カレシのゆくえ

「わたしの友達の女の子が、たいへんなの」


 上目づかいで、ケイティは口をひらく。


「なんにも出来ないくらい落ち込んじゃってて、毎日わたしが世話をしてるの。だから、なかなか時間がとれなくて」


「どうしたの?」


「そのコのカレが、保安局に捕まっちゃったの」


「それ、まさか、あの報道の?」


「そうなの。彼女ホントにかわいそう」


 ミサはまた眉を寄せた。

 目を閉じる。

 握った両手を祈るように自分の身体に押しつける。

 ワンピースの胸もとで、谷間が限りなく深くなる。


 つまり、極上の決めポーズがリチャードを襲った。

 彼の交感神経は心臓を激しく駆り立てて、熱い血流を拍出させたに違いない。


「もうずっと泣いて、泣きやんで、また泣いてのくり返しなの。カレはケガしてるかもしれないし、これからどうなるかも、全然わからないし」


「…………」


「人格矯正されてしまったら、恋人の顔も忘れちゃうでしょう?」


「…………」


「どこにいるかわかるだけでも、彼女、良くなると思うんだけど」


 カレがどこにいるか。

 それは市民には知らされない情報だった。それどころか保安局の職員でさえ触れることができない、特A級の機密事項と思われた。


 しかし、リチャードの場合は違った。

 彼はSOSすなわち「セイフティ・オブザーブ・システム」のオペレーターなのだ。しかも西区を統括するひとりだった。


 シティには膨大な数のカメラやセンサーが設置されている。AIがそこらじゅうの出来事を観察している。

 SOSオペレーターはAIと共同作業をする。

 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚すなわち5感の入出力装着がぎっしり詰まったカプセルに入って横たわる。そこで半睡眠状態になり、AIと協議し、指示をし、フィードバックを受け取り、シティの平穏を維持する。


 逮捕されたダンがどこかへ移送されたとすれば、AIは何らかの動きを観察するはず。

 そしてオペレーターも何かを知る。仕事中、ちゃんと寝ぼけた状態ならば。


「まだパステルプラネットにいるのかしら」


 獲物が音を上げるのを、ミサは薄目をあける寸前で待つ。

 腕でムネをさらに押す。

 リチャードのアドレナリンが、葛藤の業火に油を注ぐ。

 

 やがて、低く小さな声がした。


「保安局の移送機がステルスにしながら西へ飛んだ。パステルマウンテンへ」


 ミサは目をむいた。

 彼はまぶたを固く閉じながら、いう。


「あっちには極刑執行場のほかに何もないのに、おかしいな、と」


「ほんとに? 山のほうね? 山のほうへ行ったのね!?」


「そうなんだ。人格矯正か終身隔離、ひどいな、と夢の中で思った記憶が——」


「ちくしょう!! させてたまるかっ!!」


 大きくあいた口から大音量のケイティの声が放射された。

 広々としたフロアに、見事な残響が満ちる。

 居あわせた人びとから、いっせいに視線が集まる。


 リチャードは完全に固まっていた。

 ミサ自身も一瞬の氷結をまぬがれなかった。が、すぐに復帰してセリフをいい直す。


「さ、させてはいけないわ! みんな、チクショウって思っちゃうわ、そんな悲しいこと! うう、ううっ」


 ミサは予定外の泣きまねをケイティにさせることになった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る