第11節「代役(バックアッパー)VS御曹司、誰のために」
「色んな強さがあると思うんだけどね。男の子としては、最初はここを通るよね。ユーミが、気になるんでしょ?」
祈に連れていかれた先は、県の武道館だった。道着を纏った祈と焔は、一礼して練習場に入る。
今日は武道館が一般に開かれている日で、ワンコインで自由稽古に参加できるのだという。
初心者から、中高生の経験者、県警の強い人達まで参加している場であるらしい。
焔達が訪れたのは一階の柔道のフロアで、既に近隣の学校の柔道部と思われる学生が目上の人間と練習できる貴重な機会だと、大人の達人たちに乱取りを挑んでいっている。
場には、気合の声が木霊している。
「柔らけぇ!」
まずは準備運動と自由に体をほぐしはじめたが、両足を左右に開くいわゆる「股わり」でお腹までペタっと畳につく祈に、焔は思わず声をあげた。
「数か月から半年くらい柔軟続ければ、わりとこれくらいにはなるよ」
さらっと語る祈をよそに、焔の方は。股わりも前よりできなくなっていたし、膝関節、肩関節、その他もろもろ、自分がイメージしていたよりも固くなっていた。
それは、日々に追われていたからでもあって。
(意識的に運動したのって、いつ以来だ?)
もしかしたら、「戦う」とか、それ以前の問題なのではないだろうか。
「焔君、受身はOK?」
「小学校の体育でやった」
久々に、前回り受身をその場でやってみせる。こっちは、わりと昔のイメージ通りに体が動いた。
「うん。それなら最低限大丈夫かな。よし、まずは僕とやろうか」
祈は膝を落として、両腕を中段でちょっと広げる構えを取った。
「いきなり乱取りスか?」
「打ち込みをやろうにも、焔君、技の型自体持ってないでしょ。とりあえず、自分の最高のイメージで、向ってきてごらん」
焔としても、いきなり見ず知らずの相手に挑むよりは、祈と対峙する方が気安い。
「いくぜ」
焔は祈に掴みかかると、勢いに任せて大外刈りを仕掛けた。
「はい、ありがち」
祈の両足を刈ろうと足を振り上げた焔だったが、体と体がぶつかった直後、逆に祈の腰に乗せられてしまい、自分が宙に浮く形になってしまった。
そのまま、ゆっくりと払い腰の形で投げられる。そこには、受身が取りやすいようにという、祈の明らかな手加減も垣間見える。
「大外刈り。すごい力づくで倒しやすいイメージ持ってる人多いけど。相手を崩してからじゃないと、かからないからね」
その後も、「イメージとしては」知っている技を次々と仕掛けてみたが、ある時は足払いで、またある時は裏投げで、ことごとく返されてしまった。
「つ、強ええ」
これでも、祈は悠未には戦いでは敵わないという。ただ一方で、祈の強さの質は悠未とは少し違うようにも感じられた。
「『剛』と『柔』なら、『柔』って感じ」
率直に感想を伝えると。
「僕はパワータイプではないよね~」
祈は飄々と応えた。
「で、焔君は何タイプかって話さ。さて」
祈はちょうど次の乱取りの相手を探している様子だった女の子に声をかけた。どうやら、彼女が次の焔の相手となるらしい。
(小学生くらいじゃないか)
今の焔の実力だと、このくらいの相手がふさわしいという祈の判断だろうか。
向かい合うと、女の子は丁寧に一礼した。
黒髪をサイドテールで束ねて、イキイキとした瞳をしている。
「っしゃ」
積極的なやる気を見せつつ、先ほどの祈との稽古から学んだ焔だったので。
(俺も返し技でいこう)
組み合った瞬間、俊敏に一本背負いの体勢に入る女の子に対して、焔はさっそく裏投げで返そうと、回転する女の子の体を抱きとめた。しかしである。
(あれ)
女の子の引き手が、焔が想定していたよりも強い。めっちゃ強い。裏投げの体勢に入って腰を落としていた焔ごと、持っていかれる。
やや強引ともいえる一本背負いをくらって盛大に一回転した焔は、かろうじて受身を取る。
そして、自分の作戦を反省する間もなく、女の子は投げから流れるような動作で、寝技に入ってきた。
なんとか、いわゆる「亀」の体勢になって防御を試みる焔であったが。
あっという間に
気が付けば、襟締めの形で決められてしまっていた。
「ギブ。ギブッ」
女の子の腕をタップして降参を伝える。危うく、意識が遠のく所であった。
女の子は一礼すると、まだまだ力が余ってるといった風情で、次の乱取りの相手を探しに歩いていく。
「いやー、パワータイプの女の子だったね」
「小学生が絞め技使ってくるとは思わなかったっス」
一旦畳の外に出て、祈と並んで稽古中の人々を眺める。確かに、色んなタイプの人達がいる。
その中でも特に焔の目にとまったのは。
「なんだ、ありゃあ」
年のほどは三十代前半。身長は190センチほど。
道着の上からでも、鍛え抜かれた分厚い筋肉を纏っているのが分かる。
黒髪で短髪の美丈夫で、目つきは鋭い。
「
祈も、焔の視線の先を見て、目を細める。
「大企業の跡取りで、震災後に県外から来たらしいけど。雇用を作って賃金を上げて、大活躍みたい」
祈が口にした企業名は、焔も知っている有名なものだった。
「そして、強い」
御曹司は組手争いの後、引手を取った瞬間、スナップで一瞬で相手を崩し、そのまま巻き込むように大外刈りで投げた。
「相手も県警の超強い人なんだけどねぇ」
「あいつもパワータイプか?」
「うーん。パワータイプっていうより、ああいうのは」
祈が一礼して再び道場に入った。
「
祈はすたすたと乱取りを終えた御曹司に向かっていく。
「おい」
野生のライオンの前に進んで立とうという者がいないように、焔は御曹司の前に立とうとは考えもしなかった。それなのに、なにゆえ祈は。
「よろしくお願いします」
頭を下げる祈に、御曹司は承諾の意を返し、二人の乱取りが始まった。
しかし、二人が組み合うと、時間にして数秒だけ動かなかった祈は。
「これは、ダメですね」
ニっと笑って、高速で上体を相手の膝元辺りまで落として、組手を切った。すぐさま、バックステップ。
相手の間合いから離脱しようとした祈めがけて、無駄のない動きで、御曹司のタックルが炸裂する。祈はそのまま押し倒されて、御曹司に馬乗りのポジションを取られた。
「ギブです」
特に絞め技や関節技をかけられたわけではなかったが、祈はトントンと畳を叩いた。
御曹司はゆっくりと拘束を解くと。
「興味深い技だったねぇい」
と、組手を切った時の祈の動きへの評価だけを告げて、次の乱取りの相手を探しに祈から離れていった。
焔にとってはちょっとショックな光景で。
(あんなに強い祈さんでも、成す術もないのか)
焔より女の子は強くて。
祈はきっとその女の子よりも強くて。
だけど祈よりも御曹司は全然強くて。
このまま上には上がいるなら。
(どこまで行っても、「勝つ」なんてことはできないじゃないか)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます