第11話 怒涛の第四試合、開戦


日が傾き始め、しばらく経った頃。

騎士杯の日程が進み、試合会場では観客たちの待ちに待った時間がようやく訪れた。


『皆々様…大変長らくお待たせいたしました…』


今日一日に渡って絶えず実況を行なっていたマイク・ジャベリンはのどを枯らせる様子もなく、貯めに貯めて実況を開始した。

そして観客たちは実況の貯めに合わせて自らの内に爆発物を溜め込んでいった。


『本日最後にして…今大会注目度ナンバーワンの対戦が始まります!』


その実況の一声が引き金となり、観客たちの爆発物は大歓声となり、会場が揺れたようにも錯覚させた。

その鳴り止まぬ大爆発を止めるべく、マイクは言葉を続けた。


『それでは改めて、騎士杯本戦、一回戦第四試合に参加する両チームのご紹介をさせていただきます』


マイクはそう言いながら白いゲートに向けて手を伸ばし、観客の視線を促した。


『ハクロウ側から入場いたしますのは、今大会初出場ながら本戦初進出という素晴らしい戦績を残しているチーム【エヴォル】!』


【エヴォル】が紹介されると先ほどの歓声に届かないまでもかなり大きな歓声が上がった。

そんな中、そのハクロウと呼ばれた白いゲートからはビーを先頭に、その後方でリアとシアが横並びになり、姿を現した。

ビーたち三人の格好は抽選会のときと大差はなかったが、リアだけは腰に身の丈以上もある長刀を帯びていた。


『実力、素性、共に未知数!その独特の衣装から遠く東の地よりの出場と噂されますが、その噂すらも実状は判明しておりません!一体どのような戦いぶりを我々に見せてくれるというのか、期待が高まります!』


そしてビーたちが指定された場所へと進むとマイクは調子を改め、ハクロウゲートの対面に座す黒いゲートの方向に手を伸ばし視線を求めた。


『対するは説明不要の優勝候補!』


【エヴォル】の対戦相手が紹介され始めると、今までにない大歓声が文字通り会場を大きく揺らした。

そのあまりに大きな歓声にビーとリアはぎょっとした。


「うへぇ…すげぇ歓声だな。俺たちの倍は声出てんじゃねえか?」

「それだけ人気が高いってことですよ」


ビーがげんなりした声を上げるとシアから静かな返しが来た。


『かの蛇王の愛弟子であり、【不死鳥】に愛されたリーダー、カエ・フレイヤ率いるチーム【不死の黄金鳥】、コクロウ側からの入場です!』


その実況の言葉を待ち、黒いゲートから【不死の黄金鳥】の三人が姿を現した。

華やかな真紅の衣装に身を包んだカエの後方には全体的に黒い軽装の男と、身の丈ほどもある盾を持つ軽鎧の男たちが追従していた。

威風堂々とした歩き姿に観客のボルテージはさらに高まっていった。


『それでは審判陣による試合前の最終確認が行なわれます。観客の皆様、もうしばらくお待ちください』


その声を受け、似たような意匠の格好をした男女五人が舞台に上がり、選手の待つ中央に歩み寄ってきた。

ルール上、審判陣が規約違反をしていないかの確認を舞台中央で行なう決まりになっており、その確認作業を先に【エヴォル】が受けることになった。

するとビーはその中の一人に気がついた。


「なんだ、あんたが審判だったのか」

「こう見えても最高主審でね」


その男は抽選会のとき、くじを引かせるべくビーに話しかけた人物だった。

その主審の男は同伴していた女性審判二人と男性審判の三人に目配せし、ビーたちの前に立たせた。


「それじゃ規約に沿って確認させていただく。女性たちにはそれぞれ女性審に確認してもらうから安心してくれ」


そう主審の男が言うと、ビーたちの前に立ったそれぞれ立っていた審判たちが一礼し、三人の体や服をペタペタと触り始めた。

されるがままにくすぐったそうにしているシアとリアを尻目に、ビーも審判の男から身体検査を受けた。


「…特に問題なしと。他の二人も問題なしだな?」


三人をある程度調べ、審判たちが主審の男に何かを耳打ちするとその審判たちを下がらせ、主審の男が話し始めた。


「それじゃ…相手は優勝候補。ここで負けても死ぬわけじゃない。気楽に砕けてこい」

「おいおい。それじゃ俺たちが負けるみたいじゃねえか」


そう主審の男に言われるとビーは苦笑した。

その反応を見て、主審の男は満足げに大笑いした。


「ハッハッハ!その気概なら大丈夫だ。三人に『大神の加護』があらんこと」

「…ああ。ありがとさん」


ビーたちは、審判陣が踵を返し進んでいくのを見届けた。

主審の男の背中が遠ざかると、少しだけ口角を上げたシアが切り出した。


「気のいい審判さんですね」

「そうだな。ああいう人は好ましい」

「あの人も強そうだったなぁ…」


嬉しさを滲ませながら話すビーに対して、少しだけがっかりしながら漏らすリアにビーとシアは呆れたような視線を向けた。

その視線に気づいたリアはてへへと頭をかいてごまかしたのだった。

一方で審判陣は【不死の黄金鳥】の三人の前に到着した。


「お前らは問題ないだろうが、規約上確認させてもらうぞ」

「お願いします、ガウスさん」


カエからガウスと呼ばれた主審の男は他の男性審二人と女性審に目配せし、【不死の黄金鳥】のメンバーに身体検査を行なわせた。

三人の検査は特に問題もなく終了した。


「…よし、問題なしだ。それじゃ…」


ガウスはそれを確認すると少しだけ顔を締めて続けた。


「三人とも気張れよ」

「…え?」


毎回初戦時にガウスが一言添えるのは彼らにとって毎度のことだったのだが、今回はガウス自身の雰囲気が違っており、カエは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

その反応に構わず、ガウスは続けた。


「抽選会じゃ感じなかったが、あの三人がここに立ってから妙に体がざわついてやがる」

「ガウスさん…?」


カエたちはいつにも増して真剣な表情のガウスに面食らってしまった。


「俺の気のせいだったら笑い話でいいんだが…頭の片隅にでも入れといてくれ」


そう言い終わるとガウスは表情を緩め、雰囲気を戻した。

そして最後の言葉をカエたちに向けた。


「じゃあ三人に『大神の加護』があらんこと」


そう言い残し、ガウスたち審判陣は指定の位置に移動していった。

その姿を眺めつつ、シフはカエに話を切り出した。


「ガウスさんにしては珍しいね」

「…もしガウスさんの予感が本当だったとしてもやることは変わりませんよ」


カエの燃えるような瞳はただ一点を見つめていた。

その視線の先では試合開始直前だというのに和気あいあいとした笑顔が溢れていた。

心の炎はくすぶるばかり。


「わかってるって。カエちゃんのやりたいようにやろう」


そんなカエの心情を知ってか知らずか、シフがはつらつと声を出した。

シフはカエが頷き返すのを確認するとシフの右側で相手の観察を無言でしていたティータに耳打ちした。


「それでティータくんはどっちに行く?」

「あの白い方の姉ちゃんかな。あの長物持ちだともし速かったときに俺だと対応できないから」

「じゃあ俺が長物持ちの男の子のほうに行くとするよ」


そう言い終えるとシフはスッと右手を握り、顔の横まで持ち上げた。

それを横目でちらりと確認したティータも同様に左手を握り、持ち上げた。


「僕らのリーダーのために道を作ろうか」

「あぁ、今回もよろしく」


そして軽く、だがしっかりとお互いの持ち上げた拳の甲を打ち合わせ、それぞれの定位置に向かった。


「…先生やガウスさんにあれだけ言わせるあの三人…一体何者なの?」


その一方でカエの小さなつぶやきは、後ろでやり取りしている仲間たちにすら届くことなく、再開された実況によってかき消された。


『それでは審判陣による確認が完了いたしましたので、主審ガウス・デイガーによる開始宣言で一回戦第四試合を始めたいと思います!』


実況のその言葉で会場はガウスの開始宣言を聞こうと静まり返った。

その静けさは両者の緊張感を高めていき、そして…。


「…はじめ!!」


ガウスの宣言は再び地響きすら感じる歓声を巻き起こし、それによって、試合の火蓋は切って落とされた。

歓声と同時に【エヴォル】側からはリアとシアが、【不死の黄金鳥】側からはシフとティータがそれぞれ動き出した。

動きは多少違えども、狙いは両者とも"各個撃破"だった。

そんな中、地面を滑るような動きをしているシアが口角を上げながらつぶやいた。


「本当にそうなりましたか。さすがはビーさんの大博打ですね」

「予定通りボクは短剣使いのほうに行くね!盾持ちよろしく!」

「はいはい。では手始めに」


少し離れたところを走っているリアにそう言われると、シアは手のひらを上に向けた状態で口元に運び軽く息を吹きかけた。

すると突然霧のようなモヤがフィールド上に広がった。

その霧に包まれる瞬間、シフとティータは思わず足を止めてしまった。


「霧!?コア反応もなしに!?」

「くっ…!」

「チータ!?シフさん!?」


相手に向かって走り出していた仲間たちがなすすべなく霧に包まれるとカエは思わず二人の名前を叫んだ。

その後、どうしようかとカエが逡巡する暇もなく、場は動き始めた。


「そこ!」

「ちぃっ!?」


リアの剣先が霧の中からティータの顔めがけて勢いよく飛び出した。

その突きの勢いは凄まじく、リアとティータの周囲の霧を吹き飛ばすほどだった。

それをティータは持っていた二本の短剣でとっさに軌道をずらし、二本の短剣を押さえつけることであわや顔面真っ二つな状況を回避した。

その一連の流れでリアとティータの周囲の霧は吹き飛ばされ、衆目にさらされた。

ティータの言葉にならない叫びはシフの耳にも届いた。


「ティータくん…!?」

「貴方の相手は私がさせていただきます」


シフがティータの声がしたほうに意識を向けた瞬間、後ろから冷たさを感じる声をかけられた。

とっさに振り向き、盾を構えると鈍い音が響かせながらたたらを踏んだ。

想像よりも重い攻撃に苦々しい顔をしながら気配のするほうに目を向けると周囲の霧がゆっくりと晴れてきた。

まるでその霧の中にいる人物に従って霧が薄れているようにシフが感じていると、霧の先では美女がどこから取り出したのか透明な長棒を手にしていた。


「いい反応ですね」

「…それはどうも」


シフは厄介な相手だと感じながら再び盾を構えるのだった。

こうして両翼では霧が晴れ、双方激突が始まる中、中央にはまだ霧が残る状態となった。

カエは姿の見えないビーを狙い、霧の中へと人一人は飲み込まれそうな火球を放った。

その火球は残った霧を吹き飛ばしながら砲弾のような速さで突き進んだ。

だが、その火球は風船が割れるようにパンッと消えたのだった。

そして火球も霧も消えた場所に立っていたのは拳に炎をまとい、その拳を振り抜いたままのビーだった。


「…なるほど」


そう言いながらビーは構えを解いた。

一言だけ、そのたった一言だけでカエは考えを改めた。

この人は強いのだと。


「…あなたも炎使いだったんですか」

「あぁ、これでもちょっとした端くれでね」


私の十八番を楽々消しといて端くれですか、とカエは眉間にしわを寄せつつ心の中で苦々しくつぶやいた。

カエとは逆に、口角を上げた挑戦的な笑顔をしているビーは軽く肩を鳴らしてから構えを取り直した。


「それじゃあ炎使いの同輩としてご教授願おうか、カエ・フレイヤさん?」


こうして怒涛の騎士杯一回戦第四試合は幕を開けたのだった。

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