第4節「雪夜に輝く銀の街アカリ達」(第一章・了)
夜中。
既に力が入らないほどの暴力を受けた身体を引きずられて、焔は各々の手に獲物を持った数十人の集団と仮設住宅地区を移動していた。
幾人かの居住者は異変に気づいたが、同時に危険をも感じ取ったからだろうか。焔を解放しようとする者は現れない。
両義先生が暮らす区画に辿り着くと、部屋からは明りが漏れている。在宅している。
家族は壊れ、学校にもいられない
おそらく自分は交渉材料、野蛮な時代の表現で言えば人質として使われるのだろう。
両義先生に迷惑はかけたくなかった。
(舌を噛み切って、死ぬべきタイミングだ)
焔がそう想念を抱いた時、両義先生の仮設住居の扉が開き、中から意外な人物が現れた。
「おっとっと」
現れた女の子は、地面に足をつっかけると倒れ込みつつダイブして、煌王に引きづられていた焔の元まで、一気に距離を詰めた。
「何だ? てめぇは」
小兵の男が訝しむ。
「灯理さん……なんで?」
周囲を暴力沙汰に慣れた佇まいの屈強な男達に囲まれながら、さして気にしないというように、灯理は焔を抱きしめた。
「位置情報。スマホの電源入ってて良かった。いやー、何でって。今の私の気持ちは、焔君の方が分かってるんじゃないかな? 自分で言ってたじゃん?」
焔と灯理を取り囲む集団がざわつき始める。
彼らのような暴力沙汰を請け負う稼業の者達も、震災の後はその意味合いを変えながら様々な体験を積み重ねてきている。
それらに照らし合わせても、目の前の女の子は奇妙だった。
「この前は言葉足らずでゴメン。何の対価も無しに人を助けるなんて綺麗事。その意見は変わらないんだけど、プラスしてね」
幼い頃、無償の優しさで焔を抱きしめてくれた母がいた。
全てが流されてしまった後に、お互いを守り合うように抱き合った姉もいた。
灯理の体は温かい。胸の柔らかさが気になる。
「私はこんな気持ちも抱いてるんだ。でもこれからの世の中は、そんな綺麗事が、もう少し幅を効かせてもイイんじゃない? って」
「兄者!」
小兵の男が声を上げると、煌王はぐいと、灯理の小さな頭を鷲掴みにした。
「でもなんで私が、そんな綺麗事を言えるかとゆーと……」
煌王の剛腕が彼女の
「私は、独りじゃないからなんだよね」
仮設住宅上部に、その光は現れた。
光源の正体とは?
周囲を取り囲んでいた男達は、様々な荒事を経験しているゆえにその銀に見覚えがあった。
まごうことなき、日本刀である。
屋根の上から、刀を手に
天から
サングラスのみ真っ二つ。灯理を掴んでいた手が離れ、間合いが開く。
「煌王、か。本当の『街アカリ』は、分業制だ。俺、一人目。戦ったりする人」
悠然と佇む悠未に、焔を抱いたまま灯理が寄り添っていく。
「私、二人目。考えたりする人」
悠未が、自分達の存在を名乗る。
「昼は地道に復興活動。夜は荒事ありの助っ人稼業。機動共同体『街アカリ』、だ」
猛然と悠未がダッシュして荒くれ者達の中に入っていくと、打撃音と悲鳴が飛び交い始める。
起動暗号は「花火」。昼間とは違う。
「ユーちゃんの性分なの。夜に人助けみたいなことしてるうち、噂になったりもしてね。何が本物で何が偽物なのか
悠未が峰打ちで男達を無力化していく中、灯理は焔の手をそっと握った。
「私ね。絵描きになりたかったの。だけど震災の本震当日に、
それなりに親しくしていたのに、自分は灯理が何故いつも左手の手袋を取らないでいたのか。
見えない部分にまで、想像力を働かせることができなかった。
隠れた所に傷を抱えた人なんて沢山いるご時世だと、知っていたはずなのに。
昼間は押しとどめていた殺気を解放し、俊敏に立ち回る悠未を焔は見やる。
(イケメンな上に腕も立つって。何だよ。強い側の人だったのか)
一方で、煌王と小兵の男率いる偽・街アカリも、弱い人間達ではない。
「強ぇぇ。兄貴、あいつガチの側の人間だ」
「だとしてもだ。物量にはいずれ果てる」
彼らなりの即時性の連絡手段が準備されていたのか、場に新手の屈強の男達がなだれこんでくる。
悠未は、その全員を打ち倒さんと、両足で大地を噛んで剣を構えるが。
「さてさて」
灯理が天に手を掲げ、小兵の男に声をかけた。
「
灯理が手の掌を返すと、仮設住宅地区を取り囲むように、赤い光が複数箇所で立ち昇り、場を
頭を抱えてその場に伏せる。
悠未が向き合っていた集団からも、混乱の声が上がり始める。いわく狂ってる。いわく逃げろ。退散だ。
焔には分かった。純粋に、灯理が本当に住宅地区を焼き払うような人間ではないのを知っているから。
「本物の炎じゃないね?」
「そう、3Dスキャン技術・プロジェクション技術・トラッキング技術を併用・応用した一種の拡張現実ってことになるんだけど」
灯理の右眼が淡く光っている。
「コンタクトレンズ型デバイス?」
「ちょい秘密事項。まあ、最新の技術を勉強して取り入れていくのも、
そうして、最後に煌王が残った。強度がある肉体を震わせ、
「貴様らのような善人気取りが気に食わん。あの頃、空き家から金や食料を盗み出す人間も沢山いた。そういった人間の本性に忠実な存在をこそ俺は
「知らんな」
決着は一瞬。
煌王が振るった上段からの棍棒の打ち下しを悠未は紙一重で避けると、そのまま旋回して、剣道でいう「胴」を峰打ちで煌王に打ち込んだ。
煌王は、ゆっくりと崩れ落ちる。
敗北を悟った小兵の男は、煌王の大きな身体を引きずりながら撤退を始める。
その背後に灯理が声をかける。
「あなた達も苦しいの、知ってる。でも人としての道を踏み外さない範囲できなさい。でないとまた、痛さをお返しするから」
灯理の火を模した仕掛けもやがて収まり、場に
勝手に失った存在の代わりを求めて、迷惑をかけた。
両義先生が自分の道を生きるのに、自分なんて重荷なだけだったはずなのに。
それでも一時の間でも、焔にとって温かい場所をくれた優しい彼女に対して、ボロボロの体なりに居住まいを正し、一礼した。
「先生の物語が、最高のタイミングで、この苦しい世界を照らしますように」
足を引きずりながら、その場を後にする。これでまた、居場所はなくなった。
「おい」
後ろから声をかけられた。
後にして思えば、両義先生が何も言わなかったのは、既に灯理が話してくれていたのだろうけれど。
悠未は、日本刀を納刀すると、再び殺気を自身の内にしまい込み、丁寧に陽気なお兄さんを演出しながら。
「同人誌作ってるんだが、絵の担当がまだなんだ。あんだけ描けるんだ、もうちょっとコミック調のイラストに調整してほしいが、それはこれからってことで」
手が差し伸べられていた。
「うち、来ないか?」
何の恩返しもできないまま、母はある日この世界から消えてしまった。
姉には負担ばかりかけた。学校にも馴染めない。でもこんな自分でも誰かのために生きられたなら。
そう願って
手がもう一つ差し出される。灯理だ。
「イイじゃん。できなくなった人の代わりに、できる人がやる。それも、
この時、焔の中にまだ微かに残っていた熱いものが揺らめいた。
さっき抱きしめられた時に、灯理が分け与えてくれた何かが自分の炎を刺激する。
そうだ。自分だってできるなら、もう一度立ち上がりたい。
まだ、諦めたくない。
復興部か。何を復興するのか。まずはたぶん、自分からだ。
焔は、差し出された二つの手を掴んだ。
「俺、自信なんかないぜ」
「何かをもう一度作りたいとか、誰かと一緒にいたいとか、最初は自信なんかないだろ。イイさ」
「どうせなら。あえてスマイルでいこうよ!」
悠未と灯理がサムズアップしてみせる。
厳しい冬が近づいてきた、シンと冷えるS市の夜に、まずは三人分の温かさ。
各々の胸の光が重なる場所にある気持ちは、再び何かを作るんだっていうこと。
三人でテクテクと、標なき明日へ向かって歩き始める。
ただ今は「一緒に」って、それだけ。
みんなが世界をもう一度
舞い始めた雪に街アカリが反射して、キラキラとしていた
/第一章「壊れた日常で居場所を失くした君に贈る途切れぬこの街の灯」・了
第二章へ続く
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