日曜日の挑戦

「んもー、どうしてそんな時にボクを呼んでくれないんだよ! 少しは力になれたかもしれないのにさー」

「いや、お気持ちだけで十分っすよ。純先輩」

 12月。俺は学校に行かず、病院で過ごしていた。というのも、


「あ、ってかおろちんが憑依すれば有栖の足も治るんじゃないの?」

「そうですね。問題なく再生出来ますよ」

 いつの間にか早帆ちゃんはいなくなっていた。

「う……意識したら無茶苦茶痛くなってきた。大蛇、頼む」

「かしこまりましたと言いたいところなのですが」

 お前せめて「……」くらい挟んで間をおけよ。ノータイムで逆接すんじゃねえ。気持ちの落ち着きどころがなくなるだろうが。

「残念ながら12時を過ぎてしまいました。シンデレラはお城に帰らなければなりません」

「逆だ逆。何もかもが」

 シンデレラ→女性、大蛇→男性、シンデレラ→お城から帰る、大蛇→お城(別名愛の巣とかふざけたことを言っている精霊界での自分の家)に帰る。

「さすがにその火傷、そのまま放っておくのは無理でしょう。病院に行くしかないですね。その場合、私の魔法を使うことは出来なくなりますが」

「なんで? 次の土曜日に治しちゃえばいいじゃん」

 十六夜がさっきまでとは別人のように馬鹿丸出しの口調で喋る。

「いや、そんなことしたら、全治何か月って怪我人が一瞬で治ったことになる。おかしいだろ絶対」

「さすが有栖くん。そういうことです」

 大蛇がいいね! ばりに親指を立ててこっちに向ける。

「お世辞はいいから、悪いが大蛇。病院までおぶってってくれ」

「すいません。私、時間外労働はしない主義なので」

「ちょ! 待てお前、置いていく気か!」

 まあ確かに元々そういうやつだったけども!

「いやいや、私が置いていっても有栖くんには連れ添ってくれるステディがいるじゃないですか。ああ、羨ましい、羨ましい」

「新妻だなんてそんな。ぽっ」

「お前ら俺の治療より先に二人揃って精神科で見てもらえ」


「というわけでして」

「あ、ははは。な、なかなか個性的な精霊さん達だね」

 と言いながら、純先輩はお見舞いにと持ってきてくれたフルーツを机の上に置く。

「それで? 今日は何か用があるんだっけ?」

「ええ、そうなんですよ、実は……」

 俺が話しかけようとしたところで、部屋の外からバタバタとスリッパの音が聞こえる。

「有栖様ー!!!!!」

「……あいつ……病院内を走るんじゃねえよ」

「有栖様! お怪我は大丈夫ですか!? んまー、こんなになってしまって。よろしいですわ。古来より伝わる由緒正しき方法で私が治して差し上げます。……怪我は舐めれば治ると言いますものね!」

「それはただの迷信だ!! このど変態が!」

 純先輩のお見舞いの品から林檎を掴んで投げつけた。

 俺の周りはこんなやつばっかりかよ、ったくもう。

「ああ……愛が痛い……」

「やかましい!! ……ってか、蘭お前……髪切ったのか」

 蘭はそのまま腰まで届きそうだった髪をバッサリ切り、出会った頃の髪型に近づいていた。

「え、ええまあ。……あ、決して有栖様を諦めたわけではありませんのよ! 有栖様がそうしろというのであればもう一度髪を伸ばしますわ! ……ただ、まあその」

 純先輩のフルーツの横に、自分の持って来たお見舞いのフルーツを並べる。

「私、自分の生活を見直してみましたの。有栖様のために頑張るのはもちろん必須なのですが、それ以外の自分を見つめた時、あまりにも私には自分というものがありませんでしたわ」

 そうかな? 俺からすりゃ蘭は個性バリバリに見えるが、ま、他人から見える自分と、自分から見える自分とは違う。それに、自分をしっかり持っている女性というのはやっぱり魅力的だし、そういう部分に気づいただけでも成長だと思う。

「やはり私そのものが魅力的な人間になりませんと。使役するもの達も愛想を尽かしますわよね」

 ふざけたやつではあるが、蘭は蘭なりに自分の召喚するもの達を大事にしているらしい。その姿勢は俺も見習わないとな。

「というわけで短髪明朗快活お姉様キャラ属性をつけることにしましたの。その内蹴り技を極めて、ゆくゆくはデコピンで敵を吹き飛ばせるくらいに成長しますわ!」

「やめろ、その属性は金髪の長髪だ」

 舞い忍ぶなっつーの。自分というものはどこいった。

 っていうか自分の話の腰を自分で折るんじゃない。ガッカリだよ全く。

「それで、何か私にお願い事があると伺ったのですが」

「うん、あー、それな。もう一人来るから待って……」

「木寺くん」

 噂をすればなんとやら。そのもう一人のご到着である。

「あ、あなた、どんな顔してここへいらしたの!?」

 こんな顔──とは言えんだろうな。さすがに。

「……有栖くん、稲家さんがその『もう一人』なのかな?」

「そうです」

 稲家早帆。本名、サホ・シェイネ。本名を隠していたのは、別に俺のことがあったからではなく、単にお家柄──というか、家の『仕事』の都合上らしい。

「でも、この子が有栖くんに火傷を負わせたんでしょ!? どうしてそんな子呼ぶのさ!」

「ご、ごめん……なさい」

「いいよ、早帆ちゃん。とりあえず入ってくれ」

 二人に睨まれながら、早帆ちゃんはゆっくりと病室に足を踏み入れる。

 うーん、やっぱりその一挙手一投足が俺の好みだ。

「いだっ!」

 何やら固いもので頭を叩かれた。

「全くうちの旦那は! なに嫁の隣で別の女子相手に鼻の下を伸ばしてるのでぃすか!」

「いつからお前が俺の嫁になった!」

 呼んでもいないのに十六夜が現れた。

 ってかどっから出て来たんだこいつ。

「今なら半分は俺が背負ってやる。……俺はお前の宿主だからな」

「やめろーー!!!!!」

 道理で固いと思ったらレコーダーかよ。

 くっそ、大蛇のやろう。何でよりによって十六夜にレコーダー渡すんだよ。

「で、十六夜は何で来たんだよ?」

「むむ、なんでとはお言葉ですな。誰があなたの着替えを洗濯しとると思っとるのだね青少年」

 忘れてた。

「いや、日々、感謝しております、はい」

 あの日からずっと十六夜はこっちにいる。いや、正確には一度精霊界に戻って精霊王に報告はしたらしいが、それで戻って来てからずっと。ありがたいのはありがたいんだが、何となくそれに返せる気持ちを持ち合わせていないのを申し訳なく感じるのだ。

「あら、あなた。そんなにお嫌でしたら、私がいつでも代わって差し上げましてよ」

「べーっ! 温室育ちのお嬢様にこんなこと出来ませんよーだ」

「きぃぃいいい! せっかく最大のライバルがいなくなったと思ったら、また新たなライバル出現ですわね! セクハラ禁止!!」

「いや、蘭、正直お前のその口調でそのキャラ乗せは難しいと思うぞ」

 確かに俺が一番好きなキャラではあるけどさ。でもそれは性格という意味のキャラじゃなくて戦闘能力的な意味でのキャラだから。あとデコピンは正直使えないぞ。空中技のくせに衝撃破がまっすぐにしか飛ばん。

「あの……それで木寺くん、私にお願いって?」

「ああ、そのことなんだけどな」

 俺は三人プラス十六夜にその計画を打ち明ける。

 いや、十六夜は知ってるんだけどね。真っ先に相談したから。

「そんなこと……出来るの?」

 ごくり、と純先輩が唾を飲む。

「少なくともここ400年、成功した人は一人もいないということですのよね?」

「ああ、そう聞いてる」

「それを……木寺くんは、やるの? それって、私が余計なこと言ったからかな」

 早帆ちゃんが申し訳なさそうに言う。

「いや、確かに早帆ちゃんの意見には考えさせられるものがあった。だからこそこんな考えに至った。それは事実だよ。でも本当の動機は他人の中になんかないさ。俺がそうしたいと思ったからやるんだ」

 俺は早帆ちゃんの目を見つめながら言う。すっと早帆ちゃんは目を逸らし、

「ちぇっ。……もっと早く告白しておけばよかったな」

 と呟いた。

「俺に言わせりゃそれも一つの失敗だ」

「ゴルァ! いい加減そのレコーダー処分しろっつの!」

 一体どこから録音してんだ、全く。

「で、皆にも協力して欲しい。あっちの決めたルールは、勝てばいい、ただそれだけ。仲間を増やしちゃいけないとは言われちゃいない」

 卑怯とかそんな次元ではなかろう。何せ相手は400年負け知らずなのだから。

「でも……木寺くんの足が治ってからだね」

「そうだな。まあひどいと言っても火傷は火傷で骨がどうこうなってるとかじゃないから、一ヶ月で治った『ことにする』予定だ」

「ということは、決行は来年ですの?」

「いや、純先輩は受験だからな、今でも迷惑かけてるけど、その時期にお願いして試験日と被るわけにはいかない。もっと早く。大晦日だ」

 幸いにも……というのもおかしいが、今年の大晦日は日曜日である。

「年が変わる前に勝てれば当然俺らの勝ち、そこまでに勝てなきゃやられてなくても負けだ。わかりやすくていいだろ」

「年越しバトルってやつだね。なんだか楽しそうだ」

「でも……勝ち目……あるのかな」

 不安そうな表情を見せる早帆ちゃんの頭に手を置く。

「あるとかないとかじゃない。自分で勝ち取れよ。納得がいかない世界をめちゃくちゃにしたいんだろ? だったら何も悪役に回る必要なんかねーさ。世界を変える正義の味方ポジションで行こうぜ」

 ま、正義っつっても自分の正義でしかないけどな。と笑いながら言って、手を離す。

「うん……わかった。木寺くん、知らないだろうけど、私すっごく強いからね?」

「期待してるよ」

 さて、これで魔導士はメンツが揃った。お次は……と。


「おう、やるやる! ははっ! おんもしれーこと考えんな! 有栖!」

「向こうだったらお前らはその姿のまま戦えるんだよな?」

 人間界じゃそうはいかないが。

「のーぷろぶれむ! でもよー。どうせだから憑依しようぜ。有栖と勝たなきゃ……なんかこう、意味ねーじゃん」

「んー、そうだな。けど、俺が憑依させる相手はもう決まってるんだ」

 悪いけど始まる前から。

「じゃんじゃじゃーん。わったしーだよー、ほむちん」

 相変わらずどこから入ってきたんだか。ベッドの横から十六夜が顔を出す。

「げ。いざ姉もやんのかよ。こりゃマジだなお前」

「冗談でこんなことできっかよ。相手は太陽だぞ」

 いやマジで。400年の間には下手したら何百という精霊が束になってかかったこともあったろうに、それでも敵わなかった相手である。いくら用心してもし過ぎるということはない。

「ひゃっほー! 燃えてきたぜー! 今から全力ダッシュでランニングだー!!」

 と言うと、焰は病室の窓から飛び出して行った。


「なんじゃ、億劫じゃのう。妾はバトルには向いておらんのじゃて。見学でもよかろ?」

「いーや、ダメだ。俺の精霊でいたいのなら、このバトルには絶対参加してもらう。じゃなきゃ解除ろ」

 いつか織姫に言われた解除宣言を逆にやり返す。

「ふん。ちょっと成長したからと調子に乗りよってからに小童が。自分が如何に身の程知らずか考えたことがあるのか?」

「お前ならわかるだろ。不可能だと思っていても人はやらなければならない時がある」

 例え誰かに怒られたとしても、誰かを傷つけたとしても。

「ふむ。で、何か策はあるのか?」

「ない!」

 どーん、という効果音が出そうなほど、正々堂々と言い放った。

「やれやれ、これじゃからのう。まぁこれも役回りか、仕方あるまい。少しは時間を長引かせる小細工を演出してやろうかの」

「頼むぜ。上手くいったら若い男紹介してやる」

「えー。やだー。超うれしーんだけどー。もー、そーいうこと早く言ってよねー」

「織ちゃんって……こういう性格だったんだね」

「そゆこと」

「やだ、じゃあおめかししなきゃ。新しい着物作ろっかなー」

 鼻歌混じりに織姫は病室から出て行った。


「ミィー! ミィー! ミィー!!」

「……なんだって?」

「自分だけ喋れないのは不公平だって。翻訳機能つけろってボヤいてる」

 苛立っているのか、病室のあちこちを木霊は飛び跳ねて回っていた。

「いやいや、お前は喋れないからこそ人気があるんだぞ。考えても見ろ、喋れるゆるキャラの惨憺たる結果を。なまじ一体が成功して、注目されてテレビに出たりしちゃったもんだから、二番煎じキャラは地元のファンからは敬遠されるし、流行は一瞬で終わるし、散々じゃねえか」

「有栖なんか今日結構辛辣しんらつだね……」

 いいんだよ、これくらいハッキリ言ってやった方が。目も覚めるだろ。

「とは言え木霊に無理させるのもな。こいつこそ見学してもらっとくか?」

「ミィ!」

「いてっ!」

 心外な! とでも言うように、俺の顔面目がけてダイブして来やがった。

「おーよちよち。有栖パパはひどいでちゅねー?」

「俺は植物の子を持った覚えはない」

 大体木霊は喋れないだけで、赤ちゃんみたいな歳でもないだろ。

「んーと、700歳くらいだっけ? こだまん」

「ミィ」

 木霊がうなずく。人間だったら人生10回謳歌出来るじゃねえか。

「とにかく、こだまんも仲間なんだよ。だから一緒に戦うの」

「わーったよ」

「ミィー!」

 木霊は張り切って、その小さな葉っぱの手でボクシングの真似事をしていた。


「ドーナツ100個で手を打とうじゃないか」

「他のものはいいけどドーナツだけはやめてくれ。キャラが被る」

 某大作とな。

「ぶわぁーか。ドーナツに著作権があるかっての。いいから私の言うやつ買ってこいほら、ゴールデン……」

「わーわー!」

「がーがー!!」

 いや、やめようぜ。こういう不毛なの。……ほんとに。

「なんだよー。じゃ、またクレープかよー。……好きだからいいけどさ」

「クレープおいしいよねー。わたしベリー&ベリー大好き」

「どうでもいいけど前から気になってたんだ。お前ら胃袋ってあんのか? 食ったもんどうやって消化してんだよ」

 夜叉の食いっぷりはどう考えてもその体積内に収まらないと思うんだが。

 ブラックホール的な何かがあるのか?

「あーやだやだ。これだからデリカシーのない男はもう」

「だよだよー。有栖ー。女の子にそんなこと聞いちゃだめ。乙女の身体は神秘なの」

「お米のカナダは辺鄙へんぴなの? いや、そりゃ小麦だろ」

 しょーもないことを言ったせいで二人からギロっと睨まれる。乙女こええっす……。

「まあ、手ぇ貸してやるよ。正直一回あのジジイとはマジでやってみたかったんだ。絶対ぶっ殺してやる!」

「……半殺しくらいでお願いします」

 まあそんな心配する必要もないだろうが。夜叉がいくら強いったって、一人じゃ敵いっこない。

「頼んだぜ」

「任された!」

 そう言うと夜叉は金色に輝く武器を背負い、病室の窓から飛び立って行った。

 ──お前らほんと窓好きな。ドアから出ろっての。


「いやー、残念ですねー。私ちょうどその日風邪を引く予定でして」

「その発言を堂々と言える度胸があるなら大丈夫だな」

 相変わらず真っ白タキシードのヤサ男は、話し始めてすぐそんな言い訳をしだした。

「そういうくだらないことばっかり言ってるからそんな目に合うんだよー」

 ただいつもと違うのは、左側の頬に大きく手形がついていた。

「全くお恥ずかしい。いえね、ちょっと2番目の彼女と3番目の彼女の誕生日を取り違えてしまいまして。2番目の彼女にはプレゼントがないことで怒られるし、3番目の彼女には上級精霊への昇進試験に失敗した日にプレゼント渡しちゃうし、踏んだり蹴ったりですよ」

「その内お前が踏んだり蹴ったりされそうだけどな」

 っていうか浮気なのかよ。合意の上で複数人と付き合ってるわけじゃないのか。

「浮気というかですね。私は来るものを拒まない性格なだけですので。今までの彼女の中で自分から口説いたのはまあ……3人くらいですね。ああ、もちろん一度きりの関係はノーカウントですよ?」

「口説かれたのは?」

「三百はちじゅ……」

「よし、今日は俺がお前を踏んだり蹴ったりしてやろう」

 どうしてこんなやつがモテるんだ。でも不思議なことに、世の中ってそうなんだよな。浮気なんて絶対許さない、なんて強く主張する女性に限って、浮気する男性を選ぶ。女性の見る目がないのか、男が付き合い始めてからだらしなくなるのか。全く理不尽なことこの上ない。

「っていうかお前の能力は必須だ。少なくとも俺の精霊の中で回復魔法を使えるのはお前だけなんだぞ」

 純先輩の水走がいることにはいるが、熟練度からして過度な期待は出来ない。

「うーん。じゃあ私、サポートでも構いませんかね? リングサイドで解説しますんで」

「ボクシングじゃねーっての。なんでそこまで戦うことを嫌がる?」

 いや、そりゃまあ面倒なのはわからんでもないが。

「そうじゃないんだよ、有栖。おろちんの毒はね。相手が誰であろうと……それこそ神様だろうと絶対に効いちゃうんだよ」

「そういうことです。すぐ解毒の魔法を使えればいいですが……遅れた場合は最悪死に至ります」

「マジかよ。お前それ最強じゃねえの?」

 どんな相手だって倒せるってことじゃねえか。

「生憎私はそんなものに興味はありません。女の子とキャッキャウフフしているのが一番楽しいので」

「鼻の下を伸ばすな鼻の下を」

 こいつの彼女達とやらに今の顔を写メで送りつけてやろうか。少なくとも半数以上は去って行くに違いない。

「まあそういうわけで。当日はコタツの中から支援しますよ」

「せめて椅子に座るくらいで我慢してくれ。パイプ椅子くらい用意するから」

 というわけで、最強だけど働かない変態紳士の協力までこぎ着けたのだった。


「ふいー。疲れた」

「おー疲ーれ様っ。今日はゆっくりするといーよ。あと一週間なんだしさ」

「そうだな」

 とりあえず今の俺に集められるだけの戦力は集めたつもりだ。後は出たとこ勝負。

「そう……言えばさ、今日ってクリスマスイブなんだよねー」

「あ、そういやそうだな。すっかり忘れてた」

 まあどっちにしろ、今の俺には縁のないイベントだ。

「木寺さーん。もうすぐ面会時間終了ですよー」

「あ、はーい」

 そう返事をすると、すぐ帰り支度を始める十六夜──の手がふと止まった。

「あの……あのね、有栖」

「ん? どした?」

 十六夜は背を向けたまま、片付けかけた荷物から手を離す。

「明日は、月曜日だよね?」

「んだな」

 今日、日曜だからな。

「ってことは、明日になれば、私の魔力も戻るから、12時過ぎたらもう他の人には見つからないよね?」

「まあ、そうだな。……って、何の話?」

「へへっ」

 変な笑い方をして、ベッドの横の椅子に座り直す。

「あのさ、今日……ここに泊まってくよ」

「ああ、なんだ。……って、ええ!?」

 普通にビックリして声を上げてしまった。

「えへへー。……だってさ」

 十六夜は少し表情を曇らせながら言う。

「モッテモテの有栖クンと二人っきりで過ごせるクリスマスなんて、もう最後かもしれないからさ」

「そんなの……これからいくらだってあるだろ」

 これからだって、一緒にいるんだから。

「私はあくまで精霊。有栖だって、その内誰かと恋愛して、結婚もするでしょ? そうなったらきっと、もう二人で、なんて言えないよ。……悪いし」

「そういうこと、か」

 全く、精霊でも人間でも、やっぱり口にしないと想いというもんは伝わらんらしい。

「俺がどうしてこんな大げさなことして、精霊王にケンカ売ろうと思っているのか知ってるか?」

 そう。こんなに勝ちにこだわってまで。

「へ? それはほら、私の『仕事』のこと考えてくれたからでしょ? あ、それともさほちゃんのため?」

「違うよ。……それもあるけど」

 そんなのは後付けに過ぎなくて。

「あ、そっか、有栖ずっと日曜の精霊探してたもんね。どうせなら、最強の精霊が……」

「人間と精霊が結婚できないんだって規則を変えるためだよ!」

 恥ずかしくなったのでそのまま十六夜と反対側に顔を向けた。

「俺さ、正直なところ、今のお前に対して恋愛感情とかはねーよ。何したってドキドキしたりしない」

 十六夜がどんな表情でこれを聞いているのか怖くて、俺は後ろを向けなかった。

「でもな、お前がお前自身であることを放棄してまで、俺と一緒にいたいって言ってくれたのは嬉しかった。それだけじゃない、こうして世話を焼いてくれるのも正直、すごい助かってる。感謝してるよ」

 両親共に健在だって言うのにな。息子が入院してようが見舞いにも来やしねえ。

「だから俺はせめて、お前が未来に夢を抱けるような世の中にしてやろうって思ったんだ。欲しいものは、何かを捨てなくても、少し頑張って手を伸ばせば届くんだって、そう言ってやりたいだけなんだよ」

 そう言った瞬間、鼻先を柔らかい香りがくすぐった。背中一杯に暖かみを感じる。

「ありがと……有栖」

「……バーカ。まだ早え。夢の途中だっての」

 そう言えば大蛇が言ってたな。ロミオとジュリエット。身分違いの恋。

 その結末は、決して悲劇なんかじゃないんだって、そう証明しろってか。

「なあ、十六夜」

「ん? なーに?」

「お前やっぱりその……残念だな」

「誰がぺったんこおねえさんか!!」

 俺たちはきっと大丈夫。

 少なくともこういった冗談が言い合えるほどに心が通っている間は──な。


「というわけであなたに勝負を申し込みます。精霊王。っつーかとっとと俺の日曜精霊になれやクソジジイ!」

 そう言って俺は啖呵を切る。

 自分を奮い立たせる。

 そうでもしなければ足がすくんで立てなくなりそうなほど、目の前のひげ面のじいさんからは巨大な威圧感を感じる。

「ふぁっはっは。ガキが大きな口を叩きよるわい」

「おーっと有栖選手、言葉責めでいきなり強烈な先制パンチだー!」

 雰囲気出してマイクなんか持ってんじゃねえよあの馬鹿。

「で……でっかい……」

 フライパンを手にした純先輩は、10mはありそうな精霊王のデカさにビビっている。

「ビビんじゃないよー、純。ナリはでっかくったって、あんなの所詮短……」

「ピピー! ああっと、水走選手、試合開始前からファウルです。いやー、これは確実にイエローですねー。いや、ある意味ピンクかもしれません」

 何の解説なんだよ一体。色んなものをごちゃ混ぜにするんじゃない。

「なんの! 大きさなら負けませんわよ! ケルベロス!!」

 高さでは負けているが、奥行きは明らかに勝っている巨体が蘭の横に姿を現す。

 仲直りしたんだな。良かった良かった。

「老人介護は趣味じゃないんだけどな。まあ、冥土への案内くらいはしてあげるわよ!」

 早帆ちゃんが耳では聞き取れない速さで呪文の詠唱をする。するとその身体に黒い爪と同じく漆黒の大きな翼が生える。

「んじゃまあ、ギャラリーも集まってきたことじゃし、始めるとするかいの。ムン!」

 精霊王が左手の扇子を大きく振る。と同時に爆風が巻き起こり、あちこちに竜巻が現れる。

「左手じゃ! まずあの扇子を止めねばどうにもならん」

 織姫が大声で指示を出す。

「おっしゃあ! いくぜ! インフェルノ!!!」

 焰が超スピードで突っ込んでいく。だがさほど速いようにも見えない精霊王は、まるでそこだけ時が止まったかのような動きで左手を狙ったそれを躱す。

「まだまだじゃの、小僧」

 その焰に向かって右手の剣を振り下ろそうとする。

「おおっと! そういう簡単にはいかせられないね」

 夜叉の不倶戴天がその5mはあろうかという大きな剣を正面から受け止める。

「ふむ。あの荒くれ者がようこんな催しに顔を出すようになったのう」

「てめえの顔が歪むところを間近で見れるってんでなあ!」

 そのまま夜叉は攻撃に転じる。が、その巨体に反する右手の超スピードで、精霊王は全ての斬撃をいなしていく。

 その内、がくん、と精霊王の両腕が止まる。

「ミィーイ!」

 木霊が伸ばした植物のツルが精霊王の両腕を縛っていたのだ。

「「もらった!」」

 その隙を見て、焰と夜叉の両方が同時に攻撃を仕掛ける。

「いかん! 罠じゃっ!!」

 織姫が叫ぶ。二人が近づいた瞬間、精霊王は木霊のツルを引きちぎり、両腕で同時に攻撃をしかけようとする。

「危ないっ!!」

「バインド!!」

 二人が攻撃を受ける!と思った瞬間、再び精霊王の動きが止まる。

 それに合わせて、二人は距離を取る。

「やれやれ。有栖くん。特別手当をもらいますよ。今日の僕はただの解説者なんだから」

「そういう割には随分キツく締め付けてくれるのう。大蛇よ」

 大蛇がその目を赤く光らせ、魔力で具現化した白い蛇を、腕の上から精霊王の身体に巻き付けている。

「いやー、基本的に無駄は嫌いなんですよ、私。……殺れる時に殺らないと、ねぇ?」

 そう言ってその具現化した蛇の牙を精霊王の首元に近づける、が、すんでのところで精霊王が大蛇の縛りを振りほどく。

「ふう。なかなかやりおるわい」

「息をつく暇などありませんですわよ!」

 そう蘭が叫んだ瞬間、ケルベロスの牙が精霊王の左腕をかすめる。

「当たった!」

「むう……。お主の仕業か、水走」

 確かにいくらケルベロスの攻撃が鋭いと言っても、今の精霊王の動きは鈍い気がした。

「美女に凍らされるのもなかなかオツなもんでしょ? 王様」

 目を凝らして見ないと見えないような雪の結晶が、精霊王の周りに細かく降り注いでいた。精霊王はヒト型の精霊なので、体温の低下はその動きを鈍らせる。

「生憎儂は美女の氷漬けの方が好みじゃの!」

 再度左手の扇子を振り、冷気を吹き飛ばす。

「くっ!」

 その冷気が吹雪となり、俺たちの視界を奪う。

「まずい! 焰!」

「ほいさ! エクスプロージョン!!」

 焰の使った炎の魔法が風に混ざり、吹雪をかき消した。

 視界が戻ると、俺の目の前にいきなり精霊王が現れる。

「油断しておるとこうなるぞ。小僧」

 ほっと一息ついた瞬間を狙って、精霊王が俺に剣を向けてきたのだ。まずい! と身をかわそうとした瞬間、

「あなたもね、おじいちゃん」

 俺の後ろから飛び出した早帆ちゃんが、その悪魔の爪で精霊王の片目を抉る。

「ぐおっ!」

 さすがにこれは効いたようで精霊王は一旦元いた位置まで引き下がった。

「あら。王とは言えど急所は急所のようね。安心したわ。これからどれだけのたうち回る様が見られるのかしら」

 か、完全に性格が変わっておられる……。

 どっちが本物なんだろうって考えたこともあるけど、今ハッキリわかった。

 どっちの性格も早帆ちゃんなんだ。ただちょっと、スイッチが入る時があるんだって。

「メテオ!!!」

 織姫の唱えた魔法が隕石を呼び寄せ、轟音を鳴り響かせて精霊王に直撃する。

 っておい、ちょっと待て。

 確かに前に聞いてはいたが、星を降らせるってもっとこう、メルヘンの方じゃなくてこれかよ。

「さすがにこの魔法は連発は出来んでの。確実にしとめられる時でないと……おいおい」

 直撃の瞬間、扇子でガードしていたようで、ガードした扇子はボロボロになっていたが、精霊王は無傷だった。

「やれやれ。なかなか作るのに苦労したんじゃぞ、この扇子」

 精霊王はボロボロになった扇子を投げ捨て、右手の剣を両手で持ち、構える。完全に攻撃特化の体勢だ。

「くっ!」

「ダメ! 有栖はまだ動いちゃ!!」

 頭の中で十六夜の声がする。

「私の力は、きっと今の有栖じゃ制御しきれない。私たちはそれでよくても、皆や……近くで見ている精霊達まで傷つけちゃう。今は力を貯めるの。みんなを信じて! きっと隙を作ってくれるから!」

「……わかった!」

 織姫が考えた作戦はちゃんと事前に皆に伝えてある。

 そうだ。俺が皆を信じなければ。

 目を閉じ、自分の中に力を貯めることに集中する。

 自分の身体があの時の十六夜のように光の球体に包まれているのを感じる。

「さて、第二ラウンドといくかの」

 精霊王は片目が見えないことなど意に介さず、攻撃に転じる。

「ニーディングゴールド!」

 夜叉が不倶戴天の形状を大きな金色の盾に変形させ、明らかに俺だけを狙ってくる精霊王の斬撃を防ぐ。

「宿主様は今忙しい! ジジイの相手してる暇はねーってよ!!」

「ミィ!」

 いつの間にか精霊王の頭の上に乗っかっていた木霊が、頭の上で小さな紫色の花を咲かせる。

「な……んじゃ? 身体……が……」

蔓日日草つるにちにちそうか! ぐっじょぶじゃ木霊!」

 織姫が叫んだ草の名前は確か神経毒を持っていたものだ。

 それでも数秒後には回復してしまうだろうが、一瞬の隙を作るには十分である。

「食らえ! インフェルノ!!」

「ぐ……おお……」

 脇腹に焰の直撃を受けた精霊王がよろける。

「ケルベロス! ブレスよ!!」

 よろけた精霊王の顔面にケルベロスの毒のブレスが炸裂する。精霊王の視界は完全に毒霧で覆われた。

「アームバインド!!」

 大蛇が先ほどと同じように、その目を赤く光らせて精霊王を睨みつける。すると、大量の白い蛇が精霊王の右腕に巻き付き、その右腕を強く締め付ける。

「そろそろ終わりにしてもらいましょうかね! 時間外労働は私、嫌いなんですよ!」

 その締め付けで精霊王の右手が緩む。

「はあっ!」

 その隙を逃さず、早帆ちゃんがその悪魔の爪で精霊王の右手の平を手の甲側から貫く。精霊王の手から剣が落ちた。

「水走!」

「任せな! フリーズ!!」

 純先輩の声に合わせて水走が魔法を唱える。

 精霊王の両足が地面に凍り付いた。

「今じゃっ! 宿主!!」

 すうっと目を開く。

 まるで俺から精霊王へ繋がっているように、うっすらとまっすぐ光の道が出来ている。

「いくよ、有栖!」

「おう!」

 頭の中で十六夜と確認する。大丈夫。魔法は教えてくれた通り、ちゃんとイメージできている。

「「ソーラーエクリプス!!」」

 眩い光が輝きを増し、巨大な閃光がまるで大砲のように精霊王を貫く。

 その光はそのまま一直線に放たれ続け、全てを飲み込んでいくかのように思えた。


「やった……か?」

 魔法の効果が消え、光が消えた後には、ボロボロになった精霊王の巨体が仁王立ちの状態で佇んでいる。

「せーの!」

 純先輩がフライパンを精霊王の額に叩き付ける。

 それに合わせてその巨体は後ろに倒れた。

「文句無し、じゃの、上出来じゃ、宿主」

 わーっ!! と周りから一斉に歓声が上がる。

「カン! カン! カン! 勝負あり! この勝負、有栖選手の勝利です!!」

 ボロボロの格好でもネタには根性見せるんだな、お前。大蛇がモテる理由がちょっとだけわかった気がしたよ。

「ミィ! ミィ!」

「あー、腹減った! メシにしようぜ、有栖ー!」

「有栖ー、ドーナツ……じゃねえや、クレープだったか。ああもう、何でもいいや! 甘いもん持ってこい!」

「有栖様! お怪我はありませんこと!?」

「有栖くーん。大丈夫ー?」

「ね、私強かったでしょ? 木寺くん。……惚れ直しても、遅いんだから」

 皆が思い思いの言葉を口にして俺に近寄る。

「かーっかっかっかっか!」

 その瞬間、倒れた精霊王の方からけたたましい笑い声が響く。

「いやー、負けた負けた。もう体が動かんわい。儂も年かの」

 俺は十六夜との憑依を解除し、倒れた精霊王の顔の近くまで歩き寄る。

「約束だぜ。俺の日曜の精霊として契約しろ」

「んー、まあ儂は構わんが、お主はそれでいいのか? 儂なんぞ老いぼれじゃぞ?」

「いいさ」

 俺はそう断って、契約の言葉を口にする。

「我、汝ら精霊と約を求める者なり。その力、この身をかけて現世へ導きたもう」

「我、その盟約に従い、汝と契りを交わさんとす。……契約成立じゃ。よろしくの、宿主」

 よし、と俺は契約精霊に、初めての指示を口にする。

「お前は今まで通り精霊王として、精霊界の治安維持に務めよ。俺のところにはこなくていい。……ってか来るな。でか過ぎて扱い辛いわ」

 精霊王は鼻先でふふんと笑って、

「あいわかった。宿主の指示とあらば仕方ない。死ぬまで現役として務めさせて頂こう」

 笑みを浮かべたままそう答えた。

「指示はもう二つある。一つ目は、人間界の治安維持には関与するな。人間のことは人間がやっていかなければならない。お前が守るのはこの世界の住民だけだ。そしてその役目はお前が担うこと。他者に任せるのは許さん」

 これで月の精霊もその重みから解放されるはずだ。

「ふむ……では精霊が起こしたことで人間が被害を被った、またその逆の場合はどうするかのう?」

「同じだ。例え精霊が起こした事件であっても、人間界で起きたことは人間が解決する。そのくらい出来るさ」

 人間を舐めるなよ。と、からかうような口調で口にする。

「よかろう。その方がわかりやすくてよい。して、最後の一つは?」

「んっと、そうだな。それはちょっと個人的なことなんだが……」

 皆がじっと見つめている。

 ……言い辛い。というか恥ずかしい。

 ここで言ったら絶対に誤解される。

「いや、そのな、規則をちょっと変えて欲しいというか……あの、人間と精霊についてだな」

「有栖とわたしの結婚を認めなさい!」

 いつの間にか俺の傍に来て、いきなり割り込んで来た十六夜が堂々とそう宣言する。

「ちょ! お前いきなり何言って──」

「……だそうじゃが? 宿主。それでよいのかの?」

 精霊王がニヤニヤ笑いながら俺に問いかける。

 ふと周りを見渡すと、全員が同じような表情をしていた──約2名を除いて。

「な、ななななんてことを仰ってますの!? 有栖様は私の……」

「ううん。木寺くんは私のこと、初恋の相手だって言ったもの、そうよね?」

 二人が大声でそう言いながら俺へ近づいてくる。

 ああ──もういい!

「もういいやめんどくせえ! 今日からお前が俺の嫁だ!!」

 そう叫んで、隣の女の子の唇を奪った。

 すぐさま、周りからもう一度大きな歓声が上がる。

「いいなー、有栖くん。十六夜ちゃんも」

「アンタもいつかいい人に出会えるさ、純」

「有栖ー、んなこた後でいいからさっさとクレープ食べにいくよー!」

「いーや、夜叉姉、メシが先だ! 有栖ー! メシメシー!!」

「有栖くぅーん。若い男の子の紹介忘れるんじゃないわよー!」

「気ん持ち悪っ! キャラ崩壊してますよ、織姫。……やれやれ。見せつけてくれますね。僕も誰かとデートしよっと」

「ミィ! ミィ!!」

「ちょ、ちょっとちょっと! お待ちになって有栖様!!」

「本当は私の方があの子より強いのに……後で後悔しても遅いんだから」

 こうして、俺の日曜日の挑戦は大成功に終わった。

 ──かに見えた、のだが。 

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