第13話 鳴く『黄金鳥』


「ティータくん、防御陣形を使おうと思うんだ」


そんなシフの一言で試合はまた動き出そうとしていた。

ティータはシフのほうをちらりとも見ることなく、言われたことの意味を理解し、承諾した。


「…わかった」


二つ返事で返されることは付き合いでわかったが、それでもシフは横目で見ながら改めて確認した。


「…いいの?かなり無茶なお願いだけど」

「シフさんの無茶は今に始まったことじゃないから。それにシフさんのほうも大変だろうし」


広角を上げながらそう言い返したティータは、顔を引き締めながら全体の動きも思慮した。

一言で十のことを理解してくれる頼もしい仲間に胸を締め付けられながらシフは感謝の言葉を返した。


「ありがとね」


シフは嬉しさで込み上げてくるものを抑えながら、自分たちのリーダーに話しかけた。


「カエちゃんはその間に回復してもらうのとアレ、用意しといてほしいんだけど何分要る?」

「…はぁあ…ふぅぅぅぅう」


今まで息を整えるのに集中していたカエは、シフにそう聞かれるとこれが最後と大きく深呼吸をした。

深呼吸が済むとバッと顔を上げ、言い切った。


「四分…いえ、三分で用意します」

「わかった」


さっきまでビーにやられかけていたにも関わらず、カエの瞳は未だ折れず、真っ直ぐだった。

そんなリーダーを頼もしく感じながら、シフは他にも二三言葉を交わした。

そしてシフはその場にカエを守るように一つに戻した盾を地面に突き刺した。


「それじゃあ二人とも…行くよ!」


そのシフの一声でティータ一人がかなりの低姿勢で走り出した。

リアとシアの合流を待っていたビーはゆっくりと身構えた。


「…来たか…ん?」


ティータは走りながら背中のトゲを二本抜き取り、放った。

だがその軌道は明らかにシアたちを狙ったものだったのだが、狙うにしては距離がかなり空いていたのだ。

そのためビーはだいぶ遠い距離から放たれた攻撃に困惑した。


「…後ろ狙いか?」


そしてそのトゲがビーの横を通り過ぎようとした瞬間、花開くようにトゲが解け、中から細かな針がビー目掛けて発射されたのだった。

突然の攻撃にビーは肝を冷やし、慌てて回避した。


「なに!?くっ!」

「ビーさん!?」


その様子を近づきながら見ていたリアが声を上げる頃には、リアとシアの前にはティータが立ちふさがっていた。


「ちっなりふり構わずか!シアリア!そっちは任せたぁ!」

「はい!」


飛んできた針を避けきったビーはリアの返事を確認するとさきほどからチラチラと近づくのが見えていた人影に向き直った。


「貴方の相手は僕がさせていただきます」


そこには両腕の重鎧だけを身に着け、ゆっくりと近づいてくるシフの姿があった。

何も持たずに来たシフを怪訝に思ったビーは当人に尋ねた。


「…お前さん盾持ちだったよな?」

「これも僕の戦い方です」


その一問一答にビーは辟易した。


「…おいおい。この世界の盾持ちは斧も振り回して拳も得意ってか?勘弁してくれよ」

「僕だけですよ。それに…貴方も好きでしょう?」


茶化すような言い回しだったが、構えたシフは真剣そのものだった。

その構えた姿にビーは身震いした。


「はっは!…それなら少し胸貸してもらうか」


ビーとシフはただただまっすぐな殴り合いを始めたのだった。

一方でシアリア対ティータはまたもや拮抗していた。


「せい!」

「なんで、こいつ、突然槍なんて、使い始めてんの!」

「どこから取り出したのかすら!」


そう、リアが言うようにティータはどこからか槍を取り出していたのだ。

ティータはその槍を使い、改めてリアが作り出した氷棒をさばき、背中のトゲでリアの刀を受けきって時間を稼いでいた。


「悪いけど勝たせてもらうよ」


勝ち気満々で煽るティータにシアとリアはカチンと来た。

二人は頷きあうと一気に動き出した。


「私たちの連携を!」

「ナメないでよね!」


二人がそう言うと、シアが前に飛び出し、氷の息吹を吹きかけた。

それをティータは体を覆うように背中のトゲをマントのように展開させ、大量のトゲを凍りつかせながらも氷の息吹を受け切った。

だが、それこそがシアの狙いであった。

トゲが凍っているのを確認したシアはそのまま氷棒を凍ったトゲ目がけて叩き付けたのだ。

その結果トゲの大半は叩き折られ、ティータの防御力は著しく低下した。

ティータがまずいと思ったときには時すでに遅し。

背後に回っていたリアの凶刃が迫っていた。

それに気づきとっさに槍で防ごうとするも、リアにその動きを読まれ、リアは槍を一断ちで切り落とし、返す刀で逆袈裟に切り上げたのだ。

なす術なく切られたティータは苦悶の声を上げた。


「ぐぅっ!?」


そのまま意識が遠のき、膝から倒れ伏した。

それを確認するとシアとリアは二人で喜んだ。


「綺麗に入った!」

「ビーさんのところに行きましょ!」


試合に勝つためにはカエの相手をビーにさせなければいけないために二人はビーのもとへ向かおうとティータに背を向けた。

だが、ティータは完全にやられてはいなかった。


「…時間いっぱい、だ!…い、かせるか…!ぬぅ!」


安定しない意識の中、残っていた腕のトゲを二本とり、それを二人に向かい投擲した。

そのトゲは駆け出そうとしていた二人の影に突き刺さった。

狙いが外れたかのようなトゲの当たりどころだったが、それはティータの狙い通りだった。


「またぁ!?」

「ぅぬ!?」


シアとリアはまるで何かに縫い付けられたかのように動きを止めたのだ。

それと同時に一人の声が会場に響いた。


「二人ともおまたせ!」


【不死の黄金鳥】の最高火力であり、リーダーのカエ・フレイヤが完全復活したのである。

その立ち姿はまるで不死鳥のごとく爛々と輝いていた。


「…カエちゃん…まかせたぁ…」


意識をギリギリで繋ぎ止めていたティータは揺るぎない勝利を確信し、ぎこちない笑顔を浮かべながら意識を手放した。

そしてカエの復活はビーにも多大な驚きと焦りをもたらした。


「なんなんだこのエネルギー!こいつはまずい!」


カエから発せられるプレッシャーは想定よりもかなり圧倒的だったのだ。

シフと手四つの構えで組み合っていたビーは用意している秘策が通用するかどうかを悩ませるだけの圧倒的なプレッシャーをカエから感じた。

シフは何かをしようとするビーの動作に気づき、とっさに止めようと手に力を込めた。


「行かせませんよ!」

「悪いな坊っちゃん!遊びは終わりだ!」

「ぐっ!な、なんだ!?」


ビーはそう言いながら、シフの腹部に前蹴りを放ち、無理やり距離を離した。

そしてついでとばかりに火の玉を数個、シフに向かって飛ばし、時間を稼いでいる間に二人のもとへ走った。


「ねぇシア?これ不味くない?」

「確実に」


カエが溜め込んでいるプレッシャーは少し距離のあるシアとリアのところまで届いていた。

その場に縫い付けられた二人は大量の冷や汗を流しながらも平然を装っていた。

そんな二人のもとにビーが駆け寄ってきた。


「ずいぶんあっさり的にされたみたいだな」

「ビーさん助けて燃やされるぅ!」

「しくじりました…」


ビーが声をかけると焦りが爆発したのかリアはワンワンと騒ぎ出し、シアは枯れ葉のようにしょぼくれていた。

そのとき三人が揃ったのを見計らったのか、カエが動き始めた。


「三人まとめて吹き飛ばす!『フェニクスブレイブ』!」


カエが叫ぶとカエに蓄積されたエネルギーが一気にカエの頭上に放出された。

それは可視化できるほどの量になるとみるみるうちに姿が成形されていった。


「まぁ今回はいいだろ。なんせこれで…」

「これで!」


そして二人は再び相対した。

片や自らの絶対的な火力とともに。

片や自らの確固たる策とともに。

そんな中、ビーにまとわりつく炎を放たれたシフがようやく振り払い、状況を確認しようと相対する二人を見たが、とんでもない衝撃が待っていた。


「終わらせる…!」

「予定通りだ…!」

(笑った…!?)


ビーは挑戦するように笑っていた。

仲間のシフでさえもあのねりにねったカエのエネルギーには畏怖すら感じていたのにビーはあろうことか笑っていたのだ。

その笑みを見た瞬間、シフは背筋が凍るような感覚を強烈に感じた。


「カエちゃん、待って!なんかある!」

「はぁぁぁぁあ!!!」

「来いやぁぁぁああ!」


だが、シフの叫びはカエに届くことなく、二人の叫びにかき消された。

カエは叫びながらまさしく火の鳥と化した『フェニクスブレイブ』を振り下ろした。

それは圧倒的な存在感でまっすぐにビーたちのもとへ向かった。

そして何事もなく命中すると着弾の衝撃波が巻き起こり砂塵がビーたちを包み込んだ。


「やった!」

(…だめだ!嫌な予感が拭えない!)


あの火力を当て、勝利を確信したカエは相好を崩した。

しかし、シフは嫌な感覚にまとわりつかれたままだった。

カエのもとに走り出したシフに呼応したのか、散っていた砂塵がどんどん収まっていった。


「はぁぁぁ……へっへっへっ…効いたぜぇ…」

「…え?」

「やっぱり!」


砂塵が収まり始めると、聞くとは思わなかった声が聞こえてきた。

その声を聞いた瞬間カエは茫然とし、シフは焦燥に駆られた。


「嘘でしょ…」

「カエちゃんしっかり!あれはヤバイ!」


シフがカエのもとに着いたときのカエは完全に意気消沈してしまい、今でもへたり込んでしまいそうだった。

カエの近くに力を失い倒れていた自前の盾を担ぎ上げ、カエの前に立った。

それに対するビーは首や肩を回したり手を握ったりと体を慣らすような動きをとっていた。


「これで準備完了だ…」


ある程度確認するとビーは無造作に腕を振り残っていた砂塵を吹き飛ばした。

砂塵が晴れると、そこには炎が揺らめくように輝く真紅の髪色に変わったビーが平然と立っていた。


「それだと動きづらいだろ?ほれ」


ビーはそう言いながら、シアとリアに向かって無造作に指を振ると二人を縫い付けていた針を燃やし尽くした。

あまりの熱気にリアは声が上ずった。


「ありがとうございます」

「熱い…!」


その様子を見て、ビーは茶化すような声色で二人に向けて声を発した。


「ついでに耐火訓練でもしてやろうか?」


その言葉を聞いてシアとリアは二人揃って勢いよく首を横に振った。

その反応に満足したのか、真面目な調子でビーは続けた。


「二人は目隠し用意しといてくれ。合図はすぐ出す」

「わかりました」

「了解です!」


二人の応答を確認することなく、ビーは対する相手に向かい、歩き出した。

動き始めたことに気づいたシフは盾を身構えた。


「動いた!ガードを固めて…」

「正直盾持ちってよぉ…」


こちらに向かって歩いてくるビーの姿をシフが見ていると、まばたきした瞬間に真横から強烈な横蹴りを受け、くの字に吹き飛ばされた。


「相手すんの苦手なんだよな」

「ぐっ!?」


あまりに急激な出来事がカエの目の前で起き、カエの反応が数瞬遅れた。

その攻撃を受けたシフさえも理解する前に意識を刈り取られ、会場の端まで転がされたのだった。


「あっ…か…え」

「シフさん!?…ひぅっ!?」


シフが吹き飛ばされる姿を見せつけられた。

なんとなしに前を向き直すと全容すら認識できないほどの圧力を吹き出すビーと目が合い、言葉にならない小さな絶叫がカエから漏れ出た。


「あとはあんただけだが…せっかくだ、面白いもんを見せてやる。シアリア!やれ!」


ビーの指示にコクリと頷いた二人は観客達の手前に葉っぱと雪を混ぜた風の壁を作り出し、試合を見られないようにした。

内側に残ったのは【エヴォル】の三人とカエ、ガウスを含めた五人の審判団のみになった。

ビーが壁の完成を確認すると、動き始めた。


「観客は審判団だけで十分だろ。さて」

「うぐぅっ!」


カエが気づいたときには自分の胸に異変が起こった。

ビーがいつの間にか背後に回り込み、背中から胸にかけて右腕を突き通していたのだ。

痛みはないが、気持ち悪さを伴う違和感にカエの神経はおかしくなる寸前だった。


「なに…これ…」

「…やっぱりか」


そして妙に納得したような一言をもらしたビーの手のひらにはビー玉サイズの錆びた玉が収まっていた。


「なんだあれは…」


その光景を目の当たりにした主審のガウスは思わず声を漏らしてしまった。

主審として試合を止めなければいけない状態にも関わらず、状況に圧倒され、言葉を漏らすことしかできなかったのだ。


「まだ気はしっかり保っとけよ」

「ぅぅう!」


ビーは手を差し込んだままカエの耳元で話しながら、手をビー玉状の玉ごと勢いよく引き抜いた。

引き抜くと同時に膝をついたカエをそのままに、ビーは一瞬で歩いてきた場所まで戻り、カエに告げた。


「よく見とけ。これが騎士に必要な力だ」


そう言うと、ビーは右手に持つ玉へエネルギーを込め始めた。

幾ばくもしないうちに煌々と真紅に染まり始めた玉は表面の錆を半分残し、元の美しい赤色が半分だけ露わになった。

ビーはそのままエネルギーを込め続けると玉からエネルギーが吹き出し、『フェニクスブレイブ』と同様の火の鳥の姿に変わっていった。

だが一点だけ、大きな相違点があった。


「ピィィィィィィイイイ!!!」


鳴いたのである。

ビーはその巨大な火の鳥からぎょろりと一瞥されると、口角を上げ叫んだ。


「行けぇ!」

「あっ…」


そう叫びながら、投げるように火の鳥を放つと火の鳥はまっすぐにカエのもとへと飛んだ。

そしてカエの体に触れた瞬間、そのままカエの体に吸収されていった。

火の鳥のすべてが吸収されると、カエはその場に背中から倒れ込み意識を手放した。

それを確認したビーは踵を返しながら仲間の二人に声をかけた。


「…シアリア、壁止めて撤収だ」


その言葉に二人は頷き返すと、手を振り払い、壁を消失させた。


「えい!」

「それじゃ行きましょ」


三人揃って並び立ちながら控え室に戻っていると、観客席からざわめきが起こった。

そのざわめきが気付けになり、ただ呆然としていたガウスがハッとなり声を張った。


「しょ、勝者、【エヴォル】!…救護班!すぐに【不死の黄金鳥】の三人を運び出せ!」


ガウスの声で同じくハッとした他の審判員も慌ただしく動き出した。

こうして波乱と謎に満ちたヴァルキュア黒狼騎士杯一回戦第四試合は幕を閉じたのだった。

そして、ヴァルキュアを舞台に新たな狂想曲が始まろうとしている。


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