第13節「奈由歌(ナユカ)・登場(第二章・了)」

 翌朝。焔は気分転換に通学路を変えてみた。


 悠未のこと、灯理のこと、祈が話していたこと。じゅんぐりと頭の中を様々なものがめぐっている。


(いずれにしろ、俺はまだ何もできねぇ)


 それでも、今朝、変わっていたこと。「この街」で生きてきたなら「真のヒーロー」と「偽物のヒーロー」の意味が分かるという祈の言葉を聞いたからか、いつもより、街の隅々まで目がいくようになった。


 自転車屋さんは早朝から店を開けて通学途中に足に不備が生じた学生たちを助けていたし。


 この時間から、ここに来れば食べ物が買えるよ、と電気がついているコンビニエンスストアは頼もしかったし。


 出勤に向かう人々が乗る自動車の駆動は、力強く感じられた。


 自分の側の見え方が少しだけ変わると、それに応じて外の世界の、新しい部分も見えてくる。


 だから、ということなのか。街角にて。いつもと違う「何か」が焔の目に入ってきた。


「いやいや」


 最初はそう漏らすしかなかった。


 ゴミ捨て場に人間が横たわっていたのだ。


 すわ死体か。人形か。いや生きてるか。


 様々な思考が巡ったが、酔ったおじさんが路上で酔いつぶれているとかはたまにあると思い至り、生きてる説に傾いてゆく。


 ただし、横たわっているのはおじさんではなく少女であった。胸が、上下している。


(息はあるな)


 もう、立ち止まってしまった。


 ゴミ袋を枕にして眠る少女は、銀髪ツインテールで、長いまつげをしている。異国の女の子なのだろうか。あどけない顔立ちで、年齢は焔と同じくらいに思える。


 身に着けているのは、ロリータ風のファッションというのだろうか。


 ネイビーを基調としたいわゆるレジメンタルジャンパースカートを纏っていて、胸の大きなリボンが印象的。スカートから、オーバー二―ソックス、リボンがついたシューズに至る。


 絵本の中から出てきたような女の子には、「天使のような」という形容が当てはまる。本当に何故、ゴミ捨て場にこんな聖なる存在が。


 今からでも立ち去ることはできたのだが、焔の心に過ったのは。


(そりゃ、祈さんの言うように、特別な人間になんてなれないかもしれないけれど)


 それでも、人間として、もとい例えば。


(悠未や灯理さん、祈さん、それに母さんや姉ちゃんだったら、見過ごしたりはしないだろう)


 焔は思い切って声をかけた。


「あのー。大丈夫ですか?」


 少女からは返事がない。かわりに、寝返りをうって、軽く体を伸ばす反応が得られた。


 焔はしゃがみこんで、今度は少女の肩に触れて、軽くゆすった。


「大丈夫ですか? 救急車とか呼びますか?」


 ついに、少女はパチりと瞳を開いた。正面から見つめ合う形になる。


(オッドアイだ)


 右目が黄色で、左目が緑色である。本物を見るのは初めてだった。


「誰じゃ?」


 キュンと脳に抜ける、「アニメ声」を少女は発した。


 こちらの精神が根底からトロけていきそうな声。


 何かヤバいと焔が感じると、今度は少女はよろよろと両腕を伸ばして、膝立ちだった焔に抱きついてくる。そのままバランスを崩して、二人でその場に横たわってしまう。


「愛が、愛が足りない~」


 少女は焔の首筋に唇をあてると、ビクビクと震わせて、何かを吸うように動かした。


 本当に愛が。もとい、何かエネルギーのようなものが吸われていると感じた焔は、この訪れた異常事態の中、ようやく我に返り、両腕で少女を引きはがした。


「なんだ!? あんた!?」

「あうー。大きい声出すなよい」


 少女は首を横にプルプルと振って、瞳をシパシパと瞬かせてから。


「ふぅ。愛情のゲージが回復した。生存圏内だ」

「ふざけてんのか、おまえ?」

「ふざけてない。愛が足りなくなると、目がチカチカする」


 色んな意味で。


(警察に連絡した方がイイか?)


 焔が判断に迷って目を泳がせていると。


「おまえ、カッコいいな。わたしと“いいこと”する?」


 むしろ自分の方が窮地に陥っているのかもしれない。そんな見解に辿り着きかけた所で、助け舟が訪れた。聞き慣れた声がしたのだ。


「焔?」

「と、ナユちゃん。帰ってきたんだ!」


 ゴミ捨て場で抱き合っていたようにも見える焔と少女に視線を落としたのは、悠未と灯理だった。


北海道でっかいどうに、行ってたどう!」


 何か、大事な存在と再会したように、瞳をキラキラとさせ始めて、少女は立ち上がる。その際、スカートが揺れて見えてしまったショーツは紺の縞々しましまだ。


「え? こいつ、悠未と灯理さんの知り合い?」


 悠未が頷いた。


「彼女が、四人目だ」

「日本人とスロヴェニア人のハーフなんだよ~」


 とまどう焔をよそに、朗らかに仲間との再会を喜び合う悠未と灯理である。


「なんじゃ、こいつ、ユーミとアカリの知り合いか~」


 くるりと焔を向き直ると、長いツインテールをなびかせてウィンク。文学的な少女性と、男性消費者に媚びる昨今の消費文明的アイドル感は半々くらい。


 銀髪の天使はその名を名乗った。


奈由歌ナユカじゃ。よろしく、少年!」


  ///


 一度壊れた街の片隅で。子供の頃に描いた幻想リソウは劣勢な今日だとしても。


 一人目は、日常の守り人。

 二人目は、暗闇に寄り添う街灯り。

 三人目は、オールマイティーの代役バックアッパー

 四人目は、全てを肯定する低スペック少女。

 五人目は、忘れさられた燃える瞳の少年像。


 まずはこの五人で。一緒に。

 世界を救ったりはしない、物語が始まろうとしていた。



  /第二章「この五人でGo!復活の未来」・了


   第三章へ続く

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