書籍版試し読み『もし異世界ファンタジーでコンビニチェーンを経営したら』
響 恭也/「L-エンタメ小説」/プライム書籍編集部
第1話 覚めたらそこは異世界でした
ここはどことも知れない世界。少なくとも今まで生きてきた世界とはルールが違うようだ。周囲を見渡すといわゆる亜人と呼ばれる人々、自分と同じように見える人々、そうかと思ったら耳がとがってる人もいる、様々だ。
さて、自分はどうしているかというと、自身が経営しているコンビニ店内にいた。唐突に起こった地震の揺れに耐え切れず転んで気絶してしまったところまでは何となく覚えている。そして目が覚めるとガラス越しに見える景色は一変していた……要するにそこは異世界だった。
突然自動ドアが開いた。そういえば電気とかってどうなってるんだろうなー? という疑問はさておき、条件反射的に、「いらっしゃいませ!」と声をかけてしまった自分は訓練されたコンビニ店員なのだろう。
「すまん、ここはどういう店だ? あといきなり扉が開いたんだがどんな仕掛けだ? というか……」
唐突に店内に入ってきた少し顔色の悪い青年はマシンガンのように言葉を発する。貴公子然とした整った顔立ちに流れるような金髪。異様なほどに白い肌にルビーのような瞳。
どこからどう見てもすっごいイケメンだ。爆(は)ぜろ!
矢継ぎ早に放たれる質問に答える言葉も出て来ずただ呆然と立ち尽くしていた。そして出てきた俺の言葉がこれだ。芸の一つもありゃしねえ。
「えーと……ここってどこなんですかね?」
二人そろって呆然とした後、青年が口を開いた。
「このあたりはラグラン地方じゃな」
聞いたことがない地名だ。さらに質問を重ねる。
「えっと、地球ってご存じですか? 日本とか?」
「聞いたこともない」
「あなたが知らないだけってことはないですよ……ね?」
するとイケメンはちょっと目に力を込めてこちらを睥睨し言い放った。
「あり得ぬ。私はこのあたりを冒険者として何度も旅しておる。名はバルドじゃ」
「お、おう、そうなんですか。それは失礼しました」
「なに、よいぞ」
鷹揚に頷く姿はやたら様になっていた。これがイケメン補正か!?
「すみません、失礼いたしました」
うん、どうやらよくある異世界トリップというやつのようである。少し戸惑っていると超絶イケメン……バルドさんが声をかけてきた。
「それでだ、話を最初に戻してよいか?」
「はい、何でしょうか?」
「ここは何の店じゃ? 何やら見慣れないものがたくさん並んでいるが」
「あ、ああ。うちはコンビニです。コンビニエンスストアってやつですね」
「こ……こんびに?」
「便利な店って意味ですが、とりあえず何でもそろうって意味合いではあります。あとは年中無休で営業しております。もちろん限界はありますがね」
「そうか、なればこれからこのあたりは戦場になる。“やくそう”とか“せいすい”とか後は武具をそろえておくべきだぞ?」
「たとえば“はがねのつるぎ”とかですか?」
「そうそう、わかっておるではないか!」
「いえいえ」
どこのRPGだよおい。内心のツッコミだったが、ここがファンタジー世界だということを失念していた。
「あーる、ぴーじー??」
「え!?」
「ああ、すまぬ、お主の思念が漏れ出てきていたようじゃ。今後は気を付けるゆえ許せ」
「あ、はい。というかどういうことなんですか?」
「ああ、ちと事情があってじゃな、人が発する強い感情に敏感になっておる」
「全部わかってしまうわけでは……?」
「ああ、それはない。今のはおぬしの強い驚きに反応してしまったんじゃろ」
「なるほど。承知しました」
全部筒抜けだったらすごくまずいしな。爆ぜろとか思ってるのばれたら……。などと内心ヒヤヒヤしているとバルドさんが問いかけてきた。
「して、仕入れは大丈夫か? 戦争が始まれば行商人も近寄るまい」
「ああ、そうですよねー、どうしたらいいのでしょうか……?」
「いつもはどうしておるのじゃ?」
「えーとですね、このタブレットから商品を選んで、メインPCに転送するんです」
「ほう、見慣れぬカラクリじゃな……むむ! 文字がどんどん変わっておる。これはすごいな!」
タブレットの表示が変わるのを見てバルドさんが驚いている。そしてそのまま発注メニューを立ち上げると……。
「……ってええええええええ!?」
「なんじゃ騒がしい」
脳裏に唐突にポーンと音声が鳴り響く。バルドさんの反応を見るとこのシステム音は俺にしか聞こえていないようだ。
『店舗ステータスの閲覧を確認しました。これによりコンビニ経営をスタートしたと判断します。レベル0から1になりました。
POSシステムが解放されました。
仕入れ機能が解放されました。これに伴い管理用タブレットがファンタジー世界仕様に変更されます。
QSC評価システムが解放されました。店舗管理レベルはこちらから確認できます』
タブレットが動いていることも不思議だったが、定番商品欄には、メーカーが新発売した怪しげなドリンクとかお弁当とかは並んでいなかった。見慣れない“やくそう”、“せいすい”、“ぎんのナイフ”などの文字が並ぶ。これってファンタジー仕様の発注モードか!?
試しに“やくそう”を選択し、数量100を入力して注文を確定する。すると自動ドアの外でドサッという音が響いた。
慌てて外に出ると、見慣れたプラスチック製のコンテナが鎮座している。配送伝票もそのままぺたっと貼りついている。両サイドの壁を折りたためばぺったんこになる、いわゆるオリコンというやつだ。
そして伝票の内容を確認すると、そこには“やくそう”×100の文字と原価、売価が書かれていた。原価60ゴールド、推奨売価100ゴールド、利益率四割は良いなと半ば現実逃避した思考が頭を占める。しかも推奨ということは……どうも俺の裁量で販売価格をいじれるらしい。
「ほう、転移による配送か。なかなか良い取引先ではないか。モノの質も良い。これは売れると思うぞ!」
「そうなんですか?」
「なんじゃ、お主は商人のくせに目利きスキルもないのか?」
「スキル……?」
「ステータスと言ってみるのじゃ」
「は、はあ? ……すてーたす!」
するとタブレットの画面が変化した。俺の名前と身体ステータス、それにスキルが表示されているようである。
名前:ハヤシ ケイタ
年齢:25歳
レベル:1
STR:5 筋力――武器や素手の物理攻撃力に影響する
DEX:8 器用さ――攻撃命中度に影響する
VIT:7 体力――生命力、物理防御力に影響する
INT:15 知力――魔法攻撃力に影響する
MND:14 精神力――魔法防御力、神聖魔法の威力に影響する
HP:32 MP:37
物理攻撃力:5
魔法攻撃力:15
物理防御力:7
魔法防御力:14
スキル:成長促進大:レベルアップ時のステータス向上にボーナス大
商機の閃き:勘で発注した商品が売れる可能性が高い
言語能力:すべての種族とコミュニケーションが取れる
「なんじゃと!? お主、まだレベル1か!?」
「そうみたいですね……」
「そうか、わかった。ならば私がここで働くとしよう!」
「うえええええええええ??」
「私はそれなりの力を持つし、ヴァンピール族ゆえに夜にも強い。どうやら休みなしに店を開け続ける商売なのじゃろ?」
「それはそうですが……」
「ならばさらにちょうどよい。それに路銀が尽きておってのう」
「うっわ、絶対そっちが本音でしょ!?」
「それもあるという程度じゃ。いざとなれば傭兵をやればよいが、一応高貴なる身ゆえにな」
「商人やるのはいいんですか?」
「なに、商いがなければ世は回らぬ。そのくらいはわきまえておるぞ」
「は、はあ……」
「うむ、ではよろしく頼む。あと、何をしたらいいか教えてもらおう。その代わりと言っては何だが、お主は流浪人じゃろう? なればこの世界の事を教えて進ぜよう」
「あー、なんかそうみたいですね。んじゃお願いします」
「うむ、よろしく頼むぞ、ケイタ殿」
「はい……って、名乗りましたっけ?」
「いや、ステータスを見たのじゃ」
「ああ、さっきレベル1とか言われましたね、そういえば」
「できれば定休日を作るかして、レベルを上げたいところじゃな。流れ弾一つでお主死ぬぞ?」
「うへ……その時はお願いします」
背中を冷たい汗が伝う。なんかいろいろありすぎて頭が回らないが、どうやらひとまず現状で生きるしかないようだ。
ふと手に取った“やくそう”はビニールでパッキングされており、バーコードがシールで貼り付けられている。見慣れたものを目にすることで、俺はひとり安堵する気持ちが湧き上がってきたのだった。
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