第二章「この五人でGo!復活の未来」
第5節「復活への一歩、また一歩」
第二章「この五人でGo!復活の未来」
放課後。復興部の部室へと向かう、
紺のブレザーにチェック柄のスラックスという出で立ちは、
久々に袖を通した。
ただ、かなりの期間「世の中のスタンダード」的なものへの反抗心がくすぶっていたのを、早々になかったことにするのには抵抗があるのか。学園指定のネクタイは外していたりする。
それを言い出すと、染め直さずに金髪のまま登校したのも彼なりの周囲への信号なのだ。まだ、俺はこの学校ってヤツに馴染まないぞ、みたいな。
プレハブ式の仮設部室棟の一角にあるその場所に辿り着くと、ドアには「復興部」と掘られた木製の表札が取り付けられていた。
鍵はかけられていない。ということは、中に
この気持ちの高ぶりは何なのだろう。ワクワク、している。久方ぶりに感じる感情だった。
「ちぃっス」
今までどおり、ぶっきらぼうに。それでいて敬意は込めている。
そんな挨拶で部室のドアを開けた焔だったが、期待は裏切られた。
部室で彼を最初に迎えた人間は、悠未でも灯理でもなく、ソファに膝を組んで座っている、初めて見る男だったのだ。
「お。中等部の制服だね。ということは、もしかして君が焔君なのかな?」
双桜学園は高等部からは私服の学校である。
男は暖色のセーターに紺のズボンといった服装で、ソファから立ち上がるとスラっとした長身だ。
栗毛のサラサラヘアーにとろんとしたたれ目。
へらっとした笑顔は無防備で、朗らかで包容力がある感じ。
「そう、ですが」
「ユーミとアカリから聞いてるよ。よろしくね~」
男はポンと焔の両肩に手を乗せた。顔が近くなると、植物の葉や茎を連想させる爽やかな香りがする。
「僕は、
ということは、この人も街アカリの。
祈はそのまま焔の両の二の腕を揉みしだいてきたので、焔は戸惑った。
「お。イイね。イイね~。けっこう筋肉あるねぇ」
そこでハっと気付く。自分はチェックされている? 街アカリなら、荒事もあるはずなのだ。こう見えて、この人もただ者じゃないのかもしれない。
「あの、俺も戦ったりするんですか?」
「ほえ? 作画担当するんでしょ。絵描きさんの筋肉の付き方だな~って思ったんだよ」
焔が祈の真意を図りかねていると、後ろのドアが開いて、知った気配が二つ入ってきた。
「焔君。来てくれたんだね~。制服、似合ってるよ」
「祈。戻ってきてたのか」
灯理と悠未である。見知った二人が来てくれてちょっとホっとする。
「変なこと、されなかった?」
「えーと」
どう返答したものか。二の腕をプニプニと揉まれたのは変なことに入るのか。
「イノッチはちょっとセクハラおやじの気があるからね」
「ハッハ。ナユカに比べると。僕のスキンシップって大人しい方だと思うけどねぇ」
長い時間を共に過ごしてきた者同士の、独特の打ち解けた雰囲気で二人は言葉をキャッチボールする。
「もう一人、
そんな既に出来上がっている人間関係の中では新入りに当たる焔に気を回してか、悠未が解説を加えてくれる。
そう言えば、先日の一件の時、灯理が口にしていた名前が、イノッチとナユちゃんだった。
「今の所、五人がメンバーかな」
そう続けた悠未の言葉が、焔としては改めて嬉しかった。自分も人数に数えられている。
「体大事だと思うよ。ほら。ユーミ。ちょっとその鍛え抜かれた筋肉見せてあげなよ」
部室の真ん中のストーブに火を入れる灯理をよそに、祈はまだ先ほどの会話を続けている。
さっき焔にしたように、祈は悠未の二の腕を掴んで揉みしだいている。
「ユーちゃん。マジで脱がない!」
灯理が、上着を脱ぎ出した悠未に突っ込みを入れた。焔としては、服の上からでも伝わってくる悠未の強靭な肉体に、ちょっと興味があったりもしたが。
「ユーミはね。一見真面目そうだけど、内側には絶えず全裸欲求を抱えているのさ」
「否定はできない」
「否定しなよ!」
三人の会話のキャッチボールは、何か焔が忘れていた童心をくすぐるものがあった。
「己の全裸性癖と一般社会常識との板挟み。とても悲しい気持ちを抱えて生きているんだ」
「いや、そこまでは」
「ちょっと、『性癖』とか、言わない!」
灯理が頬をふくらませる。お茶らけに付き合って突っ込みを入れていたのが、段々本気になってきている。
「灯理? 何かいつもと違う感じ」
「ほえ。『性癖』でNGワードなの? 普段はもっとこう、●●●とか●●とかヨユーで」
「あうあうあうあー」
灯理が祈の言葉をかき消けさんと、興奮した類人猿のように両手をバタバタさせた。
「焔君。後輩だよ? 新入部員だよ? もうちょっと年長者としてのカッコ良さとか見せたかったの!」
「そういうの? 年功序列意識の裏返しじゃないか?」
正論めいた言葉を発した悠未だったが、すぐにまずい、なんかいらんこと言ったかも、という表情に変わった。
同年代の異性の機嫌を察知し、自分の前言を省みてあたふた。こういう幼さもある人なんだ。
案の上、灯理は小鼻をふくらませている。
プイっと悠未からそっぽを向いて、灯理は焔に向き直る。
「ごめんね。なんか品がなくて」
灯理の歓迎してくれてる気持ちは素直に受け取りたい。これは、何か気の利いたこと言わないと。
焔なりの精一杯で、こう返した。
「大丈夫です。俺、エロい話とか、ドンとこいですから!」
◇◇◇
冬の始まりの空気は澄んでいる。
「さて。今日の“
発泡スチロールの箱が積まれた二台のリアカーを前に、悠未が切り出した。
焔が箱の中を確認すると、ドライアイスとお弁当が入っている。
現在S市内には、賃貸アパートをいわゆる「みなし仮設」として利用している避難者達が多数暮らしている。
そんな中でも、特にお年寄りの一人暮らしを中心に、夕飯はお弁当の宅配サービスに頼っているケースも多いという状況なのだが。
「配達するバイトさん・パートさんも、子育てとか介護とかやってる人達が多いから、けっこう忙しくてね。ちょくちょく欠員が出たりするんだよ」
「代役の依頼がきた。ちなみにバイト代も出る」
「色んなことやってるんだな」
「ご飯を届ける。これも
くじ引きで組み分けをすると、焔は灯理とペアになった。
悠未と祈が軽口を叩き合いながら出発していく。この手の依頼は度々あって慣れているのだろう。自然体な感じ。
「仲いいんですね」
「ユーちゃんとイノッチ? なんか、ユーちゃんもイノッチとは気兼ねなく話せるところあるみたい」
焔・灯理ペアも出発である。力仕事は男だろと焔はリアカーの引き手を引き受けた。
(意外に、重い)
「まずはこちらのお宅からね」
灯理がスマートフォンに地図を表示させる。これで街中を回るとなると、かなり体力が必要となるのではないか。積荷のお弁当はけっこう数があった。
「ふぁいと。ふぁいと」
灯理のかけ声はなんかフワっとしている。それでも女子の応援は、焔のやる気を鼓舞するものであった。
「俺、やってやりますよ」
ズッシリとしたリアカーの重みを感じながら、一歩一歩進み始める。
復活ってたぶん。街も、自分も、少しずつなのだ。
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