月曜日の憂鬱1

矢島好喜

プロローグ

「……とりあえず、ついて来るのをやめようか」

「へ? なんで?」

「なんでもくそもあるか!」

 学校に向かって歩く俺の後ろを、月の形をした髪飾りをつけた女の子がついて来る。

「あのな、いくらお前の姿が他の人に見えないからって、俺は人から見えるんだよ! 今俺全開バリバリで独り言を叫んでる変な男子高校生なの!」

「だったらいいじゃん」

「よくねえ! 何を根拠に……」

「だって有栖ありすは元々変な男子高校生じゃん。男の子のくせに女の子みたいな名前してるんだし」

 名前のことは言うな!

 売り言葉に買い言葉だとしても軽く凹む。

「あっはは。図星ー」

「うるせえ! とにかくだ、こっからは人とすれ違う恐れもあるから、何言われても無視するからな!」

 周りをちょろちょろされるのは気になるが仕方ない。こいつと喋っているところを人に見られてしまったらそれこそ大変だ。

「あっ! 風で女子のスカートが!」

「なんだと!」

 短距離走選手もビックリの超スピードで後ろを振り向く。

 が、振り向いた後ろには確かに女子の2人組が歩いていたものの、スカートがめくれ上がったりなんておいしい展開にはなっていない。

「有栖のすけべー」

「てめえ……」

 わかってはいても振り向いてしまう。男子高校生の悲しい性だった。

「まあこれくらいにしといてあげよーか。宿主いじめ過ぎてゲート閉じられても困るしね」

 んなこたしねーよ。と言いたかったが、周りに同じく登校中の学生が増えてきたので言葉には出さない。

「んじゃあ有栖。私はちょっとその辺ぶらぶらしてくるから、また夜にねー」

 俺は不自然にならない程度に片手を上げて見送った。

 どうでもいいけど、あいついつからうちの学校指定の制服着てんだ。そもそも精霊界にそんなものはないはず。一体どうやって手に入れたんだ。

 と本当にどうでもいいことを考えながら俺は学校に向かって歩いて行った。


 俺の名前は木寺有栖きてらありす。ごく普通の男子高校生は、ごく普通の生活をし、ごく普通に学校に通っていました。でも、ただひとつ違っていたのは──そう、実は俺、魔導士だったのです!

 ……が。

 一口に魔導士と言っても色々ありまして。黒魔導士、白魔導士。最近のゲームじゃ赤魔導士やら青魔導士やらカッコいい魔導士が増えてきているというのに。

「曜日魔導士ってなんじゃゴルァーーーーーーーー!!!!」

「仕方ないじゃん、その家系に生まれたんだから。あ、有栖おしょーゆとって」

「はいよ。……って違うだろ! お前ら人間界に馴染み過ぎなんだよ! もっと精霊なら精霊らしくしろよ!」

「らしく?」

「もっとこう……なんだ、すごい魔法を使うとか」

 某ゲームみたいにド迫力の3D演出をしろとは言わない。だがせめて俺のやる気を起こさせるくらいの演出を見せてくれ。

「してるじゃん。たまに」

「お前に憑依ひょういしてもらったことが未だかつてないんだが」

 うちでくつろいでいるところしか見た事がない。

「いやー、私の場合属性が『月』だからね。9月にはちゃーんと働くよ!」

「去年の中秋ちゅうしゅうの名月に団子食ってくつろいでたのはどこのどいつだ」

「しっつれいなー。私だってちゃんと仕事してるよ! ちゃんとクレーター見えたでしょ!」

「あれお前が掘ってたのか!?」

 なんという無駄な労力を。

「毎年毎年、人間は無責任に期待するんだからさー。大変なんだよ。うさぎに見えそうで見えないこの微妙なラインが」

「なんかすいません」

 ってなんで俺が謝らんといかんのだ。大体、普通に考えて十六夜いざよいにそんなことが出来るわけがない。そもそも彼女らは、俺達魔導士を通じる以外で人間界に関与することを固く禁じられているのだから。

 というか十六夜はまだいい。何もしないでぐーたらしているが、これと言って面倒を起こすわけでもないからである。問題は──。

「明日水曜日にならねーかな」

「ほむちんそんなに嫌い?」

 嫌いとまでは言わないが。

「あいつうるさいんだよ。毎回毎回ギャーギャーわめいて走り回って。一人でやってる分には関係ないからいいけど、俺を巻き込まんで欲しい」

 火曜日はほむら。その名の通り、火の玉小僧である。

「ほむちんはまだ250歳くらいだからねー。遊びたい盛りなんだよ」

「人間だったらとっくに天寿を全うしてるがな」

 精霊の寿命は長い。人間に換算したらどうなるのか一切検討がつかない。

「そもそも人間みたいに肉体がないからねー。寿命なんてものはないのさ。私たちが消えるのは人間に忘れられた時」

 記憶の中でしか生きられないんだよ。と十六夜は言う。

 そもそも精霊、および精霊界が存在するのは、端的に言うと、人間がそれを『想像している』からである。

 少し説明が乱暴過ぎるか。もう少し補足しておこう。

 実現したい想いがあるとする。

 例えば『お茶が飲みたい』と願ったとする。

 そうしたら人は、ヤカンに水を入れ、火をつけ、お湯を沸かし、お茶っ葉を急須に入れてお湯を入れ、急須から湯のみに注いで、その湯のみを口につける。

 そこには『法則と手順』が存在し、人は科学的な法則に従って手順を実行している。

 魔法や精霊についてもそれは同じで、科学とは異なる『法則と手順』が存在する。俺たちはそれを実行しているに過ぎない。

 精霊の具現化に必要な手順は、『人間が精霊の具体的なイメージを持って想像する』こと。もちろん、それだけでは、精霊界に精霊が出現するだけで、想像した人間がその精霊に会うことは出来ない。会うには別の手順が存在する──ま、ここから先は長くなるんで別の機会にしておこう。

 それだけでいいなら精霊なんて膨大な数が生み出されてしまうじゃないか、と思うだろうが、実際のところ、人間が普通に生活していて、精霊なんてものを想像する機会は思いの外少ない。例え想像してもそのほとんどはテレビゲームやフィクションの影響からくる既存のものであり、新規の精霊を想像する人間は少ないのだ。

「で、うちの家系を含め、魔導士の人間がその記憶を代々受け継いでいる、と。実際お前今何歳なんだよ」

「……さいってー」

 ものすごいさげすんだ目で見られた。

「女の子の歳聞くなんて! それでも人間なの!? だからモテないんだよ。変態男子高校生」

「二言余計だ! ……大体、恥ずかしがるようなことねーだろ。そもそも基準がわかんねーんだから」

 30歳、とか言われるとリアルに想像出来てしまうのでアレだが、1000歳、とか言われると、逆にもうなんかあがめたくなってしまう。

「十六夜。二十歳です。ぽっ」

「……さて、晩飯食い終わったし。宿題するかー」

「またんかい」

 後ろから首根っこを掴まれた。

「あのね、乙女の純情を無視しないでくださいます?」

「お米の苦情がなんだって?」

「いつも有栖の炊くご飯は水気が多いのよ! もっと水を少なめに……ってちゃうわー!!」

 どこの世界にノリツッコミする精霊がいるんだよ。全く。

「全くもう。精霊なめてるとその内痛い目見るんだからね」

「大丈夫。もう十分色んな意味で痛い目にはあってる」

 精霊は普段魔力で自分の姿を消している。宿主である俺にはその姿は見えるのだが、そのせいで、ややもすると人前で独り言を喋り出す男子高校生になってしまうことが何度かあった。

 ……いや、違うな。そんな思い出話よりここまでの会話が既に相当痛い。

 時計の針が10時を指す。

「やっべ。さっさと宿題終わらせて寝ないとあいつが出て来る」

「まあ……夜にほむちん出て来たら大変だよね……」

 俺は精霊を召喚する際、魔力で作った魔方陣型のゲートを描く。作ったゲートは詠唱する呪文によって、それぞれの精霊の眼前に現れる。それをくぐり抜けることで精霊は人間界へ出て来ることが出来るのだ。

 宿主である俺が眠っている間は、自宅に据え置きのものも含め、精霊界とのゲートが閉じてしまうので、こいつらは人間界と精霊界の行き来が出来なくなる。

「十六夜も早めに戻っとけよ。俺が早く寝ちゃったら戻れなくなるぞ」

「別にいーよ。その時はこっちで寝るから」

 こいつら曜日の精霊達は、自分に合った曜日のみ、宿主に憑依することで宿主がその属性に即した魔法を使えるようになる。自分の曜日以外に人間界にいた場合、その魔力は著しく低下するという。

 いや、むしろ自分に合った曜日でも何もしないやつが多いが……。

 また、こいつらは魔力によって姿を消しているので、魔力が低下すると魔導士以外の一般人にも姿が見えるようになってしまう。魔導士以外の人間に見られた精霊は、人間界のバランスを崩したということで精霊界の王様である精霊王から、恐ろしい罰を受けるそうな。

「一緒に寝る?」

「寝るか!」

 見た目がいくら可愛くても精霊は精霊。俺はこいつらの恐ろしさを身を以て知っている。

「きゃははは。照れちゃって。かーわいー」

「うっせえ! ──とりあえず、部屋に戻るから」

「うん。じゃ、食器洗ったら向こうに戻るよー」

 部屋に向かうため階段を上がる。

「有栖」

「ん?」

「おやすみ」

「……おやすみ」

 見た目は……可愛いんだけどな。もう少しくらいなら今日が続いてもいいか、と思いながら、俺は階段を上がっていった。 

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