第12話 コア解放
ヴァルキュラ黒狼騎士杯一回戦第四試合は怒涛の弾幕戦が繰り広げられていた。
優勝候補と名高い【不死の黄金鳥】のリーダー、カエ・フレイヤは虚空に拳大の火球を無数に生み出し、相対する敵へと打ち続けていた。
対するチャレンジャーである【エヴォル】のビーは、カエが飛ばしてくる火球のことごとくを自らの拳から放った火球で撃ち落としていった。
そんなビーは目を爛々と輝かせながら叫んだ。
「いいねぇ!だいぶ打てるじゃねえか!」
「あ、貴方に、言われたく、はありません!ハッ!」
息を絶え絶えにしながらも、カエは先ほどと同様の巨大火球を撃ち出した。
だがその火球は砂塵を巻き上げながら小さな爆発が起こっただけにとどまった。
「くぅ…!」
カエはその爆風に煽られながら焦燥に駆られた。
(あれだけの弾幕を全部捌かれた…このままじゃジリ貧…どうする…?)
「…打ち止めか?なら今度は」
カエが思考にふけかかった瞬間、砂塵の奥から背筋が凍るほどの熱量が膨れ上がった。
「俺の番だ!」
そう叫びながらビーは中段への前蹴りを放ち、超近距離格闘戦へと運んだ。
カエの焦燥感を加速させていった。
一方、他の対戦も【エヴォル】陣営が圧倒していた。
「せいっ!やっ!はっ!」
「くっ!」
リア対ティータ。
太刀と短剣という圧倒的なリーチの差と、小手先の鋭さをもつリアの剣士としての腕がティータを苦しめていた。
「あの長さで、この速さじゃ!厳しいな!」
そう言いながらティータは体制を整えるためにバックステップで距離をとった。
リアはティータが離れていくのを目で追いながら、その場で構え直した。
「ふー…」
「やりづらいなぁ…シフさんと代われればいいんだけど」
ティータが横目でちらりと仲間を確認しようとした瞬間、その隙きを逃さずリアが動いた。
目にも止まらぬ速さでリアが太刀の間合いまで一足飛びに踏み込んできたのだった。
そしてその凶刃はティータののど元へと一直線に突かれた。
「!?」
あわや必殺の一突きにも思えたが、ティータはとっさに口から針をリアの顔面へ飛ばし、牽制した。
「っ!?」
まさかの攻撃に面食らったリアは突こうとしていた刀を引き戻し、すべての針を打ち払った。
押せ押せだったリアはその針の攻撃から警戒度をぐっと高め、一度間合いの外まで完全に離れたのだった。
こうして、ティータがとったとっさの牽制は成功した。
だが、
(距離を取れたとはいえ有効打はない…アレが使えればいいんだが…)
実はあの針攻撃は強襲用の攻撃手段のため、面と向かった実戦ではさきほど同様、落とされる上に決定力を持っていなかったのだ。
そのため今のティータは、リアの刀よりリーチの短い短剣と飛距離はあるものの威力の小さい針攻撃の手札しかなかった。
このあとどうするかを決めかねていると、近距離格闘戦をビーに仕掛けられるカエの姿が横目にちらりと映った。
その瞬間にカッと頭に血が上るのをティータは感じたのだった。
「カエちゃん…!時間の問題か!」
焦りは積もるが、両者ともに押すことも引くこともできず、リアとティータはにらみ合いを始める他なかった。
一方、シア対シフは少し変わった様相になっていた。
リズミカルに氷の長棒で盾を叩き、ところどころで氷の息吹を放つリアに、それを難なく受け続け、時たま盾で弾く動きをするシフ。
そんな二人はまるで型の練習を行なっているようにも見えた。
「やりづらいなぁ!」
リアの攻撃はそこそこの強さだったが、シフが盾で弾こうとするとどういうわけか弾ききれずにたたらを踏むことが多かったのだ。
自分の動きがうまく行かないことにシフはひどくいらだった。
「これで。ヒュゥゥゥゥ」
「またこれか!」
またもや氷の息吹を吹きかけられ、息吹自体は盾で防いだものの視界がすべて覆われた。
この繰り返される行動にシフはふと違和感を感じた。
(目隠しのような攻撃の割に次手で勝負を決めに来るわけでもない。いったい目的はなんなんだ?)
通常の戦闘で視界を遮るのならば、その次手は必殺の一撃が放たれるはずなのだが、シアの場合は決まって息吹後の攻撃が完全に止むのだ。
そのとき、シフの後方で一陣の風が吹いた。
その風はシアの予定を打ち崩し、シフたちの追い風となる。
(先に後ろが晴れそうか…!?)
後方で風を感じたシフは状況確認のためにガードを固めつつ軽く振り向いた。
すると霧が晴れ始めると少し離れた場所でビーに近距離戦闘を仕掛けられているカエの姿が見えた。
その光景が見えた瞬間、シフの頭の中で何かがキチリとはめ込まれる音が響いた。
なぜ、単調ながら絶妙な力加減でシフの相手をしていたのか。
なぜ、目隠しのような攻撃を何度も仕掛けてきたのか。
なぜ、息吹のあとになんの攻撃もしてこなかったのか。
「そうか!完全分断で火力役からの撃破狙いか!」
それは盾持ちとしての役目を引き付けるため。
それは状況確認を遮るため。
それは少しの風圧で霧を飛ばさないため。
それもすべて、【不死の黄金鳥】唯一の遠距離火力持ちであるカエをビーが単独撃破するための布石だったのだ。
だが、それに気づかれたシアは至って平然としていた。
「おや?バレましたか」
「そうとわかれば貴女と打ち合ってる暇はない!ティータくん!」
少しの違和感を残しつつ、シフは仲間の名前を呼んだ。
呼ばれたティータはリアとのにらみ合いを続けつつ、ピクリと反応を示した。
それを確認することもなく、シフは言葉を続けて叫んだ。
「解放するよ!」
その声がティータに届くとティータは口角を上げ、水を得た魚のような表情になった。
「…!了解!」
そしてシフとティータはまるでタイミングを合わせたかのように声を揃え、叫んだ。
「「コア!解放!」」
そう叫ぶと二人は体から光る粒子のような何かを吹き出した。
その粒子は二人の体をそれぞれ包むと装備を変異させていった。
変異した姿を目の当たりにしたシアは声を漏らした。
「その姿は…」
「…ふう。まだ中途半端な格好だけど、ここをしのぐぐらいならこれで十分だ」
持っていた盾は二つに分離し、人の体よりも長い二本の斧へと変化した。
シフ自体の鎧も胴体や足の軽鎧はそのままに腕部分だけが重鎧のものに変わっており、かなり不格好な姿になった。
だが、シフはそんな姿の印象すらもくつがえす攻撃を繰り出した。
「ハァ!!!」
「!?」
シフの掛け声とともに左手に持つ斧を勢いよく振りかぶり、シアに向けて振り落とした。
シアは少しでも意識を逸らそうと氷のつぶてを作り、飛ばした。
だが、シフは盾持ちだったのにも関わらず、つぶてをその身に受けつつ、そのまた斧を振り落とした。
「盾持ちがノーガード戦法ってありなの!?くっ!?」
恨み言を言いながら、シアは氷の小さな盾を作り出し、斧の軌道を変えた。
軌道を変えられた斧はそのままシアの足元に突き刺さったが、このときシアは失念していた。
シフが斧を両手に一本ずつ持っていたことを。
「これで!」
「ぐぅぅ…!」
そのことにシアが気づいたときにはシフが右手に持った斧はシアの脇腹に吸い込まれていた。
斧の直撃を受けたシアは体をくの字に曲げ、吹き飛ばされたのだった。
「…カエちゃん!」
砂埃をあげながら地面に叩きつけられたシアを確認することなくシフはチームのリーダーを救うべく行動を開始した。
同様の変化が起きたリア対ティータの戦いも一変していた。
「何度やっても…!攻撃が弾かれる…!」
「あんたみたいな速さ思考の剣士にはちょうどよかったな!」
シフと同様に光の粒子に包まれたティータは全身に槍の穂先ほどの針を全身に生やしていた。
それはかなりの硬度を持った針のようで、リアの斬撃を一切通していなかったのだ。
するとシフが相手を倒し、カエのもとへ向かう姿が横目に見えた。
(シフさんが動いた!なら!)
ティータも決めにかかろうとリアの斬撃を受けながら息を吸い、貯めた。
吸った息とともに、先ほどの針攻撃を今度はマシンガン並みの連射で撃ち放った。
「さっきより多い!」
リアもかなりギョッとした様子で驚いていたが、今度は鞘も使い、距離を取りながらすべて外すことに成功した。
だが距離を開けたことが仇となる。
「これもおまけだ、とっときな」
そう言いながらティータは背中の針山から一本取り出し、そのままリアに投てきした。
「いまさらそんな一本ばかり!」
何も問題ないと言わんばかりに勢いよくその一本の針を叩き切ったリアだったが、それを見た瞬間にティータはにやりと口角を上げ、針を投げた手を前に突き出した。
「…それだけじゃないんだよ」
「うぇ!?」
そう言いながら突き出した手を握り込むと、次の瞬間リアの体を何かが縛り上げた。
当のリアは突然のことに素っ頓狂な声を上げながら前のめりに倒れ込んだ。
「う、動けない…!」
完全に拘束されたリアはもぞもぞともがくも、抜け出せる隙間はなかった。
「あんたの始末は後回しだ。それまで転がってろ」
「ま、待てぇー!」
ティータは踵を返すと、呼び止めようとするリアの声に反応することなく、カエのもとへと走り出した。
その件のカエだが、息も絶え絶えになりながらも、なんとかビーの攻撃を避けていた。
そんなカエを煽るようにビーは話しかけた。
「どうしたどうした!もうへばったか!」
「こ、の、程度!…きゃっ!?」
カエの体力は限界を迎えていた。
足をもつれさせ転ぶと、体は言うことを聞かず、立ち上がることすら拒否してきた。
血の気が一気に引くのをカエは感じたのだった。
それを見逃すビーではなく、目を輝かせながら前蹴りを放とうとした。
「もらった!」
「させるかぁぁぁぁあ!」
「おっと!」
後ろから大声を出しながらシフが長斧を振り下ろしてきた。
声に反応したビーはシフを一瞥すると横に飛び退いた。
「おいおい、不意打ちならもっと静かに殺るもんだろ…ん?」
少し呆れながら話すビーだったが、ふと背後に気配を感じ、振り向いた。
そこには針攻撃を打つ状態になっているティータと目があった。
「こっちが本命だったか!だけどなぁ!」
「ちっ」
ティータと目があった瞬間、ビーは火球を飛ばし、牽制した。
針を飛ばすよりも速い火球に、用意していた針を飲み込み、回避に移行した。
回避しつつもティータは背中の針を一本、火球とは違う軌道でビーの足元へ投げた。
今度は後ろに飛び退きながら、ビーが避けるとその隙きに、シフがカエとの間に立ちふさがれた。
「…ちっと下がるか」
シフとティータがカエのもとに到着し、数的不利を感じたビーは二人を警戒しながら一歩二歩と後退し、お互いの間合いの範囲外まで離れた。
「…カエちゃん、遅れてごめん。大丈夫?」
「チー、タ…シフ、さん…私」
「謝るのはあとだよ」
ビーが完全に離れたのを確認するとティータはカエに駆け寄った。
落ち着かせるために声をかけるティータだったが、カエは肩で息をしている状態で何かを伝えようとした。
その何かを察するとシフは少し怒ったように言い放った。
「悪いけどあなたの思い通りにはさせませんよ」
「…見た目が変わったと思ったら雰囲気までずいぶんと変わったもんだ」
どうしたもんかと頭をかいていたビーは少し考え込んでから叫んだ。
「…おい、シアリア!いつまで休んでんだよ。プランツーだ」
そうぶっきらぼうに叫ぶと、ビーの後方で倒れ込んでいた二つの影が動いた。
「…結構重いのもらって痛いんですけど」
「もうちょっと!むむむ…えい!あっ切れた!」
方や平然と服についた砂埃を落としながら。
方や巻き付いた糸状のものを切り落としながら。
動き出す二人に、さきほどまで戦っていたシフとティータは絶句した。
「そんな…」
「…先に処理しとくべきだったか」
方や会心の一撃を決めて、戦闘不能にさせていたと思い込み。
方や切れないと自慢の糸をあっさりと断ち切られ。
失意の中、【不死の黄金鳥】の数的有利はなくなった。
「さーて…場は温まった。第二ラウンドといこうか」
真面目な顔をしながらカエたちのことをまっすぐと見つめるビーに対面する三人は戦慄した。
波乱の一回戦第四試合はまだ続く。
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