第11話二十八歳ー1

 かつての会社を退職して二年、正美の携帯電話に食事のお誘いが届いた。多忙ゆえに時間の共有が叶わなかった未沙からだった。

 彼女は高校卒業から勤めた会社を退職し、新しい職場にて研修を受けている。

 比較的時間の余裕ができたので、正美のその後を気にかけて誘ったという。

 かつて一度だけ市外に食事にでかけたが、当時は他の同僚もいた。

 二人での食事、会話は初めてのことだった。

 「あの会社、本当に大変だったよね」

 未沙がかつての勤務先について、正美の安寧について口にしたのは、この言葉だけだった。

 かつて正美と同部署だった同僚、もしくは直子に詳細を聞いていたのだろう。正美がこの二年間何をしていたかを一切聞かなかった。

 未沙が市外まで車を運転する約一時間、お喋りが弾んでいれば一分のように感じたはずだ。

 けれど未沙は、三人以上集まる際と変わらず寡黙だった。正美も己のことを話すことも、未沙自身のことを尋ねることもなかった。

 二人の沈黙により二時間も、三時間も経つかのように感じた。

 知らぬ人間から見ると、二人きりのランチも息が詰まるように見えたかもしれない。

 実際は息苦しさどころか、居心地の良さを感じた。

 過剰に気を遣い要らぬことを口にすることがない。同年なので、上下関係も奢られることもない。

 「美味しいね」

 ただそれだけを言えば良い。

 八百円のチキンランチが、二倍にも三倍にも高級に感じ、肉汁が口内から溢れるのではないかと錯覚を覚えるほどだった。

 夜間だったこともあるが、帰路でも必要以上に語る必要はなかった。

 「楽しかった。ありがとう」

 それだけで、互いの心が繋がる感じがした。

 損得のない関係、人間が人間でいること。

 遠い過去の忘れ物をようやく見つけた気がした。

 正美にとって、消えてはいけない貴重な一日だった。

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