第5話二十三歳―4

 正美が借りた賃貸のキッチンには料理グッズと居住人数以上分の食器、グラスが棚に並ぶ。たった一つのテーブルは、脚のネジが一本外れている。

 寝室には折りたたみベッドと、中身のない収納棚が二つあるだけだ。

 幼少期より集めていたシャープペン、アクセサリー、ぬいぐるみ、趣味の合わなくなった被服は、ネットワークビジネス資金のために、リサイクルショップに売却した。

 手にしたわずかな小銭で、製品を購入し、携帯電話や家賃などの支払いを滞納することが三ヶ月ほど続いた。

 物が減り、その数を補う。気付けば、正美自身の部屋が己の物ではないほど、居心地が悪くなった。

 就寝時も携帯電話を手放せず、製品に自身を監視されているようで、正美は刑務所を連想した。

 本人には前科がないので刑務所での生活経験はない。それでも、おそらくこのような生活を送るのだろう、という想像ができた。

 必要最低限の物、ベッドとトイレ、そして監視カメラ。

 誰かの指示で動き、平等に与えられているはずの時間すべてをその誰かに委ねなければならない。

 否、米も炊けずフライパンで炒めて食すだけでも比較的人間らしいのだろうか。

 正美は秒を追うごとに絶望感が深まった。

 携帯電話の電源を切り、二日、三日ほど部屋の照明も点けずにベッドの上で両膝を抱えた。

 日の出とともに無数のオレンジ色の斜線が正美の目を刺激すると、ふらつきながらベッドを降りた。

 「……そうだ、私、人間に戻らなきゃ」

 正美が沈黙を破る第一声は、この言葉だった。

 家賃を毎月支払い、携帯電話の利用料金を五千円以内に抑え、炊飯器で炊いたご飯を毎日三食口にする。

 そのために、正美はスニーカーを引きずり、徒歩十分ほどで行けるスーパーにて無料の段ボールを譲ってもらった。

 大きさは三十二型のデジタルテレビが横幅を揃えて六台ほど入る大きさの物を二個。脅されるまま購入した製品を詰めるには十分だ。

 帰宅し、部屋に並ぶ物を減らすと、正美は携帯電話の電源を入れ、宅配会社に集荷依頼の電話をかけた。

 こうして、正美はクーリングオフ制度を利用し、家賃一ヶ月分の現金を口座にて返してもらった。

 その後徒歩十五分の場所に位置するコンビニアルバイトの面接に出向き、見事採用された。

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