STEP.06 君はまだ、真の批判批評を知らない

はい、皆様お疲れ様です!おはこんばんちわ!

前回は応援コメントやレビューの内容を書かせて頂きました。

また、ここまででカクヨムでの活動の『発信』と『受信』も少しだけ。

ええもう、ほんの少しだけです、ちょっぴり語らせて頂きました。

webウェブ小説はある意味、書いて終わりとはならない特別なメディアです。

むしろ、書いた小説の原稿が完成して、そこで初めててスタートです。

あなたは書いた小説の更新を定期的に行わなければならないでしょう。

そして、更新の都度もそうだし、定期的にSNSで宣伝する必要がある。

さらに、他の作家さんとの交流が作品と活動の両方を豊かにします。

では、今日はそんな中で誰もが普段話題にしないアレの話を…

相変わらず『正解などない』と予防線を張らざるをえないんですが(汗)

今日は、創作家ならば誰もが気にしてるアレの話をしたいと思います。


皆様、批判や批評について、どんなイメージをお持ちでしょうか?

よく『』なんて言葉があったりします。

同時に、世の中には評論家やコメンテーターという仕事があります。

果たして、カクヨムで活動する時、批判批評とどう向き合えばいいのか?

そして、本当に批判批評は何も生まないただの悪口、やっかみなのか。

今日はこの辺を、自分なりの解釈と考えで話させていただきますね。


まず、批判や批評とは、どういったものなのでしょうか?

皆様の中には、Twitterツイッターを楽しまれてる方も多いかと思います。

ちょっと探せば、カクヨムに関する色々なTweetツイートが見受けられますね?

その中には、決して好意的ではないTweetも多いかと思われます。

過激なものもありますし、リスペクトを感じないTweetもあるでしょう。

それらが、いわゆる批判批評なのでしょうか? 

最初に、批判批評に対して一定の知識、そして理解を持つことにしましょう。


批判批評とは、作品に対して個人が見解を述べ、その価値を判断すること。

そして、多くの場合、批判批評は感情論をはいして語られるべきだと思います。

人の好みは千差万別せんさばんべつ、好きか嫌いかを語るのは、批判批評ではありません。

だから、この文章を読んでくださってる全ての皆様に、お伝えしたいです……

乱暴で感情的なだけのネガティブな言葉、

『つまらん』『クソだ』『最低』……これは感想で、一つの真実でしょう。

しかし、創作物の良し悪しは、接した人間の主観が全てを決めます。

なので、その人にとって駄作だった小説が、他の誰かの名作になる……

そんな中で、強い言葉だけが悪目立ちしてしまうのがインターネットです。

まず、知ってください……多くの人間が『真の批判批評』を知らないんです。


では、本当の批判批評というのは、どういったものになるのでしょうか。

まず、大事なのは『熟知』『分析』『考察』『対比』『結論』があること。

実は、批判批評というのは労力と時間を使う、とても大変なことなのです。

読んで良し悪しだけを語る、これは批判批評ではありません……感想です。

そして、ネガティブな感想は、これは作者側である程度無視するべきですね。

勿論もちろん『何でつまらなかったんだろうか?』と、前向きに向き合うこともある。

でも、カクヨムで創作を楽しむ時、あなたはもっと図太ずぶとくてもいいんです。

ポジティブな言葉にはありがとう、そしてネガティブな言葉にはスルーです。

で……本物の批判批評というのは、これはSNSでは滅多に見られません。

例えば、Twitterは140文字の制限があり、長文を書くのは難しいでしょう。

上記のように熟知~結論までを書くには、Twitterは少し不自由です。


批判批評をしたいのなら、まず対象となる作品を熟知することが必要です。

そして、その内容を分析し、理解を深めた上で考察することが絶対です。

さらには、知識と記憶を総動員して対比し、結論付ける必要がありますね。

そこまでやって、初めて『』と言えるでしょう。

例えば、ライトノベルの公募こうぼは、最近は選評せんぴょうシートがもらえたりします。

これは、プロの編集者が作った、いわゆる健全で正当な批判批評ですね。

勿論、大量の公募者を相手にしているため、時間も文章量も限られます。

ただ、読んで精査し、二次落ちでも最終落ちでも、選評はもらえる。

少ない字数を補佐するのは『プロのラノベ編集者』という『権威けんい』です。

現実でも、見ず知らずの人間の言葉と、有名な評論家の言葉は重さが違う。

その重さを決めているのが権威、ようするに『』ですね。

熟知し分析して、考察と対比の末に結論を出す……これが批判批評です。

そして、これらを簡素化しても通用するのは、


つまり、何がいいたいかと言うとですね……ぶっちゃけて、言います。

Twitter上での『自称批判批評家』には、極力付き合わないことです。

百害ひゃくがいあって一利いちりなし、そうした人間は悲しい自己満足でしかありません。

読んだら誰でもアレコレ思う、自分に合わない作品なことだってあります。

それを批判批評と称して、ただの感情論でしかない言葉で切り捨てる……

これは批判批評ではなく感想であり、それ自体は発言する自由があります。

勿論、口の悪い感想を見ると、

その上で、批判批評が健全なもの、中身のあるものだった場合は……

触れてみて、その上で作者達一人一人が決めればいいだけのことです。


どうでしょう、少し批判批評という表現がわかってもらえたでしょうか。

あなたが心を痛めていたその発言は、実は批判批評じゃない、なんて……

そう、世の中には自称批判批評の『ただの感想』で満ち溢れています。

それもまた、あなたの書いた作品への立派なリアクションでしょう。

しかし、いちいち過度に反応する必要はないし、誰でも同じです。

全員を満足させられる作品、これを書くのはとても難しいことです。

だから、不満に満ちた感想を見つけたら、ごめんねスマン! くらいで。

批判めいて批評ぶってるただの感想も、適度にスルーしていきましょう。

そして、ポジティブなことを言ってくれる人を大事にしましょう。

その上で、もしまっとうなちゃんとした批判批評が、自分に向けられたら……

少し読んでみてもいいかな、とは自分は思いますが、どうでしょうか。

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