第三章「雪降る季節にまた逢えた」

第14節「うちのエロエロ大臣」

 第三章「雪降る季節にまた逢えた」


 復興部の部室に入るなり、奈由歌ナユカは中にいたイノリに駆け寄った。


「イノリ~。私に飢えてたか? スマホに保存してる私の写真、一日百回くらい眺めてたか~?」

「はいはい。千回くらい眺めてたよ」


 抱きつこうとする奈由歌の額を押さえて一定の距離を保ちながら、祈はニコニコと返した。


 早朝の部室にいるのは、悠未ユーミ灯理アカリ、祈、奈由歌、そしてホムラ。「復興部」の五人全員が揃ったことになる。


「祈さん、こいつおかしいヤツだよ」


 先ほどのゴミ捨て場でのふるまいを思い出しながら、焔は奈由歌を指差した。


「“こいつ”ゆーな。私の方が先輩じゃーよい」

「マジ? 年上なの?」


 この幼女体型。下手したら小学生くらいかと思ったが。


「ナユちゃんは、中三だよ」

「しかも、一年留年ダブってるから、本当は高一じゃ。めっちゃ先輩じゃ~」

「ええっ? この部、留年ってるの多くね?」

「焔が加わってくれたおかげで、本格的な作画の目途が立ったんだ」


 もう一人の留年ってる人、悠未が焔と奈由歌の仲を取り持ち始めた。


「おお~。ついにマンガ作るのか~」


 奈由歌は、悠未に渡された焔作のキャラクターデザインが纏めてある紙をペラペラと眺めると。


「うまいな! おまえ、やるな! 顏だけじゃないな!」


 脳の奥に突き刺さる、アニメ声の賞賛が送られてくる。焔が賛辞を受け取り慣れていないのは変わらずで。


「お、おまえも何か、調子狂うな」


 と、素っ気ない態度で返した。


「これが脚本で。これが描きかけだけどネーム」


 灯理がそれぞれを奈由歌に渡すと、祈と悠未から期待のまなざしが向けられた。


「実際のところ、奈由歌のエロさが必要だよね」

「うむ。アドバイスを頼む、エロエロ大臣」

「よかろう」


 奈由歌はしばし脚本、ネームの順に眺めると。


「この、ギラついた兄が全裸になるシーン、靴下は履いたままにした方が良いな~」

「マニアック過ぎないか?」

「一定の制約があるから、主砲の威力も増すものなんじゃ。ズドンといっちゃえって」

「なるほど」


 悠未が納得とばかりに腕を組むと、続いて祈が身を乗り出した。


「妹は、妹の方は、もっとエロくできないかな?」

「このアンニュイな妹は、常時、乳首に絆創膏ばんそうこうを貼ってることにすると良いな~」

「なるほど。それで、お兄ちゃんがドキドキしながらそれをがすわけか!」


 妙にテンションを上げる祈を横に。


「え。妹は、何故にそこに絆創膏を貼ってるの?」


 灯理が真顔で突っ込みを入れた。


「ほら! アカリの悪いところじゃ。現実と作品をすぐごっちゃにする~」

「そうか、フィクションだもんね。別にユーちゃんも現実で全裸になるわけじゃないしね。いや、ユーちゃんは現実でも全裸になりたいのか?」


 灯理は頭が混乱し始めた様子である。


「いずれにしろ、奈由歌案はイイ感じがする。灯理、ネームの修正を頼む」

「分かった。絆創膏。絆創膏か……」


 灯理がエロさ増し増しネームに思考を巡らせ始めると。


「それと、今日は“復活フッカツ”依頼もあった」


 悠未が改めて皆に伝えた。同人誌制作に、通常の復興活動。何だか忙しくなってきたようだ。


「以前。ブラック企業勤務の味元あじもとさんが風邪を引いた時に見舞いに行ったのを覚えてるか? 今日も風邪引いたから来てほしいって」

「連勤と残業で疲れたお兄さんを元気づけるのも、復興活動フッカツだね」

「わたしが行くよい。今日、学校来る気なかったしな~」


 挙手した奈由歌に悪びれる素振りはない。


 本日は午前授業の金曜日。自主休校、もとい授業をサボタージュする生徒の総数が増える日であったりはする。


 けれども、奈由歌の態度からは、そもそも彼女には学校の授業には出席するものという前提すらないような印象を受ける。


「アジモトとゲームしてた方が面白いよい」

「待て待て。そいつ独身男性だろ?」


 焔が話を遮った。


「女が一人で行くもんじゃない。俺も行く」

「保守的なやつじゃ」

「いやいや、そういうの大事だろ」


 焔としては、先ほどのゴミ捨て場での奈由歌の振る舞いを思い出したのである。悪いけれど、その味元さんの理性が信用できない。


 自分でも謎の「事案」を阻止せんとする熱い気持ちが湧いてきている。


「焔君は、授業イイの?」

「今日は、体育と自習だけっスから。まあ」


 留年してる悠未に奈由歌。サボタージュ癖がある祈との付き合いが長いからなのか、灯理も「学校の授業」という枠組みに対する執着は薄い感じで。


「分かった。じゃあ、ナユちゃんのナイト役だね。私は、休み時間にネーム進めておくね」

「僕とユーミは、印刷所さんに事前連絡を入れておこう。アイ市の印刷所さんに頼む予定なんだ」


 祈がそう言って、県北部の、津波被害から復旧して最近営業を再開した印刷所さんの名前をあげた。


「じゃあ、ホムラ。行くか~」


 奈由歌が振り返ると、銀のツインテールが揺れた。


「ホムラが一番危険だったりしてな~」

「な、ちげーよ」


 俺はもうちょっと、年上の落ち着いた感じの女の人が好みなんだよ、とは口に出しては言わないでおく。


 そんなことを考えながらも、俺が守ってやらねばと妙な使命感を感じていたりもして。


 ピョンピョンと兎のように跳ねながら部室を出て行った奈由歌を追って外に出ていく。


 この時はまだ、この奈由歌という少女とも浅からぬ縁になってゆくことに、焔は気づいていなかった。

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