第28話 彼氏じゃないって誰か俺の話聞いてます?
『あー』
いつもながら気の抜けたような答えがスピーカー越しに返ってくる。
あの野郎! やっぱ全然やる気ねぇ!!
園田さんが連れて行かれてから随分と時間が経っていた。俺と違って女の人なんだ。早く助けないと手遅れになってしまうかもしれない。俺は「通話中」の画面に向かって思いっきり声を張り上げた。
「あーじゃねーよ! ていうかお前今どこにいんだよ!? 助けに来てんなら早くッあッちょ、待ってシュワネェッ……」
俺が言い終わらないうちに、自撮り棒で縦穴の中へ延ばされていたスマホが取り上げられる。
「はーいそこまで。非リアのアタシの前で彼氏とイチャついてんじゃないわよ」
「誰が彼氏だッッ」
っていうかシュワネェ、その自撮り棒まさかの自前……?
と思わずツッコミんでしまう。その棒を普段どう活用してるのかと想像するとごつい絵面にじわった。
いや、人質交渉らしいこの緊迫した場面にアホなこと言ってる場合じゃない!
「次郎来てんなら園田さんも掴まってるって伝えなきゃ……! って聞いてる!? シュワネェってば!!」
「あんた馬鹿なの? なんでアタシがそんなことに協力しなきゃいけないのよ」
「そっそれはどうだけど……! でも園田さんはか弱い女性なんだぞ! 人質なら俺一人で充分だろ!? 彼女は帰してやれよ!!」
「どこまでもウブねぇ」
「は? え、なにが?」
「ていうか、そのシュワネェって何なのよさっきから。さらっとあだ名つけてんじゃないわよ」
やべぇ。シ○ワルツェネッガーオネェの略だとは口が裂けても言えない。
「アンタ、そもそもなんで自分が人質になってるかわかってるの?」
「なんでって……」
シュワネェが丸太のように太い腕を組んでこちらを覗き込む。右肩に掘られた迫力のあるライオンの頭に視線を奪われながら、俺は自分の人質としての価値を考えた。最初は変態殺人鬼に誘拐されたのかと思ったけど、そういう目的じゃないみたいだってことはわかった。裸にされたけど危害を加えられることもなければエロイことされるわけでもない。っていうかそもそも、助けに来た次郎と人質交渉してるのもおかしくないか?
「えっと……なんででしょう?」
えへへと笑って頭をかく。
「アンタ本当に馬鹿なのねぇ。あのね、こんな美味しそうな坊や前にしてアタシが指一本触れずに我慢してるのは、アンタが大事な獲物をおびき寄せる
「囮……?」
「そう、アンタはとってもレアな化け物のお気に入りのペットなんでしょ」
「化け物って……」
まさか……
ペットってのがちょっと引っかかったけど、俺の周りで“化け物”と呼べる奴がいるとしたらきっと一人しかいない。半信半疑で相手にしてなかったけど、やっぱりあいつの話が本当だとしたら……? そして実際俺を助けに来たのは……
「次郎……? 次郎が目的なのか?」
「ようやく状況が飲み込めたようね」
「じゃああいつ……」
助けに来たりしたらダメなんじゃ……
罠ってことだろ……?
「“赤い悪魔”って知ってる?」
「赤い……?」
「ヴァンパイアの血のことよ。不老長寿と人知を超えた力を約束してくれるこの世で最もレアなアイテム。老い先短い金持ちや、強い軍隊が欲しいどこぞの国なんかは、ほんの数滴の“悪魔”の為に何億ドルって金を積むの。アタシたちはそれを商売にしてるのよ」
「な……んだそれ……ッ 次郎をどうするつもりだよ!」
「どうするも何ももう手遅れよ。連絡が来たってことは、もう目的の物は手に入れたってこと」
「手遅れって……!」
「心配しなくても、その次郎ってヴァンパイアが
頭の奥を鈍器で殴られたような気がした。
やがてシュワネェの握るスマホから、女の声が聴こえて来た。
『 Leo, Start counting down. 』
まるで最終宣告でもするように。「カウントダウンを始めろ」って、どこかで聞いたことのある声。いつもの頼りなさは微塵も感じられなかったけど、艶っぽい熱を含んだトーンは何時間も前にここで聞いたばかりだった。
「園…田さん……?」
俺が自分の耳を疑っている間に、どこからか水しぶきが飛んできて頭から俺の身体を濡らした。
「うわっ!! 何してんだよシュワネェ!! 冷てぇ!!」
シュワネェは電話の主に「OK」と返事をした後、部屋の隅に向かって歩いていき、そこにあった金属で出来たバカデカい箱型の設備を素手で思い切り殴った。パイプが外れるような音がして、一気に吹き出す水しぶきがこちらまで飛んで来る。並んで設置された残りの箱もすべて素手で破壊してしまう。飛び散る水しぶきが倍増して俺のいる縦穴の中にまで勢いよく冷たい水が流れ込んで来た。
なんかこれ、やばくないか?
「あとは王子様が助けに来てくれることを祈ってなさいな」
「いや、ちょっと待って! いったい何壊したんだよ!」
「こういう大きな施設にはね、大量の工業用水が貯水されてるのよ。ひとつの貯水槽に蓄えられてる水の量はおよそ5トン。それが4つで合計20トン。この縦穴の容積は2m×4m×3m=24立方メートルで、水の比重は1立方メートルあたり1トンだから、すべての水が流れ込んだ時この縦穴の中に溜まる水の高さは約2.5mに達するわ。アンタの首につけられた鎖の長さはどれくらいだったかしらね?」
足元にじわじわと溜まり始める水から逃れるように立ち上がった俺の首からは、じゃらりと太い鉄の鎖が重く垂れていた。立ち上がってちょうどくらいの長さ。ほんの少し弛んでいるだけで余裕はほとんどなかった。
「腕を伸ばしても、アンタの指先が水面から出ることはないかもねぇ~」
肌を濡らす水の感触にゾッと背筋が凍った。目の前で繰り広げられてる展開が信じられない。ひょっとして俺は殺されそうになってるのか?
「こ、こんな手の込んだことして俺を殺す意味とは!?」
「ほんとそれ。拷問して充分楽しんだらさっさと
今、明らかに「ヤろう」の文字が「殺」でしたよね?
「さて、アタシはそろそろ撤退しようかしらね」
「は!?」
「なあに。一人じゃ寂しい?」
「いっいえいえそういう意味では!!」
「じゃ、いい子でお迎えを待ちなさいな。王子がちゃんと辿りつければだけど。あ~あ~、めったにお目に掛かれない純血のヴァンパイアだっていうから楽しみにしてたのに、傷モノじゃねぇ。死にかけの化け物なんか殺してもなんの面白味もないわ。今度また会うことがあったら、その時は万全の状態で
そう言ってシュワネェはウィンクを落としてくる。そして咥えていたタバコを地面に捨て、俺のいる穴に向かって流れる足元の水を蹴って、出口へと向かい部屋を後にした。
地面を伝って流れてくる水音が誰もいない部屋に染み込んでいく。俺は呆然とその場に立ち尽くした。
「だから……、彼氏じゃないんですってば」
いつのまにか雨に降られたようにびしょ濡れになった髪から滴る水で、首にずっしりと掛けられた鉄の首輪が一層重みを増した気がした。
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