第26節「ファイナルバトル、開始」

 「街アカリ」の名前を出すと、場の幾人かがざわめき始めた。


 特にキャストの女性陣。ホステス独自の情報網。歓楽街でも辛苦を味わっているような立場の人間から聞いた話。ネットの噂話。都市伝説。美談。賞賛。批判。視点は様々であったけれど、彼女達はその存在を伝え聞いていた。


 当の獅子堂本人も。


「本物かぁねい?」


 彼は驕らぬ強者である。国家の上部の強靭な情報から、地方都市の末端の噂話まで、自分と世界を進展させる類の情報には、広く、鋭敏にアンテナを張っていた。


 震災後の夜の街に現れた謎の助っ人集団「街アカリ」というキーワードは、彼が記憶するに足ると判断した、聞く者の思考の奥をひりつかせる言葉だった。


 悠未が不遜ふそんな態度で答える。


「偽物、かもしれませんよ。何しろ、街の英雄殿下にたてつこうというわけですから」


 続いて奈由歌がスマートフォンを取り出すと、普段よりもさらに童貞の脳を殺しそうなアニメ声で、「実況」を始めた。


「ゆあーん。よおーん。リスナーのみんな、お久しぶり! ナユカの、生存ギリギリChop! チャンネル、じゃーよい! 今日もいきなり過酷な修羅場から、突然の生放送だよい!」


 奈由歌がネット上に開設している「チャンネル」は、この国の小さな街の人数くらいの人達にフォローされていたりする。


 同時に、本物の「街アカリ」のチャンネルなのではないかと一部で噂されていたりもする。

奈由歌がお菓子を食べているだけの動画とか、ゲームのプレイを配信しているだけの動画とかに紛れて、ポロっと、夜の街で悠未が超絶闘法で悪漢を成敗する動画とかが紛れていたりするからだ。


 その手の、ガチの「街アカリ」関係の動画はたいてい映像も音声もボヤけていて、それがまたネット上の考察を呼んだりもしている。


 奈由歌が動画をアップするタイミング自体がとっても不定期で、気まぐれでログを消したりするので、あらゆる意味でアバウト。


 そんな翻弄する仕様が、また議論を呼んでいたりもしていて。ネット上で「街アカリ」を検索してみても、偽物・伝聞のつぶやき・勝手に深読みした考察おじさん達のブログ。そういうものが検索上位に来たりする。


 そんな、ネットの世界も混沌カオスな最近であるのだけれど。


 獅子堂は、現実もネットも含めて、混沌の時代を生き抜く術に長けている、本物の現代の強者であった。


 この人類が総発信者になった現在のネット時代においては、秘匿よりも、自己表現。本心からの自己開示の方が、長期的に自身の利にかなうという事を熟知していた。


 大衆週刊誌のスッパ抜き、ネットのゲリラ配信。などなど。そういった既存の強者を挫く方策に対して、隠そうとするよりも、むしろオープンであることで、現在の強い立場に上りつめた人間であった。


「街の英雄さん。ちゃんとした人間を名乗るなら、愛人を持つっていうのは、どうなんですか?」


 意図的な煽りが半分、自分の本心が半分の、灯理の問いが飛んだのだが。


 獅子堂は、むしろその場にいる全ての人間にも、奈由歌の配信を通して向こう側にいる視聴者達にも聞こえるように、雄弁に語り始めた。


「そもそも、一人の男に一人の女という考え方自体が、言ってみれば思い込み、共同幻想に過ぎないんじゃぁないかい。自然界を見てみなさいよ。強い雄が、複数の雌と子孫を残すだろぅ。なんでかって、そりゃぁ、強い遺伝子が栄えた方が、みんなみんな幸せになっていくからさ。そんな遺伝子を持つ人間が、世界を革新していくからさ。歴史上の英雄達も、みんな沢山の側室を持っているだろう? そっちが自然だ。一人の男に一人の女なんて考え方は、悪しき平等主義が生み出した、人類の歴史からしたら、なんの普遍性もない、一時の幻・偽物・虚構なわけだよ。それで、今っていう時代さ。国の財政も危うい。震災もあった。テクノロジーによる大変革にグローバル競争。おいおい、弱い男になんか、何かを期待してる場合かい? 強い男が、ちゃんと栄えていかないと。男は、イイ女と沢山子孫を残せるなら、元気になれるもんさぁ。そういう男が、元気になっていかないと。弱い人間は、強い人間の再分配で生きていけばいいんだ。まずは、強い人間がどんどん栄えていかないと。私の実績は、是非検索でもしてくれたまえよ。ぜーったい。こーいう人に頑張って貰わないとって思うから。あなた、愛人なんて言い方するけどねぇい。そりゃあ、ちゃんとした男をもっともっと元気づけてくれる。大事な応援者だってことだよ。ばんばん応援してもらう。強い男がどんどん元気になる。良いことだ。それを抑制する制度とか価値観とか、むしろそっちを時代に合わないと断じて捨てていくべきだと私は思うがねぇい。私はねぇ。どんどん、世界を良くしていきたいねぇ」


 堂々と演説する獅子堂の姿は、先の戦争のファシズムのリーダーを連想させた。


 それでも現代という世界は、尖った言論ほど、逆に共感を呼んだりもする。そんな時代でもある。


 おそらくは、奈由歌の配信経由で聞いていた思考基盤が固まっていない若年層の中にも、一定数獅子堂の言葉に惹かれる者がいたはずだった。


「否定はしません」


 しかし悠未は、その手の強者の弁論は既に聞き慣れたものだといった風情で、ナチュラルに返した。


「獅子堂さんが震災後この街にしてくれたことに関しても、七割くらいは賛成で、三割くらいが反対といった所です。個人的には、是非七割の部分をこれからも伸ばして、S市の、東北の復興に尽力してほしいと思っています。そのために愛人が応援になるというのなら、まあ性欲も否定はしません。ただ俺達は、この世界で何が正しいのか、みたいな話をしにきたわけじゃないんです。あなたの思想信条・行動の正統性と、一人の女性の心情が本懐を得ていないということは、分けて考えて頂かないと。分かりませんか? 感じませんか? ケンカをしましょう、ということを言っているのです。その真雪オンナは、俺達の女だから、手を出すんじゃねぇってことを言ってるってことです」


 悠未が言い終る頃には、獅子堂は上着を脱いで上半身はタンクトップ一つになっていた。


 高密度の筋肉が動く様子が、悠未の「ケンカ」という言葉に反応しているようだった。


「ほう。ケンカ、ねぇ」


 未だ、街の要人としての顔も崩していない獅子堂だったが、より彼の中核にうごめいているかのような、野生の衝動・気配が大きくなってきたのが感じられる。


 周囲にいる人間も、精神を鍛えていない者は、圧迫感で呼吸が苦しくなるのを感じるくらいだ。


 その時、祈は「もう一押しだ」と感じた。今回の作戦の立案には、祈も何枚も噛んでいた。


 獅子堂の英雄譚の中のいくつかは、レスリングのショーでプロを相手に圧勝したとか、彼に批判的な暴漢が襲ってきた時に返り討ちにしたとか、暴力にまつわるものだった。


 動画がネットにも上がっていて、それでむしろ支持を拡大していたりする。


 そう、祈としては逆に、そういった、獅子堂の視点からしたら、暴力の誇示による広報。悠未の言葉も借りれば、街の不法者「街アカリ」と街の正義の英雄獅子堂とのケンカという構図に持っていきたいのだ。だから、あえて挑発した。


「真雪さん。時間が来ました。僕と。いや僕らと、一緒に逃げましょう」


 奈由歌には向けたこともないような紳士的な態度と、甘いボイスで。「僕と」という部分を強調したりして。


 祈は道理よりも、自分が雄としてありつけそうだった雌を奪われることへの怒りという、獅子堂の動物的な部分を刺激した。


 獅子堂のリミッターが外れるのは真近。一方で真雪の方は混乱しているという状態で、ここだとばかりに、灯理が話し始めた。


「真雪さん。心情察するところあまりありますが、このケースの場合、リスクの理解と、実現可能性のある代案がどうか、という部分が重要になるかと思います」


 灯理はもちろん真雪に向かって。しかし同時に獅子堂に対しても。そして、その場にいる他の人達にも。奈由歌の配信の向こう側にいる沢山の人達にも、それぞれなりの受け取り方で脳に染み入る話し方で言葉を紡ぎ始めた。


 この彼女が用いた話法は「立体話法」と呼ばれるスピーキングの高度な技術で、誰にでもできるものではない。「街アカリ」の時の灯理は、ただのフワっとした女の子じゃない。


「先にリスクの話から。国が財政破たんするかもとか、また大きい災害が起きるんじゃないかとか、大きい話をし始めると切りがありませんが、もっと小さく、より身近に、このままだと生じる可能性がとても高いリスクがあります。先ほどの話の通り、獅子堂さんは動物的な性欲をとても肯定的に捉えているということです。必然的に、獅子堂さんはこれからも準結婚……愛人となる女性の数を増やしていくことと思われます。学術的にも『クーリッジ効果』ということが言われていたりしまして、男性は同じ女性とずっと一緒にいるとその人に対して徐々に関心が薄れてゆき、別の女性のことが気になっていくとのことで。男は『生物として』本能の部分で、より多くの女と子孫を残したいものである、と。動物か! という感じですが、仮にその自然状態のままの衝動に忠実であることが正しいと獅子堂さんが考えているとすると、どうなるのか。端的には、受け取れるリソースが減ります。もちろん、金銭的な意味も含みます。仮に愛人が七人だった時に真雪さんが受け取れるリソースが七分の一だったとすると、愛人が十人に増えれば、十分の一に減ります。分数はOKでしょうか。愛人が増える一方で、獅子堂さんは一人ですので、そうなっていってしまうのです。獅子堂さんは強い思想信条により、性欲に基づいた願望を抑制する気がありませんので、このままだと順当にそういう未来に向かうことになり、ある閾値しきいち――この場合愛人の数ですが――を超えた時点で、真雪さんが受け取ることができるリソースは、今よりも貧困になることになります。これが、リスクです」


 舞うように言葉を話した灯理に対して。


「勝手な言い分だぁねぇい」


 と前置いてから、獅子堂が更なる自分の演説で反論を上書きしようとした時である。


 悠未が、芝居がかった素振りで、拳をふりかぶった。その動作を見て、獅子堂の優先順位も悠未に切り替わる。その行動は、彼にとっても待ち望んでいたものだから。


 ゆっくりと、悠未の大振りの鉄拳が、獅子堂の顎をとらえる。大岩を殴ったような感触で、これだけでダメージを与えられていないことは悠未には分かっている。一方、やや大げさに後退してみせる、受けた獅子堂の方も、この拳は儀礼だと分かっている。


 悠未が、奈由歌の配信には音が乗らないように、獅子堂にだけ聞こえる声でつぶやいた。


「これで、正当防衛が成り立ちますよ」


 それが、怒りと喜びで獅子堂のリミッターが外れた瞬間。祈が心の内で「ハマった」と確信した瞬間。闘争の幕が上がった。


 獅子堂の反撃よりも速く。その場にいた沢山の人間達の思考の隙間を縫うように、最初に動いたのは灯理だった。


 右手の一振りで部屋の四隅に針のようなものを投擲とうてきすると、壁に刺さったそれぞれが瞬時に反応し始める。それぞれの「針」は「右眼」と同様に、現在の市場にはまだ流通していない最先端技術の結晶であった。


「ノーデンブルグ・フェイク・ファイア!」


 次の瞬間、「エメラルド」の店内は火炎に見舞われた。煌王こうおうたち「偽・街アカリ」と闘った際にも使用した、仮想現実の炎であった。複数の火柱が、店内を踊る。


 しかし。火事か。そもそも何が起こっているのだ。そんな混乱する場の多くの人間達をよそに、獅子堂は悠未に向かって進行を開始すると。


「このAR技術は知ってるねぇい」


 重い掌底しょうていを悠未の顎に撃ち込み、そのまま壁際まで押し込むと。あろうことか、壁をブチ抜いて、外へ。歓楽街の喧騒へと悠未ともども抜けて行った。


 押し込まれた悠未の瞳にも、本気の光が灯る。


 壁が破壊される爆音が、号砲となった。


 かくして、雪夜の街灯りの中。「決闘」が始まった。

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