水曜日の聖甘苦祭《バレンタインデー》2018
「おきなさい。おきなさい。わたしのかわいい……いえ、可愛げのない息子、アリスや……」
「誰が可愛げのない息子だ!」
「なんだ、起きてたんじゃないの。ほら、さっさと支度しなさい。今日は王様に会いに行くんでしょう?」
「はいはい」
毎度のごとく説明なしで進めるんじゃねぇ。
はいどーも。
さてさて、今回はちょっと番外編ってことで、とあるファンタジー世界に迷い込んでるってことにしておいてくれ。諸君のファジーな解釈に期待する!
あ、ちなみにヒロインズは今回ほぼ出てこないんで、期待してる人はここで本を閉じて作者に文句を言ってくれ。
「ってか、行くんでしょう? じゃないよ。母さんが勝手に決めてきたんじゃないか。王様と昔話で盛り上がって!」
「まぁ……そうとも言えるわね」
そうとしか言わん。
自分の部屋で、口うるさい母親に起こされた俺は、うーんと一つ伸びをしてから、ベッドのスプリングを利用して飛び上がるように跳ね起きた。
「あなたが悪いのよ。いくら言っても勉強なんてちっともしないし、かといって、真面目に働くでもない。腕っぷしは大人の人に負けないくらい強くて、ヒマが出来れば街の周辺のモンスターを退治しにいく。そんな息子にこれ以上の適職があると思う?」
「……そう言われると……言い返しようがないな」
仕方ないだろ。小さな頃から、勇者の息子として育てられてきた俺は、モンスターと戦うことで、全てを免除されて生きてきたんだから。
学校にも行かなくていいし、テストも受けなくていい。
ここだけ聞けばサイコー! って思う人もいるかもしれないが、学校に行かないってことは、当然同年代の友だちも出来ない。恋人も出来ない。そうだ! 俺に友だちが出来ないのは性格のせいじゃなくて環境が以下略。
「ま、ともかく、そんなあんたに魔王討伐っていう最適な職業を
「うん。正直、心配かけて悪いな、とかありがとうって気持ちもないではないけど、絶対酒の席の悪ノリで決まったと思うと素直に受け入れられないんだ」
母さんは勇者である父さんと、元魔法使いである王様と一緒に、武道家として過去に魔王を封印したことがある冒険家である。
二十余年が過ぎ、勇者たちが
幸いにも軽傷で済んだにもかかわらず、魔王怖い! 外怖い! 人ごみ怖い! などと引きこもりばりのセリフを叫びだし、本当に自室に引きこもってしまった。
結果、ピンチヒッターとして息子の俺が魔王討伐に
よし。
軽装ではあるが、鋼の肩当て、胸当て、籠手、レガースを身につける。肩当て、胸当ては父親のものだ。
全身を
剣も父親のものを
「ああ、違うわよ。それはね。まず魔王城に入る前に軽いけど威力がない剣を装備して、魔王城にお守りを外して入るの。そして、重いけど威力はある剣に装備を変えて、そのまま外に出れば……」
「おっと、第二王子の悪口はそこまでだ」
もっと筋力を鍛えろ。即死呪文に頼ってるからそうなるんだ。妹と世界中を鬼ごっこしてる場合じゃないぞ。
俺は剣を腰に据え、鏡を見ながら髪型を整える。
「デートじゃないんだから。整えたって、すぐぐちゃぐちゃになっちゃうでしょうに」
「いーんだよ。こういうのは気持ちの問題で」
そう。先程からふざけた会話しかしていない母と子ではあるが、俺はこれから魔王を倒しに行かないといけないのだ。
これから
準備は入念にした方がいい。おっと、左の髪の毛がハネたままだな。えっと、クシはどこだったっけな……。
「ねぇ、有栖」
「なんだよ」
「そろそろ出て行っていいわよ。視聴者も全く動かない画面に飽きてきたところだから」
「まさかの全世界放映!?」
なんにしても毎日投稿はすごいよなー。撮影して編集して投稿してを毎日毎日……。ある意味一番ブラックな職業なんじゃなかろうか。
「もしかして」
「……な、なんだよ」
「……怖いの?」
ハッハッハ。一体何を言っているんだろうな、この母親は。怖いだって? 俺が? 魔王を? 怖がってる?
「ば、ばかなこというなよ。そんなことあるわけないだろ」
「動揺しすぎて全部ひらがなになってるわよ」
「場、場可名子都位宇名世」
「まったく」
いやいや、ないわ。それはないわ。
ひざの震えとか全くないし。震えてるように見えるのはあれだ。武者震いってやつだし。父親のお下がりの胸当てをつけた時に血なんか目に入ってないし。何も見てないし。
「そ、そーいえばさ」
「……なぁに?」
「とある東の島国には
「ふーん…………で?」
「ま、まぁ聞いてよ。三百年くらい前からその日の運勢を知る……占いみたいなもんとして、使ってたらしいんだけど、一度、根拠のない迷信だからって廃止にしたらしいんだ。けど、人々の間ではずっと信じられてきたことから、現代でも
「ふむふむ…………だから?」
「母さん」
「だから何?」
俺はおもむろに壁にかかった日めくりカレンダーを指差した。
「今日のカレンダーを見なよ。『仏滅』じゃないか!」
「……」
「残念だ。ひじょーに残念だ! 俺は今すぐにでも魔王を倒しに行きたいのに。今日が仏滅でさえなければ、今すぐにでも飛び出して魔王を倒してくるのに!!」
「…………」
「……な、なんだよ」
「……やっぱりあなたはお父さんの子ね」
母さんはため息を一つつき、俺に背を向けて部屋から出て行こうとする。
「あ、ちょっと待て母さん! 今俺がビビったと思っただろ!? 違うから! 全然ビビってないから! 今日が仏滅なだけだから!!」
「はいはい。わかったわ。じゃ、明日にしましょう。明日は『大安』だしね」
そう言って、母さんは戻ってきて日めくりカレンダーを一枚めくる。次の日のカレンダーには確かに『大安』と赤い字で書いてあった。
「いや、しかし今日を逃すともう王様は会ってくれないんじゃないだろうか。王様に会わないと酒場の利用許可が出ないらしいし、酒場の利用が出来ないと仲間を探せないし、仲間がいないと商人の町の建設が出来なくなって、イエロー◯ーブが手に入らないから、裏技なしだと魔王に会うことすら出来なくなって……」
「こーんにーちわー!」
「あら、十六夜ちゃん、いらっしゃい」
いきなり戸を開けて入ってきたのは、幼馴染の金髪のゆるふわお隣さんである。しかしこのテの建物ってドア入った瞬間部屋になってるよな。いくら西洋建築だからって玄関はあるだろうに。
「な、何の用だ? 俺はこれから魔王討伐に……いくような……いかないような……」
「はい、バレンタインのチョコレート」
「え? あ、そっか。おう……さんきゅ」
十六夜が後ろに隠していた両手を前に出すと、ピンクのリボンで綺麗にラッピングされた白い箱を持っていた。俺はちょっと気恥ずかしくなって左手で頭を掻いたが、落とさないように気をつけてその箱を受け取る。
「お手紙も入れておいたから、ちゃーんと読んでね」
「なんだよ。言いたいことあるなら今言えよ」
「かーっ。ぼっちエキスパートの男子はこれだから」
「んな不名誉な称号を獲得した覚えはない!」
大体なんだ。ぼっちエキスパートって。俺は友だちがいない、イコール自分がぼっちなだけであって、別にぼっちの専門家ってわけじゃねぇぞ。
「自覚がないのが致命的なんだよねぇ……。ともかく! 文字でなきゃ伝われない想いってモノがあるのでぃすよ!!」
「想い……ねぇ……」
俺はせっかくの綺麗な箱を傷つけないようにゆっくりとリボンを解き、中に入っていた手紙を開いた。
「こ、これは……!!」
——1年後
「勇者様だ! 魔王を倒した勇者様が戻って来られた!!」
「まさか親子二代に渡って魔王を完全に討伐するとは……信じられん」
「勇者さまー! こっち向いてー!!」
結局王様に会えなかった俺は、誰一人仲間にすることなく、コツコツとレベルを上げて、ついにソロプレイで魔王を倒したのだった。
……だが、まだだ! 俺の戦いはまだ終わっちゃいない!!
「出かける前はあんなに嫌がってたのに。一体何があったのやら。あら、十六夜ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、ママさん。有栖、やっと帰ってきたね」
「そうなのよ。今回は魔王も完全に倒したってことだし、久しぶりに家族水入らずでゆっくり過ごせるわね」
「あ、えーっと……それはちょっと……難しいかも」
「どうして? って、あら、その手紙……確か去年の……」
「そそ。これ見て」
「なになに? ……『魔王討伐後、神の元にいけば、次の三つの内、一つの願いを叶えよう。(一)父親のひきこもり脱却(二)友だちが一人出来る(三)ここではとても言えないようなステキな本(袋とじつき)をGET!』」
「……(三)ね」
「でしょーね……」
さぁ、さっさと王様に会って神の元へ出かけよう。俺たち……じゃなかった。俺の冒険はこれからだ!!
月曜日の憂鬱2.14 矢島好喜 @kaito_blackcat
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