまま使えた。投入口にお金を入れると吸い込まれ、お店の所持資金が増える。表示はつり銭準備金となっていた。


 試しにレジを使用して、“やくそう”を一つ売り上げてみた。というか、決済方法に電子マネーが表示されたのには呆然とした。スマホで決済ができ、残高表示もゴールドになっていたあたりで思考を停止した。


 さすがにこれで決済することはないだろうと思いつつ。だけど予想はいつか覆される。後日それを体験することになるのだが、それはまだ先のお話。

 

 俺の行う設備チェックをバルドさんは興味深げに眺めている。タブレットの表示は日本語で、彼に理解できるか不安だったが、そこは問題ないようだった。


 用語の意味を聞かれたのでいくつか答えると、さらにそれについて掘り下げた質問が返ってくる。イケメンなのに頭脳明晰とかどうよ、と暗い思考が頭をもたげるが、ここではあまり関係ないので横に置いておく。人生あまり深く考えたらだめだよね?


「ふむ、実に興味深い。魔導の深淵はいまだ見えぬのう」


 どうやら魔法仕掛けのカラクリだと思っているようだ。訂正するのも面倒だし、そもそも自分も理解していないので、そこはスルーしておこうか。


「あーもうそういうことでいいです」


「なんだ、ケイタ殿はそういうのに興味はないのか?」


「んー、深く気にしたらなんか負けな気がして」


「それはいかん。ヴァラキア家の家訓は、勝つまで負けるな! じゃ。覚えておくように」


「はいはい、わかりましたよー」


「気合が足らん! そんな事じゃから負けるのじゃ!」


「いやあのその、そういう意味では……」


「まあよい。この世界では弱き者であることは悪じゃ。何かの力を身に付けねばならぬぞ」


「えー……わかりました」


 不承不承頷くとバルドさんは満面の笑みで頷く。何このイケメン。爆破したい。


 現代日本で便利なものも、ファンタジー世界では無用の長物でした。とりあえずスマホ充電器とか、衣類の類を返品する。


「防御力のない服に価値はあるのか?」


 バルドさんが一刀両断してくれた結果である。


 タブレットの説明通りに返品商品のバーコードをスキャンし、発行された伝票と一緒にコンテナに入れ、事務室になぜか描かれていた魔法陣っぽいものに載せる。一瞬閃光が走るとコンテナは消失して、チャリンとコインが降ってきた。さらにひらひらと返品伝票が舞ってきて脱力した。


 降ってきたコインをすぐにレジへ投入すると、ステータス上で資金が増える。それから空いた棚に“やくそう”とか“どくけしそう”とか、“せいすい”を並べる。


「この“せいすい”は素晴らしい品質だな。王都の聖職者が祝福したものにまったく引けを取らぬ」


「そういうものですか?」


「うむ、“やくそう”も質がいい。普通はHP回復量にばらつきが出るのだが、これならば常に最大値の回復が見込めるな!」


「ほうほう、すごいっすねー」


「なんじゃ、せっかくほめているのだからもっと喜ぶのじゃ」


「えーっと……、スゲーッス! バルドパイセン! パネーーーーッス!」


「ケイタ殿、大丈夫か? おもに頭とか」


「やめてください、キャラに合わないのはわかってるんです。ていうか素で返されるときついです」


「うむ、よくわからんが気を付けるのじゃぞ?」


「……はい」


 イケメンのボケ殺しは最強でした。


 開店準備としてPCから従業員マスタを起動し、バルドさんを新規登録する。

タブレットのカメラで顔写真を撮りデータを転送してネームプレートを作った。それを手渡すとすごく嬉しそうにしてくれ、こっちも心がほっこりした。


 ぴしっと背筋を伸ばし軽くお辞儀をしながら右手を差し出す。意図は伝わったようで彼も右手を差し出し、握手が成立する。よかった、そういう文化の違いはなかったようだ。


「では、明日の朝七時に改めてオープンということで、よろしくお願いします」


「ああ、ケイタ殿、こちらこそよろしく頼む」


 思ったより細い指としなやかな彼の手にちょっとドキドキしたのは内緒だ……。


 ひとまず状況が落ち着いたので疑問を口に出してみた。


「バルドさん、ここはどこなんでしょう?」


 改めてバックヤードで話をする。


「うむ、ラグランという地名は話したと思う。この地はどこの国でもない。いわゆる空白地帯だ。強い魔物が闊歩しており、人の手の及ばぬ地も残されておる。いわゆる魔物の領域じゃな」


「やっぱ国とかあるんですね。そう言えば前に高貴な身分とか言ってたような?」


「よく覚えておったな……うむ、お主になら話して問題なかろう。私の実家はヴァラキア伯爵家という」


「そうなんですね。あとを継いだりとかは?」


「なに、兄上たちがおるのでな。私にそのお鉢が回ってくることはなかろう」


「では、ここで働くことは?」


「全く問題ない。実家が貴族であっても私は私ゆえにな」


「わかりました。それで、話を元に戻しますけど。たとえばどんな国があるんです?」


「そうじゃな。まずは我らが魔王陛下の治める魔国グレイシアは、陛下を中心に諸侯が国を統治しておる」


「ということはもう一つ国が?」


「ああ、ゴルドニア神聖王国だ。古の勇者が建てた国と言われておる」


「国同士の仲はいいんですか?」


「その時々によるな。今回はグレイシアが飢饉に襲われておってな、それゆえに戦が起きそうな雰囲気だ」


「どういうことです?」


「まあ、あまり褒められたことではないが、ある所から奪うということじゃな」


「たとえば食糧を支援したりはできないんですか?」


「ゴルドニアの作柄は例年よりも良いと聞く。しかし、これまでのいきさつもあって支援はありえんじゃろう。何より無償供与では諸侯や国民も納得せぬ」


「……そうですね。バルドさんの言う通りだと思います」


「ふむ、思ったよりも現実主義者なのだな」


「そうですか? けどね、自分が守るべき人がいるのであれば、そのために切り捨てなければいけないものが出ることもあるでしょう?」


「まあ、この世界ではよくある話と言ってよいな」


「ならば可能な限りそれを避けたいですが、いざというときにはためらわないようにしたいですね」


「話がそれたな。この地についてだが、両国はまあ戦争と和睦を繰り返しておる。そして仮に戦時中であったとしても交易は止まらない。この地は中間地点にあるのじゃ。ただ先王の時代にゴルドニアが若干勢力を伸ばしておっての」


「というと?」


「ラグランを挟んで東にゴルドニア、西にグレイシアがあるのじゃが、このコンビニの西にゴルドニアが築いた砦がある。そこが事実上の国境となっておる」


「ということはこのあたりはゴルドニア領ということで?」


「実はそうでもない。情勢で統治者が頻繁に変わるのでな、この辺は冒険者や商人が集まってできた集落だが、現状はどちらの国の支配も受けておらず税も支払っていない。ある種の独立領になっておる」


「街道もなかなか立派ですしね」


「そこは、このあたりを利用する商人たちが共同で出資したらしいぞ。さらにこの店は集落の中心の空き地にいきなり現れたからな。いろいろと注目を集めておると思うぞ?」


 バルドさんによると、ここはもともと街道沿いに設けられた広場で、旅人やキャラバンが休憩に使っていた空き地だったらしい。周辺には宿屋や簡易の商店もあって、この集落の一等地と言える場所だったようだ。それこそ、力ずくで乗っ取られる危険もあるらしい。


「なにそれこわい」


「まあ、何とかなるさ。いざというときは私がついておる」


 バルドさんのイケメン発言に少し心が軽くなる。

 ここで少し会話が途絶えた。妙な間が開いて、沈黙に耐えかねたのかバルドさんが質問を投げてくる。


「そういえば、私が質問されるばかりじゃの。ケイタ殿はいかなる世界から来たのじゃ?」


「そうですね。なんといったらいいか、魔法とかステータスとかがない世界です。科学という力でいろんなことができるようになっていました」


「ほう、それは興味深い。して、お主はその世界でいかなる立場にあったのじゃ?」


「自分の店を持ちたいってずっと考えてたんです。それでお金を貯めてたんですけど、運良く、住んでいる場所の近くでコンビニオーナー募集のお知らせがあったんですね。それでオーナーとして募集に応募してお店を持つことになりました」


「それからどうなったのじゃ?」


「ええ、研修を受けたり、従業員の面接をしたりして、やっと念願のお店をオープンしました。四苦八苦しながらも一年くらいお店を営業してやっとコツを掴んできたところだったんですよ」


「ふむ、やはりどこの世界でも店を持つのは大変なんじゃのう」


「そう、これからって時だったんです」


「う、うむ。まあ私も可能な限り力を貸そう」


「ありがとうございます。正直、こんな僕でも不安でいっぱいで……」


「それはそうじゃろうなあ。私とて見知らぬ世界にただ一人放り込まれたらと考えると、ぞっとするわ」


「そうなんですよね。ま、頭を切り替えて頑張りますよ。うまくすれば元に戻れるかもしれないし」


「思ったより前向きじゃの」


「ぼやいても始まりませんしね。できることを全力でやる。これが自分のモットーです」


「ははは、とても良いと思うぞ。私も全力で頑張ろう」


「じゃあ、明日に備えて寝ますか」


「そうだな、おやすみ、ケイタ殿」


 そうしてバルドさんは仮眠用のソファで、俺は床に敷き詰めた段ボールの上で毛布にくるまって眠りにつくのだった。


 これにてファンタジーな世界でのコンビニ経営が始まりを告げたのだ。


店舗ステータス(開店前)


レベル:1

資金:108万ゴールド

売上:0ゴールド

販売点数:0

来客数:0

QSCスコア:100

来店状況:データなし

店長コメント:オープンを迎えるにあたり、この店をずっと続けられるように頑張ります!


ステータス補足:

 QSCとはクオリティ、サービス、クレンリネスの頭文字である。このスコアが高いほど顧客は満足し再来店に繋がりやすくなる。売り場の商品が欠品したり店舗が汚れたり、レジで待たせる時間が長くなったりなどでスコアが減少し、メンテナンスを行うことで回復する。スコアは0~100で変動。0に近づくほどクレームが増える。

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