第14話 主審ガウス・デイガーの報告
エヴォル14話
俺が最初に彼…いや彼らを見たのは予選会だったように思う。
なぜ曖昧なのか、それは彼らの予選会での戦いがあまりにも印象に残っていないからだ。
気づけば彼らが勝ち残っていた、ただそれだけの記憶しか残っていない。
ほぼ同じようなメンツで毎回行なわれる本戦で、毎回新顔のチームが一つや二つ上がってくるのが恒例だったから、今回も「生きのいい新顔だな」程度にしか思っていなかった。
その記憶すら曖昧だったのだ。
だからこそ抽選会のときもさほど気にも止めていなかったのだが、あの赤髪の男が緊張のためかボケっとしていたため声をかけた。
「…呆けていたが、気圧されたか?」
「…あぁ、こういう舞台は初めてでね。緊張してたみたいだ」
このときようやく赤髪の男が、初めて参加するチームの代表だということを思い出した。
そのとき新人の緊張を解そうと軽く会話をした記憶が残っている。
「そういえば君らは初出場だったな。こいつらは常連だから胸を借りる思いでぶつかっていくといい」
「ありがとさん、待たせて悪かったな」
あのときの彼の印象としては当たりの柔らかい好青年というものだった。
その後は何事もなくくじ引き自体は終わったのだが、知っての通り組み合わせ発表時にはその彼が引いたくじが見事にシードの【不死の黄金鳥】と組み合わさったんだ。
胸を借りろと言っておきながら残酷な結果に落ち着いてしまったのを憐れんで声をかけると曖昧な笑顔で会釈され、そのまま控え室に戻っていった。
そして本戦が始まる直前になって、【不死の黄金鳥】リーダーのカエと【エヴォル】のリーダーが街で諍いを起こしているという報告があったが、お互い手を出したという話ではなかったため、傍観した。
試合前にマイクパフォーマンスを好んだチームも過去にはあったし、見世物として観客が盛り上がるならばと放置する形になった。
これが良かったのか悪かったのか、今では正直判断に困るところではあるが、そんなこんなで彼らの戦いの時間が訪れた。
ここで俺は彼らへの認識を改めた。
【エヴォル】の三人が控え室から現れた瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じたからだ。
前日の予選で見かけた姿とは全く違っており、あのときの立ち姿はまるで抜き味の剣のような印象を彼らから叩きつけられた。
あまりの違いに前線から離れて久しい自分の感覚がついに錆びついてしまったかとすら考えてしまった。
それにあのときカエたちに忠告した内容が本当になってしまうとは…。
こうして、ヴァルキュア黒狼騎士杯一回戦第四試合の幕は上がった。
初手は【エヴォル】による霧の煙幕で各個分断、その後一対一の状況を作り出した。
その手際は称賛に値する鮮やかなものだったが、ここで一つ俺は違和感を覚えた。
コア反応がなかったのだ。
この大会ではかなり珍しいことだった。
とはいえ他国他島ではコア反応を用いることなく超常現象を起こすと聞き及んでいたため、そのときは彼らもそうなのかと感嘆した程度で気にも留めなかった。
その上で服装や装備で、はるか東にあるという小国の者か、という小さくない噂話を思い出したからか、余計に納得してしまったのだ。
だがカエと格闘戦を始めたところで、俺が感じた違和感がグッと増した。
それまでの【エヴォル】メンバーのシフやティータとの戦いは見る限り時間稼ぎかそもそも決定打のないものだった。
そうなると【エヴォル】側の狙いとしては残る戦いが遠距離かつチーム最大火力を持つカエ相手を近接戦闘で先に撃破するというものがセオリーであり、狙いのはずだ。
実際はどうだろうか。
カエは完全に避けきっていた。
…いや、これだと語弊があるな。
正しくはカエが完全に避けられる場所にしかあの男は攻撃をしていなかったんだ。
俺も最初はまさかと思った。
そんな芸当は相当な技量がなければ当ててしまう。
最初は口裏を合わせたかとも考えたが、パフォーマンスにしてはあまりにもカエが必死に見えた。
だからこそ【エヴォル】のリーダーにはそれをやってのける技量を持っているんだと考えた。
だがそれにしては目的が全く見えなかった。
高い技量を持つのならば、そんなまどろっこしい攻撃をしなくともカエ程度の近接技術が相手なら圧倒できているはずなのにそうしていないことが引っかかった。
他に狙いがあるのか、そうならばその狙いとはなんなのか。
そこを考えようとしたときに試合は動いた。
シフとティータがコアを解放したのだ。
シフがこんなに早くコア解放を使うとはかなり珍しいことだとは思うが、あの状況を打開するなら俺でもそうしただろう。
だが驚くべきはそこではない。
リーダーの一声で何事もなかったかのように歩き出した、【エヴォル】の面々である。
シフの手加減なしの打撃を受けながらよろめくことなく歩く女性に、俺でさえまともに受けたら解除に三十分は要するあの糸をものの数分で切り払ったあの剣士。
リーダーだけが突出しているのかと思いきや、他の面々も並々ならぬ実力者。
これで他にも仲間がいるのならばどれほどの戦力なのか…。
俺がそうこう考えているとまたもや戦況は変化した。
ティータが脱落しながら【エヴォル】のリーダー以外の二人への『影縫い』が成功したのだ。
そしてそれと同時にカエがとんでもないエネルギーを携えて不死鳥のごとく完全復活した。
俺ですらも二の足を踏むような圧倒的なプレッシャーだったが、それ以上に【エヴォル】のリーダーは異常だった。
そのエネルギーがカエから放たれた瞬間、彼は笑ったのだ。
俺は戦慄した。
なぜあの状況で笑顔になれるのか。
あれは圧倒的な戦力差を前にした諦観の笑みではなく、獰猛な狩人の顔だった。
そこで俺はふと不思議な疑問を思った。
…なぜ今になってあの笑顔になったのか。
その疑問はシフの一言で一気に紐解かれた。
「カエちゃん、待って!なんかある!」
あの男と【エヴォル】というチームは何か目的があるように行動していた。
最初の霧による各個分断。
カエとの火炎弾の打ち合い。
絶対に避けさせる格闘戦。
カエが回復をしようとしていたのに、それに一度もちょっかいをかけることなく、シフとの殴り合いに注力していたこと。
そこまで考えて、一つの答えにたどり着いた。
…もしやあの男はカエに大技を打たせるため、行動していたんじゃなかろうか、と。
その考えにたどり着いた瞬間、仲間を庇うように両手を広げたビーに『フェニクスブレイブ』が着弾。
着弾すると衝撃波が砂塵を巻き上げた。
そう、余波は衝撃波だけだったのだ。
あれだけの炎のエネルギーを溜め込んで着弾の余波が火の粉一つ飛ばない衝撃波だけなのはあまりに奇妙。
だからあの男は。
「はぁぁぁ……へっへっへっ…効いたぜぇ…」
やはり『フェニクスブレイブ』を無力化していた。
だがそのときの俺は妙な違和感を感じた。
あの男の存在感が一気に膨れ上がっているように感じたからだ。
その答えは本人からもたらされた。
男の動きが大きく変わったのだ。
移動は瞬間移動のような瞬時に間合いを詰めるような形になり、攻撃は頑丈なシフを消耗していたとしても一撃で倒したりと、ガラリと変化した。
俺はその一連の動きを見て、頭の中でカチリとすべてがつながるのを感じた。
この男の能力が炎を吸収する力で、カエの強力な攻撃を吸収して反撃し、勝利するという目的だったんだと理解した。
そしてここからは知っての通り、我々審判団しか見ていない出来事の報告になる…驚かずに聞いてくれ。
観客席と会場の間に不可視の壁が出来上がってすぐ、あの男はカエの背後へ瞬間的に回り込み、背中から手を突き刺したのだ。
だが、貫かれているのに血の一滴も落ちていないのが異様だった。
そのとき男の手には色の濁った珠のようなものが乗っていたのを俺は見た。
その珠を目にした瞬間、何かに縛り付けられたかのような圧迫感を感じ、思わず声を漏らしてしまった。
「なんだあれは…」
あれは人が見ていいものでもなければ、ましてや触れていいものであるはずがない。
止めなければならないとわかってはいたが、足も口も石のように動かないほど圧倒された。
男がカエから手を引き抜き、少し離れるとまたもや圧倒させられることが起こった。
男が『フェニクス』の顕現を行なったのだ。
…嘘だと思うだろう?俺も目の前で起こったときには嘘だと思ったさ。
顕現したフェニクスはあの男が投げるように放るとそのままカエに突っ込んで、カエは後ろに倒れ込んだ。
何が起きたのかまったく理解が追いつかなかった。
その後、【エヴォル】のメンバーが壁をかき消して退場すると、それに続き、観客のざわつきが響いた。
我に帰った俺は終了の宣告を行なった…。
それからのことは知っての通りだ。
…なぁ、ネクス。
俺はあの連中を見てからこの国になにかが起こる気がしてならないんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます