第13話二十八歳ー3
正美は未婚であり交際相手もいない。当然のことながら結婚を考える相手もいない。
それでもいつかは交際相手を親しい人たちに紹介、結婚式に招待し合いたいと思っている。
互いが将来産むだろう子どもを見せ合うことができれば、この上ない喜びだ。
互いに年を取り、伴侶に先立たれても続く長い友情が、正美が最も望むものの一つだ。
己の失態で友人を二度も失いたくない。寒波の中一人で立たされるような孤独を味わうことは繰り返したくない。正美がネズミの世界を抜け出して五年以上経っても変わらない思いだ。
現在最も深い付き合いをしている未沙は、正美の数少ない友人の一人だ。
未沙はかつての勤務先を離れ、別の業界に従事している。正美との接点が減ったにも関わらず、彼女のために可能な限り時間を割いてくれる。
転職活動中の正美のためにラインでの相談にも乗る。
未沙はいつ何時思ったことを包み隠さず、かつ思いやりのある言葉で正美を導く。
正美が前職との同業他社に再就職したのも、未沙の存在が大きい。
「正美は誰よりも頑張っている。だから、何よりも自分のことを大事にしてほしい」
会う度に耳に入った言葉だ。
正美自身を大事にする。未沙はそのままの意味で伝えたが、正美には別の意味に聞こえた。決して、ネズミには戻るな、と。
そのように捉えるのは、二人に共通の知人がいるからだ。正美のかつての友人、穂乃香。
彼女は高校三年生の頃、地元の自動車学校にて未沙と出会った。
社会人になっても、彼女たちの交流は続いているのだろう。
未沙が正美の同僚になったことを知るなり、正美の安寧を尋ねるメールが未沙の携帯電話に頻繁に届いたという。
もし穂乃香が正美について将来を第一に考えていたのであれば、未沙にはネズミ時代を一切知らせていないだろう。
未沙はこれまで、正美に一度も過去を問わないので、正美は過去の認知を問うことができない。
禁忌に触れないように努めることが、友情を長続きさせる唯一の方法だ。
未沙が禁忌に触れたときが友情の終焉である。
いつか訪れるかもしれないその瞬間まで、未沙の心を守ると、正美は己に誓った。
安定を求める未沙には要らぬ心配かもしれないが、万が一彼女がネズミの世界に誘われたら、足を入れようとしたら己のプライドを犠牲にしてまで引き留めてみせる。
月日の経過とともに、その思いは強くなっている。
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