第2話二十三歳ー1

 正美が二十三歳のときだった。

 薄給のアルバイト生活に嫌気をさしていた頃、突然携帯電話が鳴った。午後七時を過ぎていた。

 「あ、正美さん? お久しぶりです」

 「……緒方おがた君?」

 アルバイト先での元後輩である緒方からの着信だった。

 彼は正美より二歳年下であるが、必要以上の遠慮を感じさせない好青年だった。

 彼の在籍中に連絡先を交換したものの、一年間メールの一通も送らなかった。

 「突然、どうしたの?」

 正美は明るい声で、平常心を装った。

 実は先輩のことが好きでした、などと突然の告白をされても動揺しないために。

 結局それは要らぬ心配だったが、正美は予想外の言葉に耳を疑った。

 「正美さん、チャンスを求めていませんか?」

 「チャンス?」

 緒方は、人生において経済的、精神的、そして物質的に何一つ不満無く生きたくないか、と尋ねた。

 「それは、まあ、人間だし。私に限らず、当然のことじゃないの?」

 すると、緒方の声量はより大きくなり、携帯電話が壊れるのではないかと危惧するほどだった。

 「ですよね! だったら、俺と一緒にチャンスを掴みませんか?」

 「だから、そのチャンスって何?」

 チャンス、チャンス、と繰り返すばかりで、緒方は詳細を漏らそうとしなかった。

 日時を設定して、説明の場を設けるということだった。

 その時点で緒方との縁を切っておけば良かったと、正美は激しく後悔する。

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