第18節「同人誌制作・進行中」

 その日は、雨。


 もう数週間、復興部のメンバーは部室に詰めて同人誌制作に集中している。


 焔は、ブランクがあったとは思えない速度と質で作画を進めていたのだが。


「納期までギリギリ感が出てきても、最後まで完成を目指すのも、復興活動フッカツだね」


 とは、本日五人が集まった時の灯理の言である。


 元々、スケジュール的に厳しかった上に、その日その日に小さい“復活フッカツ”依頼が入ることもあった。現在、制作現場はいわゆる「修羅場」の様相をていし始めている。


 こんな状態だと、みんな謎のハイテンションにもなったりして。


「てれててん、マムシン大王~」


 祈が、この国で有名なネコ型ロボットが謎のポケットからアイテムを出す感じで、ドリンク剤を焔の前に置いた。


「大王は初めての経験っス」


 蓋を開けて素直に瓶の半分ほどまで飲んでみると、ほとんど間を置かず、身体が内側から熱くなってきた。


「なんかこれ、ビンビンっス」

「はっは。ビンビンのエネルギーは原稿に向けてくれ」


 祈はデスクトップPCに向き直り、再びタブレットのペンを手に取った。


 焔がアナログで描いた原稿をスキャナでPCに取り込み、背景作画、トーン処理などのアシスタント的な作業を祈が行っている形だ。


 祈の仕事は速く、ちょくちょく焔の作画待ちになる。


「三回くらい灯理さんのこと押し倒せそう」

「焔君? 深夜のテンションになってるね?」


 灯理は、持ち込んだノートPCに向かい、フキダシに台詞を入れる作業などを、こちらもデジタルで行っている。


「わたしのことは押し倒してくれてよいよい」


 一方奈由歌は、部室の隅に座って何やら縫っていた。なんでも、イベント当日はコスプレして売り子をするつもりらしい。


「いや、奈由歌はその、いいや」

「失礼なやつじゃ」


 復興部の部室は五人入るとやや手狭な上に、現在はPCの熱もある。加えて、ドリンク剤で身体が火照ってきたということもあり。


「隣の部屋とか、使えないんスか?」


 仮設部室棟の端にある復興部の部室だが、隣の部屋は、今の所特に他の部が使ってる感じではなさそうだった。


「隣の部屋は、ある条件が整った時しか使えないんだ。俺達も、滅多に入ることはないな」


 筆ペンでベタの作業をやっていた悠未が、メンバーの代表といった趣で答えた。


「ふーん?」


 焔としては、こんな修羅場の時くらい使って良いのではといった感想だが。


 一方で、一人一人が持っている熱をお互いに感じられるくらい近くで作業するというのも、悪くないとも思う。温かさが恋しい冬の季節だからというのもあるかもしれないが。


 そう、焔は温かさの中にあった。


 仲間と一緒に過ごす。


 一つの目的を共有し、その達成のために協力して没頭する。


 この今こそが、あの日以来初めてって勢いの、充実した時間ってヤツのはずなのだけれど。


 焔は、ヒロインの作画に手をつける所で、手を止めた。


 仲間にだって、伝えたりはしないけれど。それでも、胸にとげが刺さったままなのを自覚してしまう。思ってしまうんだ。



――俺がこんなにも充足した時間を過ごしている間、姉ちゃんは、どうしているのだろう。



 と。


 慈愛に満ちた光の中にいても、一つ線を引く度に死にたくもなることもあるんだ。


「ビンビンがよい」


 その時、フイに後ろから手が伸びてきて、眼前に置いていた飲みかけのドリンク剤の瓶を掴んだ。奈由歌だ。


 奈由歌は、関節キスなど気にしないというように、グイっとマムシン大王の残りを飲み干すと。


「可愛い後輩のために、ひと肌脱いでやろう」


 片手で瓶を握りしめたまま、もう片方の手で銀髪ツインテールの片側を、凛と梳いた。


「余計なこと、するなよ」


 素っ気なく返す焔であったが。


「おまえは、絵に没頭していればよい。カラカラになるまで全て出し切ったときに、たぶん、最後に残っているものに気づく。そんなこともあるじゃろ」


 奈由歌が次に視線を送った先にいた人物は。


「イノリ、ちょっと付き合え」


 祈は、もともと焔の作画待ちの段階になっていた作業に区切りをつけ、デスクトップPCの電源を落とし、くるくるとタブレットのペンを「ペン回し」してから、流麗な動作でペンホルダーに置くと。


 いつもの柔和な笑みを浮かべて立ち上がり、奈由歌にこう返した。


「ま、人選としてはそうなるよね」


 ただしこの時、祈は心の中でこうつけ加えていた。



――ユーミとアカリでは、本当の意味で弱い人間の気持ちは分からないからね。

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