月曜日の憂鬱2.14

矢島好喜

日曜日の聖甘苦祭《バレンタインデー》2016

 ……ありす ……ありす!

「……ん。んー……十六夜か。……ナニ?」

「わたしは旅に出ねばならん。そこでだ。これをあずかって……おい、ありす! 寝るな!!」

「何だよ……眠いよ」

「よく聞け! これは誰にも渡してはいかんぞ、いいな?」

 秘宝 精霊のチョコレートを手に入れた!

「またどっか行っちゃうの?」

「ああ。こだまんを頼むぞ」

「ウン……早く帰ってきて」

「……わかった。元気でいろよ」

「なんで俺の精霊たちっていつも窓から出てくんだろう? これ、なんだろう……って朝っぱらから何やらせてんだ!」

 何が『秘宝』だバカたれ。いい加減偉い人に怒られてしまえ。

「おはよ。はい、チョコレート」

「ああ、そういや今日2月14日だったっけ」

 実は知ってたけど。超意識してたけど。

「でも今日日曜だろ。日曜くらいゆっくり寝かせてくれよ」

「だーめ! 今日はデートするの!!」

 もう……うっせぇなぁ。今日は外に出たくない『理由』があるんだよ。

 どーもどーも、木寺きてら有栖ありすです。ここんとこ寒い日が続いてるけど、体調崩してないか? 俺のオススメはホットのはちみつジンジャーだぜ。

 俺はれっきとした人間なんだけど、曜日魔導士っていう特殊な家系に生まれたが故に、ちょっと普通の人には見えないものが見えたり、襲われたり、戦ったりしながら高校生活を謳歌しているわけだ。

 曜日魔導士というのは、月、火、水、木、金、土、日、それぞれにあった曜日の精霊と契約し、その精霊を自分の体に憑依させることで魔法が使えるようになるという、召喚系の魔導士だ。

 そして、今寝起きの俺の前にいるのが月曜日の精霊、十六夜いざよい。金髪のゆるふわパーマで可愛い(?)女の子の容姿をしており、俺との契約の証である銀色の月の髪飾りをつけている、ぺったんこお姉さんである。

「ぺったんこ言うなし!!」

「いてっ!! チョップすんな!」

 というわけで今日は2月14日、日曜日。普段は思い出すだけで憂鬱になる俺の生活も、日曜日だけは平穏だ。俺の日曜日の精霊は精霊王アレクラストという、精霊界での最高権力者のため、そうそう人間界に降りてくることはないし、他の精霊たちも、自分の曜日以外でこちらに来ることはほとんどないので(十六夜は例外。うちの家事をしてくれているので)この日だけは心と体をゆっくり休めることができるのである。

「むぅー。せっかくの日曜日なんだからおでかけしようよー」

「お前な……大体、お前ら精霊は本来自分の曜日以外は出歩いちゃいけねーんだろうが。何普通に人前に出ようとしてんだよ」

 それぞれの曜日の精霊は、俺との契約により『制約』をつけられているため、自分の曜日以外はその魔力が10分の1以下に抑えられる。つまり、自分の曜日であれば、その魔力で自分の姿を消し、存在を周りの人達に悟られないようにはできるが、それ以外は人間界でその姿をさらしてしまうことになり、精霊界の規約違反で罰則が課せられるのである。

「魔法なんて使わないからだいじょぶだよ!」

「……ともかく、俺は今日はゆっくりしたいの。はい、だからこの話はこれでおしまい」

「えー。有栖のけちー」

 なんとでも言え。今日は俺は絶対外には出ないぞ!


——1年前


「髪よし! 服よし! 靴も新調したし、香水もふった! これで完璧だな」

「あれ? 有栖今日土曜日なのになんで学校に行くの?」

「ふっふっふ。愚問だな、十六夜。今日が何日か知らないのか?」

「2月……14日?」

「ああ、そうだ! 俺が高校に入って初めてのバレンタインデーだ!」

「はぁ、それで?」

「だーかーら、ほら、下駄箱にチョコレートが入ってたり、机の中にこっそり忍ばせてあったりだな」

「……学校お休みなのにわざわざそんなことしないと思うけど」

「ちっちっち。乙女心をわかってないなぁ、誰かさんは。いかん! こうしている間にも俺のことを待ってくれている女子が! じゃ、行ってくるぜ!!」

「……はぁ、いってらっしゃい——おろちんが憑依するだけで、ここまで変わるんだね……」



 ってなことがあったわけで。……個数? キクナ!

 俺は失敗したままじゃ終わらない。去年の恥は今年取り返す!

 そう! 『外出する』からいけないんだ。

 外にさえ出なければ人には出会わない。そうさ、会わなきゃチョコレートなんて渡しようがないじゃないか。

 俺は『外に出なかったから』チョコレートがもらえなかった。そりゃもう、外に出てたらあちこちから呼び止められチョコレートをだな……。

「現実って……残酷だよね」

「うちのゆるふわお姉さんが悟りを開いたような目で俺の残念な性格を蔑んでいるだと!?」

 意趣返し。そういうのは嫌いじゃないけど、目を逸らしながら言うのだけはやめてくれ。本当に泣きたくなるから。

「でもいーじゃん。わたしがあげたんだから、0じゃないよ!」

「いや、確かに去年ももらったし、ありがたいとは思うんだけどさ」

 でもなんつーか。これは『家チョコ』みたいなもんじゃね?

 学校で誰にももらえなかった可哀想な男子が、家に帰って母親からもらって、「俺今年はゼロじゃなかったもんね!」的な見栄を張るという類の。

 そう考えると、嬉しいのは嬉しいけど、素直に喜べんのだ。

「とにかく。今日はもう外には出ないの! ほら、早く下に降りて……って、なんだ!?」

「きゃっ!!」

 階下から、直下型地震のような振動と耳をつんざくような爆発音が響いてきた。

「一体……なにが……」

「ここにいろ! 俺が見てくる!!」

 慌てて階段を駆けおりる!

 精霊王に勝った俺は、人間界は人間の手で守ると決めたんだ。

 精霊か、悪魔か、はたまた別の何かかは知らないが。

 俺が絶対、守ってみせる!!

「おはようございます有栖様。お迎えにあがりましたわ」

「どこの世界に玄関を破壊して友達を誘いにくるやつがいるんだよ、この残念魔導士が!!」

 1巻を読んでくれた人の8割はもう想像がついていたかもしれないが、うちの玄関を破壊しつつ、ケルベロスに乗って登場したのは、同級生の召喚魔導士、らん 智亜ちあである。

「いえ、せっかく有栖様への愛を届けにこうして馳せ参じたといいますのに、二人の愛を阻む障害がございましたので、吹き飛ばさせてもらった次第でございます」

「お前は友達や恋人以前にインターホンの使い方からやり直せ!!」

 たびたび学生のコミュニケーション能力の低さが取りざたされる昨今ではあるが、評論家の方々も、まさか友達の家の鍵がかかっていたからといって玄関を破壊するような高校生がいるとは思うまいて。

「ふふ。やはり有栖様はマニアックですわね。こうして触れられるほど近くにいるというのに、敢えてインターホン越しに会話をしたいなんて。見えない方が何かとそそられるという……」

「あー、もういっそ人気投票でもやってくんねぇかな」

 そうすりゃ自分の人気の低さにこの残念魔導士も目をさますだろうに。

「だ、大丈夫!? 有栖くん!!」

「ありゃ? 純先輩?」

 瑠久るく じゅん先輩。うちの学校の先輩でれっきとした高校三年生である。茶髪のツインテールで、おそらく150cmに到達していないであろうその容姿は、どう見ても年下にしか見えないのだが。

「3.141592653589793238462643383279502884197169399375105820974944592307816406286208998628034825342117067982148086513282306647093844609550582231725359408128481117450284102701938521105559644622948954930381964428810975665933446128475648233786783165271201909145648566923460348610……」

「だーもう! わかりました! 先輩が年上なのは十分伝わりましたから円周率を延々読み上げるのはやめてください!!」

 年上ってきっとそういうことじゃないと思うんだ。うん。

「でも先輩、どうしたんですか? 受験も前期で終わったはずだし、大学生活の準備の真っ最中じゃ……」

「あ、うん、でもボクの場合、そんなに遠くの学校にいくわけじゃないし、一人暮らしとかするわけでもないからさ、基本的にそんなに準備することってないんだよね。車の免許とるのに教習に行ってるくらいかな」

「あ、そうなんですね」

 車かぁ。俺たち魔導士には必要なような、不要なような。あ、ちなみに純先輩も魔導士だからな。精霊召喚専門の、精霊魔導士。

「でもさ、いつでもどこでも魔法が使えるってわけじゃないでしょ? ボクたちは基本、人間なんだから、人間界のルールに則るべきだよ」

「おっしゃる通り」

 できればそのことをこの目の前の残念系女子にも教えてやってくんないっすかね。

「ふん。年増はひっこんでいらしてくださいな」

「やだ。年上のお姉さんだなんてそんな……」

「えっと、それはツッコミ待ちってことでいいっすかね?」

 ったく、年上扱いされることに慣れてないんだからこの先輩は。

「失礼。またずいぶんと派手にやらかしたものね。さっさと処理しないとご近所で警察呼ばれるわよ」

「いけね……って、早帆さほちゃんまで」

 早帆ちゃんと言うのは稲家いないえ 早帆さほ。本名、サホ・シェイネ。俺のクラスメイトにして悪魔召喚士デビルサマナーの末裔。かつて俺の月曜日の精霊、十六夜を利用して世界を混乱させようとした彼女だが、計画が失敗して以来、諦めて普通に学校に通っている。

「大丈夫だよー。わたしが結界を張っておいたから。ふつーの人には何もなかったように見えてるはず」

「十六夜……そっか」

 十六夜は月の精霊。『人からの見え方』を変えるのはお手の物だ。

「そんなことは知っているわ。私が言っているのは例え見え方は普通になっていても、誰かが訪ねてくれば気づかれてしまうということ。あなたにはさっきの轟音さえも消せるというのかしら? 月の精霊」

「むぅ。そのうちちゃんと直すもん! それに有栖は基本的に『ぼっち』なんだから、大きい音がしたくらいで、誰も訪ねてなんかこないよ!」

「む……まぁ、それもそうね」

「まぁ……有栖様は孤高なお方ですから……」

「ま、魔導士って友達作りにくいもんね。しょ、しょうがないよね!」

「もう泣く! 泣くぞ、本当に!!」

 お前らまさか事前に打ち合わせしてんじゃねえだろうな。

「……で、皆さん勢ぞろいで一体何の用っすか? 今日は日曜日だってのに」

 うん、知ってる。

 わかってるよ?

 でもさ、ほら、ここでがっつくとカッコ悪いって言うかさ。

 余裕なさそうに見られるのも嫌じゃん?

 あ、そうなんだ、今日ってバレンタインだったんだー、全然知らなかったやーってくらいのさ。

 それくらいの余裕が男には必要で——

「あら、木寺くんは今日が何の日か知らないらしいわ。じゃあそんな人に何かしてあげるのもバカらしいわね。帰りましょ」

「ごめんなさいぼくがわるかったですチョコ欲しいですゆるしてください」

 うん、やっぱり素直が一番だよな!

「……もう。それならそうと最初っから素直に言いなさいよ。バカ」

「はい、有栖くん、チョコレート!」

「有栖様、私のは最高級のカカオバターを取り寄せて作ったふわっととろけるような食感で……」

「むぅ。そんなのより、わたしのがいっちばんおいしーんだから!!」

 やれやれ。今年の俺は日曜日まで憂鬱なのかよ。

 ともあれ、まぁ。

 おかげさまで、今年のバレンタインは去年と違い、見栄を張らなくてもよさそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る