火曜日の浸食
「だーから言ったんだ」
ほうきを片手に、散乱した羽毛を見ながら肩を落とす。俺のベッドには小さな子供の体を型取った大きな穴が開いていた。
「おい! 有栖! メシにしようぜ! メシメシー」
「お前はこの状況でよくそんなことが言えるな」
なんで朝っぱらから部屋の掃除をせにゃならんのだ。
ちなみにうちの両親は共働きで精霊界で仕事をしている。利便性のため、基本的には向こうで生活しているのだ。
「なんだよ。辛気くさい顔すんなよー。こんなの俺の力使って全部燃やしゃいいじゃん」
「家まで燃えるわ!」
やれやれ。だから嫌なんだよ。こいつ。
「燃える家。おー! なんかかっけーじゃん。特撮の映画みたい。やろーぜそれ。ゴミ出す必要もなくなるし」
「俺が今ゴミに出したいのはお前だ」
高位の魔導士なら、掃除だってベッドの修繕だって、杖を一振りすれば片付くのかもしれないが、俺の魔力じゃそうはいかない。というかそもそもジャンルが違う。
「いいか。もう今更お前に大人しくしていろとは言わない。だがこの家の中のものを散らかすのはやめろ。暴れるんだったら外行け外」
「いやー。外行くのはいいんだけどさ。前みたいに戻って来れなくなったらコエーし」
飛び出したら鉄砲の弾ではないが、火の玉小僧の焰は、以前遠くまで遊びに行き過ぎて、火曜日の内に戻って来れなくなったことがある。
幸い、焰の外見は普通の人間の子供に見えるので、警察で保護されてうちまで連れて来られたが、精霊界に戻った後、こっぴどく叱られたようだった。
「いやー。俺が成人してたらあれは終身刑だったね」
「一体お前らの成人は何歳なんだ。大体、精霊が『成人』するって言葉がそもそもおかしいだろ」
人に成るわけじゃあるまい。
「だったらなんて言うんだよ。成精霊? 成霊? 生霊?」
「とっとと精霊界の政令で精励して清麗になれ」
もしくは燃え尽きて灰になれ。
「何言ってんだお前。せいれー、せいれーって。意味わかんねー」
目の前の精霊は
「ってか有栖ー。メシにしようぜ。早くしないとお前、学校遅刻するぞ」
「げっ」
時計を見ると8時10分前になっていた。8時には家を出ないと間に合わない。
「メシ作ってる時間ねーじゃねーか! もう行かないと!」
がしっ。慌てて鞄を抱えて飛び出そうとする肩をしっかりと掴まれる。
「……なあ。有栖。お前、帰ってきた瞬間、家が全焼してもいいんだな」
「いいわけあるか!」
焰の魔法の一つに、俺の全身を炎で包み、身を守るものがある。当然、俺の周りにあるものは燃えてしまう。
食べ物の恨みは恐ろしいとは言うが、一食抜いただけで宿主の家を燃やすんじゃねえ!
「わかったわかった。すぐ作るから待ってろ」
俺は鞄を玄関に放り出して、キッチンに向かった。
「はあっ。はあっ。……セーフ。間に合った」
トーストとハムエッグにインスタントのカップスープ、それに適当に切ったサラダをテーブルに置いて家を出た。8時を5分ほどオーバーしてしまったのでギリギリだった。そもそもどうせ焰はサラダを食べないだろうから、そこまで用意しなくてもよかったのだが、もう十分一人暮らしに慣れてしまったせいか、無意識に用意してしまった。
全く、精霊が朝しっかり食ってんじゃねえよ。
「おはよう。木寺くん」
「あ、ああ。おはよう」
ああ、この声に癒される。そもそも俺は魔導士になるのであれば、人間界の学校に通う必要など本来ない。それでも生真面目に、それこそ皆勤賞が取れるレベルで学校に通っているのは、彼女がいるからに他ならない。
「今日宿題やってきた?」
「あ、うん。まあ普通に。
成績だって別にどうでもいい。だが彼女に目をつけてもらうために以下略。
「私なんて昨日テレビ見ながら寝ちゃったよ。いつもすごいなあ。木寺くんは」
「いやあ、他にやることがないだけで」
月曜日は家事を十六夜がやってくれるので、余計に余裕がある。
今日は家事どころか家を火事にされかけたが。
「でもさあ。ご両親はいつも会社に泊まり込みなんでしょ? 家のことも学校のこともなんでもやってて、すごいなあって。そんけーです」
「いやあ」
今日はいい日だなあ。火曜日が来て欲しくないとかどの口が言ったんだ。帰りにキムチでも買って帰ってやるか。焰は辛いもの好きだし。
「お、だったら餃子もつけろよ。とびっきり辛いのな!」
「なんで!」
お前がここにいる!?
「ん? 何が?」
「いや……あ、その、えーっと……そうだ、なんで稲家は俺なんかにいつも話しかけてくれるのかなって」
嬉しいんだけどね。けど俺はどちらかというと目立たないように生活している──つもりだ。
別に魔導士側には精霊のような規則や決まりはない。自分のことをバラしたければバラしても何の問題もない。
ただ、歴史を顧みるに、魔導士、魔法使いが世の中から奨励されたことはない。
──迫害されたことはあっても。
つまり世の中は予定調和なのだ。安定しているバランスを崩そうとするものは、例えそれが善であれ悪であれ、世の中的には『敵』と見なされる。
よって、俺は自分が魔導士であることは隠して生活している。
ま、単純に、『曜日』魔導士というのがカッコ悪いというのもあるが。
「うーんとね……」
早帆ちゃんは人差し指を口に当て、考えるようなポーズをとる。
絵になるなあ。
「ん、ないしょ」
暫く考えた後、笑顔でそう言った。
くー。可愛い! 可愛すぎるぜ!
「ったく、だらしねえ顔してやがんなお前。そんなんじゃモテねえぞ」
そうだった。お邪魔虫がいたんだった。
頭の中は虫以下のやつだが。
「そっか。あ、じゃあまた後で」
「うん」
そう言って席につき、俺はノートを取り出してその隅に走り書きをする。
(なんでお前がここにいる!?)
「なんでってお前、そりゃ暇だったからに決まってんじゃねーか」
(いいから帰れ! 二度と学校には来るな!!)
「そんなこと言っていいのか? お前今日宿題のノート忘れていったろ。机の上に」
そういえばそうかもしれない。朝はバタバタしていたせいで宿題のことなどすっかり忘れていた。
(悪かった。助かったよ。他の人に見えないようにノートを机の中に入れてくれ。)
「いや、別に俺は持ってきてねーぞ。ただ忘れてるなーってのを確認しただけだ」
(今すぐ帰れ!!!)
なにが「そんなこと言っていいのか?」だ! 今すぐお前の契約解除して周囲のさらし者にして今度こそ終身刑にしてやろうか!
いや、むしろ燃やしてやる。お前の力を使って俺がお前を燃やし尽くしてやる!!
「どうしたの? なんかブツブツ言ってるけど」
いきなり後ろから声がしてビックリする。
「おはよー」
「おはよう。
後ろの席は友達の
1年の時、珍しい名前だったので思わず声をかけてしまった。以来の縁である。
まだまだ1年程度の浅い縁。決して腐ってはいない。
こいつ相手に腐るなどと言うと、別の意味でとられそうで怖い。
「いやー、親はさ、自分の趣味で名前決めるのはいいけど、決められた子供の身にもなってくれって話だよね。自分たちの鏡見ろって」
そう言って笑う永遠は、どう見ても『かっこいい』には程遠かった。トワというより童話が似合いそうなくらい。
まぁ一部の腐った方々からは熱烈な視線を浴びているようではあるが、当人にその自覚はない。
「で、何の話? 燃えるとかどうとかって」
妙な部分だけ聞かれてしまった。
「いや、えーっと、その──そう! アニメだアニメ! 昨日の深夜アニメの話。萌えーってやつだ!」
「へえ。木寺くんもアニメとか見るようになったんだ。……にしても昨日は萌え系は一本もなかったはずだけどな。もしかしてロボット萌えとかそういうタイプ?」
お前はテレビでやってるアニメを全部チェックでもしてるのか。これを平然と言ってのける人間は少なくとも『永遠』ではないな。
「あれ? えーっと一昨日だった……かな」
「だよね! 一昨日のあれ最高だったよね!! 木寺くんはどの子が──」
キーンコーンカーンコーン。
ほっ。チャイムに救われた。が、このまま話題を引っぱられると危険だ。
「キムチがキムチチャーハンになるなら、今から取りに『帰らせて』やらんでもない。さー、どうするよ、宿主」
いたんだったな。お前。
とは言え、これは永遠から──というか永遠の『話題』から逃げる最高の口実であった。
特殊な家庭に生まれてはいるものの、俺は別段裕福というわけではない。無駄に小遣いを使うのは避けたいんだけど──仕方ない。
永遠に見えないように授業の準備をするふりをして、ノートの隅に走り書きをする。
(わかったよ。)
「ひゃっほー! わかってんぜ有栖! んじゃ、ひとっ走り行くか!」
行くのは俺だけどな。言うが早いか、焰は詠唱を始める。
「我が主との
焰の姿が俺の中にすうっと溶けるようにして消える。その直後、自分の中に炎の力を感じる。その力は驚くほど熱く、気分が勝手に
──とは言え、俺はここで魔法を使うわけにはいかない。
「永遠。ちょっとトイレ行って来る。もし先生来たら伝言よろしく」
「あ、うん。了解」
俺はそそくさと教室の後ろのドアから抜け出した。チャイムが鳴ったので、廊下の生徒も全員教室に入ったようである。俺は誰にも見られていないことを確認してから呪文の詠唱をする。
「ヘイスト!」
羽が生えたように体が軽くなる。移動用の魔法を使ったのだ。
本来、人間が魔法を使うには、発動までにかなりの時間を要したり、長ったらしい詠唱を正しく終えなければならないが、曜日魔導士の場合、精霊に憑依された時、その身に宿した精霊と、ほぼ同性能になるため、瞬時に魔法が使えるようになるのである。
「んじゃー、ダッシュで行きますか!」
ちなみに性能はもちろんのこと、性格も憑依した精霊のそれに若干引っぱられる。
俺は、ひゃっほー! とどこぞの馬鹿よろしく叫び出したくなる気分を必死に抑えて、二階の廊下の窓から飛び出した。
「疲れた……」
5分ほどで戻ってきて席につく。ついでに焰を家に縛り付けてきたかったが、帰りもヘイスト状態でなければ到底間に合わないのでしぶしぶそのままの状態で学校へ戻ってきた。幸い、走り出してしまえば人間の目に見える速度ではないので、高速移動を誰かに見られることもなかった。
「トイレで疲れるって……一体何してきたのさ?」
少なくともお前が想像していることとは全然違う。と言いたいところだったが、息切れしているので、返事をするのはやめておいた。授業に集中していることにする。
「んじゃな、有栖。餃子とチャーハン忘れんなよ!」
《餃子は約束した覚えないぞ。》
「んな堅ぇこと言うなって。昨日の敵は今日のおかずって言うだろ?」
間違いにもほどがある。お前にとっては全ての生き物が食糧か、
色々言いたいことはあったが、それよりもこいつと話す方が面倒だったので、
(わかった。)
とだけ返事しておいた。
「ひゃっほー! んじゃま、晩飯まで腹空かすために全力ダッシュしてくんぜ!」
と言って、焰は教室の窓から飛び出して行った。
……あいつそのままいなくなってくんねえかな。そしたら俺もひゃっほー! って双手を挙げて喜んでやるのに。
ともあれ、宿題は無事提出。つつがなく授業は終了する。続けて2時間目の用意をしていると、
「ねね、何かさ、あの廊下にいる女の子、こっち見てない?」
後ろから永遠が声をかけてくる。全くこの自意識過剰が、と言いたいがそうとも言えない。永遠の場合、本当にごく限られた方々には、芸能人やアイドルを超越した、もはや神と言っていいレベルの人気があるため、見物客もたまにはいるのだ。まぁ1年の頃に比べると最近はほとんどなくなったが。
「また腐った方々のお出ましか。俺はニフラム使えないんだよ」
今日はよくて炎で焼き尽すくらい。本当に腐っている方々には炎は有効だが、あのテの腐った方々の導火線に火をつけるととんでもないことになりそうで怖い。しかもモタモタしてるとやつらの
ちなみに俺はまだ日曜日の契約精霊を見つけられていない。まあ太陽属性の日曜日の精霊でもさすがにニフラム使いはいないと思うが。そう言えば以前「ニフラム 由来」でググってみたら、ニ◯ティフォーラムというのが出て来た。いやいや、どう考えても本家の方が先だろう、時系列的に。最近は発展系でニフラーヤとかいうのもあるらしい。こっちの方が昇天させられそうな語感ではあるが、
何の話だっけ。そうだ、精霊の話。というかもう、見つけないでいいとも思っている。精霊達がこっちにいる日は安息がないので、せめて日曜日くらいは世間様よろしく、ゆっくりと休日を満喫したいのである。
「でもさ、なんだか僕の方じゃなくて木寺くんの方見てる気がするよ?」
「んな馬鹿な」
だとしたらよっぽどのマニアっぷりである。目立たない、顔がいいわけでも運動や勉強が特別出来るわけでもない、取り立てて特徴のないこの俺目当てにわざわざ他クラスからご足労だなんて。まだ腐った方々の方がまともな
そう思いつつ、廊下に目をやる。と、
「あ──」
目が合った。どうやらマニアは存在したらしい。いやいや、そう考えるのは早計というものだ。永遠との抱き合わせで嗜好対象にされている可能性がある。俺は性癖もいたって普通なので、永遠と抱き合うのはご勘弁願いたい。
でもよくよく見るとそうではない気がする。
彼女には特有の空気──オーラと言い換えてもいいが、そういったものを
どちらかというと、グラウンドでグラブを構えてオーライをやっていそうだ。
黒髪で短髪。かつ肌の色も髪の色に負けじと黒い。実に健康的でよろしい。
くだらない駄洒落を思いついた時点で、俺の精神はかなり健康状態が悪いことを露見してしまった気がするが、それはそれとして。
「ま、理由がわからん内は放置に限る」
「そういうものかな。僕もまあ……あんまり得意じゃないけど」
童顔にしてフェミニスト。その割に初対面の女性の前だと、ほぼ100%キョドる永遠である。そこまで小心者でなければ、今頃モテ男として名を馳せたであろう。
お前の嗜好を熱く語ってやれば、そんな壁はすぐ取っ払われるだろうに。ただ、果たして取っ払われた壁の向こう側に何人残ってくれるかわかったものではないが。
「どうせ見られるなら早帆ちゃんがいいなぁ」
「よ、よくそういうの堂々と言えるね」
稲家早帆。我がクラス──というか俺にとっては人生のアイドルである。
古くはマドンナ。
最近のマドンナを見てもなるほど、代名詞になったのがよくわかる。いくら歳をとっても、その
とは言え、俺も本人の前でそんなことを呟く勇気はない。ちゃんと確認しているさ。早帆ちゃんは今友達と仲良く談笑中。
「当たり前だ。俺の学校に来ている意義の約12割がそれだからな」
「もはやそれは割っていう言葉を使うのもおかしいよ」
割の反対。12掛けか。いや、本来の意味では全く反対にはなっていないけど。
ただ、そっちなら120掛けでも全然間違っちゃいない。
「それなら早く告白とかすればいいじゃん」
「負けるとわかっていて戦うほど俺は馬鹿じゃないの」
どれだけの数の男があのアイドルの前に散って行ったことか。いや、噂になっているだけで本当は何人かなんて知らないけどさ。同じクラスのよしみで話しかけてもらえるだけでももうけもんである。
「ま、その内な、その内」
と言ってチャイムに
なんだったんだ一体。
「あ……あの」
理由はその日の内に判明した。
「ん?」
下駄箱で靴を履き替えている最中に声をかけられる。ちょうど立ち位置的に逆光になっていたのでよく顔が見えなかったが、靴を
「木寺くん……ですわよね」
「そうだけど?」
知らない女の子に名指しで呼ばれるいわれはないのだが。うーん。俺何かしたっけ?
「……その…………」
随分言いにくそうにモゾモゾしている。敢えてモジモジと表現しないところが、この子に対する俺の好感度を表していると言えよう。
健康的な女の子は嫌いではないが、俺が好きなのはもっとこう、女の子女の子した、わかりやすい女の子である。
「何か用かな?」
出来るだけファジーな聞き方を心がける。永遠のようにフェミニストなわけではないが《どちらかというと女の子と話すのは苦手》、俺だって女の子に嫌われるのはごめんだ。
「あの……見間違いだったらそう仰って下さい。今朝、二階の廊下の窓から飛び降りませんでしたか?」
「……」
「しかも超高速で」
しまった。見られていた。というかヘイスト状態の俺を肉眼で見られるわけないとタカをくくっていたのがまずかった。スポーツをする人には動体視力が優れた人も多い。いや、彼女がスポーツをしているのかどうかは知らないけど。
「いや? そんなことしてたら怪我してるでしょ。見間違いじゃない?」
取りあえずサラッとごまかす方向で返事をする。
「視力……2.0なのですけれど」
意外にも食い下がられた。見間違いだったらそう言えって言ったじゃないか。まあ見間違いじゃないんだけどさ。
「うーん……じゃああれだ、ほら、
「私、そこまでぼーっとしておりません」
何気に頑固だな、この
いい加減、無視して走り去ってやろうかと思ったが、女子に対して冷たい態度を取ったという風評が明日から俺の周りを取り巻くのはごめんだ。
早帆ちゃんの耳に入ろうもんなら、俺の人生が明日で終了してしまいかねない。
「──では趣向を変えますわ」
これで終わりじゃないのか。いい加減少しうんざりしてきた。もうすんなり解放してくれないかな。
と思った瞬間。
「うわっ!!」
健康優良児の横に、突如として獣が現れた!
そう低い方ではない俺の身長の楽々2倍はありそうだ。幅や奥行きはもっとある。
「……ケルベロス!」
「!!! やはり、見えるのですね!」
しまった! と思ったがもう遅い。最初に反応してしまった時点でバレバレである。
というか
てっきり前衛タイプに見えた。攻撃力高そうだもん。髪短いし、手足長いし。
「やはり……あなたが……」
「うん、魔導士だ。……キミも、だね」
曜日、とは言わない。カッコ悪いのもあるが、相手の素性がわからない以上、こっちの手の内も明かしたくない。
「私を捕まえに来たのですね」
「……? 何の話?」
何か捕まるようなことをしたのだろうか、この子。いやまあケルベロス込みでその姿を見られたとしたら、精霊界の法では色々と引っかかりそうではある。
あ、でもケルベロスは冥界か。冥界の
この世界には人間界の他に先ほどから度々話に出ている精霊界、今出て来た冥界、その他、話に聞いているだけで行ったことはないが天界や魔界が存在するらしい。それらは時間軸としては全て同期しているパラレルワールドのような世界で、魔導士は杖や指などを使って魔方陣を描くことでゲートを作成し、その世界間を行き来出来る。
「仕方ありません……ここで死んで頂きます!」
「いや、ちょ、お前人の話聞いてる!?」
ちょっと待て! 人間界への干渉は──ってそっか、こいつらには関係ないか。
なんてったって冥界の番人だもんなー。でっかいしなー。
「ってそんな
ケルベロスの爪を避けながら誰もツッコんでくれないので自分でツッコむ。うーむ。実は俺、寂しいやつなのかもしれないな。別に理解して欲しいとは思わないけど。
そう言えば永遠にご執心の方々の中に、「あなたのことは何でもわかっているのよ……」とエセ占い師ばりのオーラを纏ってボソボソ呟いている
はっきり言って気持ち悪い子さんである。
小学校の先生に教えて頂いた、思いやりを持ちなさい、という言葉は、思いやりすぎて思い込まれ過ぎると気持ち悪いということをその時初めて知った。何事もほどほどが肝心。
ケルベロスの爪によって、
──生きてたらな。
「くそっ、ちょこまかと」
「どうでもいいけどお前、この
追われてんじゃねえのか。派手にやらかしてどうすんだ。
「ココアハドコ? ワガシハドコ? ……でごまかしますわ!」
「随分組み合わせの悪い
見た目に反して相当ネジの緩んだ女子だった。しかも何で甘い食べ物に甘い飲み物を重ねるんだよ。しっかり女子しやがって。
……その『女子らしさ』は嫌いじゃないがね。出来れば隣の猛獣を引っ込めてもらって語らいたいもんだぜ。
とりあえず校舎の玄関から飛び出して校門前の広い空間に出る。が、逆に言えば人目につく可能性も増えるわけで、モタモタしてられない。建物が倒壊とかしているわけじゃないからまだ気づかれてはいないが、現に遠くからこちらに目を向けている生徒も何人かいる。さっきのこの子の発言からして、ケルベロスの姿が一般人には見えないのが唯一の救いだ。
「出番だぜ。火の玉小僧」
俺は右手で空中に円を描きながら、詠唱を始める。円の内側に魔法陣の模様が現れる。
「我、
精霊を呼び出すためのゲートを開く。俺は二種類のゲートを使い分けている。一つ目は人間界と精霊界を繋ぐゲート。精霊界側のゲート出現位置は俺がイメージした位置なので、いつも大体同じ位置に出現させている。
そして二つ目は自分の使役精霊を呼び寄せるためのゲートで、人間界to人間界。精霊界に通じているわけではない。そのゲートから、武道家の格好をした金髪の火の玉小僧が姿を見せる。
「チャーハン出来たのか!?」
呼ばれて飛び出た火の玉小僧は、いつもの通り空気を全く読まず、いや、むしろ空気を燃やし尽くすが如く、俺に落胆という名の息苦しさを感じさせた。
「今は調理的な意味ではなく戦闘的な意味での火事場だ。力を貸せ」
「なーんだよ。──ってえ! でけえ!! なんだあの犬っころ!」
冥界の番人を犬っころ呼ばわりするんじゃない。竜っぽい尾とか蛇っぽい
「強そうだなー。オイラ、わくわくしてきたぞ」
「『イ』を抜いたら確実にアウトだからな。それ」
いや、現状でもアウトな気がする。この辺りの線引きは非常に難しい。あまり考え過ぎると日本語が使えなくなるからな。素直にオマージュやリスペクトと言ってしまおう。
「何ぼーっとしてんだ。行くぞ! 有栖!」
「お前待ちだっつーの」
この長話の間、よくケルベロスが待って──くれるわけもなく、俺達は相手の攻撃を避けながらの会話だった。現実は理想にはほど遠い。カラータイマーはきっちり3分。CMを挟んだりして延長しないのだ。
「我が主との盟約に従い、その手に炎を。集い来れ! 敵を貫け!」
焰がそう詠唱して俺の身体に憑依する。
俺の四肢のみが炎に包まれた。
「あー、有栖。先に言っとくけど、気をつけろよ、それ」
脳内で声がする。自分の体を
「見てわかる通り、その炎、手足しかカバーしねえからな。しかも完全に攻撃特化だ。一撃でもあの爪食らったら、お前死ぬぜ」
「やられる前にやれってか」
そうでもしなければ、冥界の番人にはひるむほどのダメージすら与えられないのだと焰は言う。
「心配するな。俺は魔導士。防御力は紙に等しい。避けるのには慣れてるさ」
ラスボスまでみかわしの服着てたしな。奇跡的な回避が起きることを信じて。アクセサリーはエルフのマントに限る。
「ヘイスト!」
とりあえず速度をトップギアまで上げる。これでぐっと楽に攻撃が躱せるようになった。後はこちらの攻撃を当てるだけなのだが。
「きましたわね。超高速」
ぶんぶん振り回される爪が制服をかすめる。
3つの首での噛み付きをすんでのところで
ワンミス=即死の緊張感が加速する。
だが不思議と俺はこの昂揚を楽しんでもいた。
「ケルベロス! ブレスよ!」
ケルベロスは確か、体内にトリカブトと同種の毒を保持している。ブレスなど吐かれたらたまったもんじゃない。
しかし、やつはブレスを吐くために大きく息を吸い込んでいる。今がチャンスだ!
「いくぜ! はあああああ!」
両手を前に突き出し、体全体を一本の炎の槍と化す。
「インフェルノ!!」
超スピードで体ごとケルベロスの首元に直撃する。ケルベロスの体から鈍い音とダメージの感触が伝わる。
「手応えあったぜ」
体を貫きこそしなかったものの、うめき声と共に、その場にケルベロスが崩れ落ちる。その様子を見た彼女も、その場にへたり込んだ。
「そんな……私のケルベロスが……」
「相手が悪かったな」
まさか曜日魔導士だとは思うまいて。彼を知り己を知ればなんとやら。10回やったら9回はこっちが負けるだろうが、1回目だけはこっちが有利だ。曜日魔導士というのは長ったらしい詠唱が必要な召還魔導士に比べて、精霊を憑依させる詠唱も極端に短い分、知られていなければ、次々と連続で魔法が使えて有利なのである。
加えて、そもそも召還系の魔導士は契約する精霊によって能力がてんで違うから、型にはめられない。
戦ってみないとわからないのである。まぁそれはお互い様ではあるのだが。
「はあ──わかりました」
「いや、だからさ、お前ちゃんと人の話を──」
「あなたの元にお嫁に参ります」
「……はい?」
お米? お褒め? 今なんつった?
「もう、せっかく学校生活でいい人を見つけようと思ったのに。……まあでも、ケルベロスに勝つくらいの人だもの。きっとエリートになって稼いで私に楽させてくれますわよね」
「いや……あの、もしもーし?」
妄想のレベルが度を超えている。
気持ち悪い子さんはここにいた!
「なんです? あ・な・た」
人差し指で顔の縁を撫でられた。全身が
「い──」
「い?」
「いやだああああああああああああああ!!!!!」
俺は超高速で逃げ出した!
「ああん、もう。照れ屋さんねえ」
「おい! 有栖! キムチチャーハンと餃子! それにさっきの手伝い賃で
そう言って焰が憑依を解除する。
「うわあああああああああ!!!!!!」
だが俺はそれどころじゃなかった。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。ヤンデレってやつだ。いや、最近はメンヘラとか言うのか。
えーい、なんでもいい! とにかく逃げる!
えーっと、警察は117だったっけ? それとも119?
こうして俺の火曜日は、火の玉小僧の馬鹿精霊とちょっぴり思い込みの激しい女子高生に浸食されていくのだった。
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