第12節「この命儚いとしても」
自由稽古の時間が終わって館内に設置されているシャワーを浴びた後、焔は外のベンチで風に吹かれていた。周囲はもう暗くなってきている。
寒い季節だ、なんて思っていたら、後ろから首筋に温かい何かがあてられた。
「先輩の
「祈さん」
差し出された缶コーヒーを受け取る。
「焔君は
「それ、褒めてないっスよね?」
祈は並んでベンチに座ると。
「特別な人間。いわゆる『スーパーヒーロー』っているじゃない? 最終回にはラスボスを倒して、世界を救う的な? 焔君の世代だとどんな感じ」
子供の頃に観ていた、日曜朝の変身ヒーロー番組の名前をあげてみた。
「イイねぇ。僕の頃は」
すると祈は、さらにその数年前に同じ時間にやっていた番組名をあげた。
「ただあれから何年か経って、僕らは気づき始める。中ボスにも満たないその辺りの雑魚敵に勝てなかったり。搾取を前に何もできなかったり。どうも、自分は特別な『スーパーヒーロー』にはなれないっぽいぞ、と」
「『街アカリ』は、ヒーローっスよ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。ただ、僕は、僕らは、か。ラスボス倒したり、世界を救ったりはできないよね」
貰った缶コーヒーの温かさが、徐々に体に染み入ってくる。
「僕はね。病気がちだったりして。ついこの前もアメリカまで行ってたりしてね」
焔はとまどった。
しばらくいなかったのは聞いていたけれど。祈に対して親しみを感じ始めていたが、込み入った事情を聞けるほどの関係性が彼との間にはまだなくて。
それでも、こんなにも近くで並んでベンチに座っていたりして。
「あ、心配しなくてイイよ。毎日お薬飲んだりね。定期的に通院したりね。それで、まあ生きていける感じ。ただ」
祈の態度は、既に受け入れていることを伝えているだけといった、自然なものだった。
「平均寿命まで生きられるかと言うと、だいぶ怪しい。というか、半分くらいかもしれない、とは言われている」
焔はこの国の同世代にしては「死」そのものを、「死」に近いものを見てきた方なので、極度に動揺はしなかったけれど。
それでも、改めて普段は当たり前のものだと思っている「生」が、限られていると意識されるのは重いことだった。
平均寿命の半分。全てを諦めるのには早いし、何かをやり切れるかと言ったら心もとない。
焔は、すぐには何も言えなかった。
「ハッハ。ますます、『スーパーヒーロー』にはちょっとなれなさそうな感じになってきたよね。薬漬けで、世界を救うとか言われてもねぇ」
微妙に、ここ笑うところだよというサインが出されていたが、受け取って笑うことはできなかった。
「そこで、だ」
しかし、祈はニっと笑うと。
「僕は、僕達は、か。『スーパーヒーロー』ではないなりのヒーロー像を追うことにしたんだ。いいかい、『ヒーロー』には三つのタイプがある」
「三つのタイプ?」
「一つ目は『スーパーヒーロー』。これはもう説明したね。まあ、これはぶっちゃけ僕らにはなれない。他に、二つ目の『真のヒーロー』と三つ目の『偽物のヒーロー』ってのがあるのさ。僕は、二つ目と三つ目の間くらいを目指してる」
「よく分からないっス」
「『真のヒーロー』と『偽物のヒーロー』がそれぞれ何者かは、あの日からこれまで、この街で生きてきたなら、たぶん焔君も、知ってるはずさ」
そこまで語り終えると、祈は立ち上がった。
「じゃ、今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
人差し指と中指を揃えてヒュっと空を切ると、祈は去って行った。
焔はベンチに座ったまま空を見上げて、今日も明滅している星明りを見上げた。
あの日凍えながら見上げた夜も輝いていた光を思い出して、変わったことと変わらないことに想いを馳せる。
変わったこと。例えば街はだいぶ復旧してきた。あの頃から日常を維持するために焔が見てきた大人達。
街角のパン屋さんや工事のおじさん。エトセトラ。そんな人達と、自分をバックアッパーだと語る祈の姿が重なる。
変わらないこと。それは例えば、焔にとって大事な人間。
回りに温かい人間が増えたから、思い出されることもある。
答えはすぐには出ない。強くなればその人も含めて全て守れる気もしていたけれど、祈の話を聞いていると、そう単純なことでもないらしい。
自分の気持ちをどう扱えばイイのか分からないまま、そろそろ自分にとって大事な事と向き合わなければならない時が近づいてきているのを、焔は感じ始めていた。
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