第24話 アクビちゃんが出ちゃうわ。



「ヨバレテトビデテジャジャジャジャーン」


 往年のアニメで魔神ジンが解き放たれる定番の台詞を、ランプならぬ扉をぶち破って唱える声がする。土埃が舞った先に現れたのは、激しい爆発に相反して、武器も何も持たない丸腰の男のシルエット。身体のラインに沿う濃紺のカットソーにダークグレーの細身のカーゴパンツというラフな出で立ち。そこへ黒の皮手袋をした両手を突っ込み、悠々と歩いてくる。男は漆黒の髪の間から、血の色に染まる赤い瞳をギラギラと光らせて笑った。


「そんなに俺に会いたかった?」


 男の言葉に、呆然と出来事を見守っていた兵隊たちがハッと我に返る。待ち構えていた標的が来たのだと悟ると一斉に銃口を向けて叫んだ。


「撃て!! ぶち殺せ!!」


 途端に辺り一面の壁や床や木片が小さな破裂音と共に弾け飛ぶ。何方向からも飛び交う自動小銃から放たれた弾丸が、男の現れた入り口に向かって掃射され、隙間もないほど撃ち尽くされた。男の黒い闇を纏った禍々しさに、怯えた兵士たちはその恐怖を打ち消すように夢中でトリガーを絞っていた。無茶苦茶な乱射にノーアードが制止をかける。


「やめろ! デタラメに撃つな!」


 だがその声はコンクリートを砕く破裂音の波にかき消されてしまう。ノーアードは舌打ちをして、銃弾の雨で再び舞い上がる土埃の向こうに男の姿を探した。


 どこに行った――?


 鳴り止まぬ破裂音の中で、目を凝らす。だが男の影らしいものは見えない。そしてその姿を追っているうちに、周囲では徐々に銃声が減っていっていることにノーアードは気がついた。的がそこにないと気づいて手を緩めたのか? と自分たち死神を中心に散らばっていた兵隊たちを見回す。すると銃を構えた兵隊ががくんと膝を着き、一人また一人と順番に地面に沈んでいくのが見えた。やがて銃声が完全に鳴り止む……


「とんでもないな、純血ってやつは……」


 土埃が収まって周囲を見渡すと、自分たち以外の兵隊はすべて地面に倒れピクリとも動かなくなっていた。ジャレッドやベルベロンもその惨状に唖然とする。あっという間に、残るは死神と呼ばれる4人だけになっていた。、それをやってのけた魔物が、彼らの背後から声をかける。


「俺を相手にするつもりだった割には、大した頭数じゃないなー」


 「後ろだと!?」とジャレッドが叫んで飛びのく。完全に気配を絶たれてバックを取られる。常時では考えられないことだった。


「ジャレッドびびり過ぎ」


 スザクが太腿のナイフに両手をかけながらツッコむ。


「あの銃撃の中無傷だぞ!?」

「だから、それがいつものアンデッドとは違うってことだろ」


 視線は赤い瞳の男に釘づけたまま、二人は初めて見る純血のスペックを図ろうと試みる。


「ただ銃弾をすり抜けただけじゃないみたいよ?」


 この状況下でも、いつもと変わらぬ笑顔を張り付かせたドットが倒れた兵士を見ろと促した。ベルベロンも言われるがままに目を向ける。


「あの中でノーマルだけを選んで倒してる。それも全員手刀一発で」


 トッドの言葉に、ノーアードが補足した。散らばった兵士たちがまるで電池を抜かれたかのように、銃を構えた姿勢のまま地面に蹲っているのを見て、ジャレッドは額に汗をにじませた。他に外傷は見当たらない。確実に一撃で仕留めている。兵士たちは自分がやられたことさえ気づかなかっただろう。


「次郎さんだっけ。初めまして、俺はノーアード。純血にお目に掛かれて光栄ですよ」


 口々に騒ぐ男たちを尻目に、手袋を直しながらウォームアップとでも言わんばかりに足首を回している男に向き直り、ノーアードが会釈をした。


「ああ、やっぱりお前ら強化人間アーマードか」


 次郎は残った4人に順番に目をやって、最後にノーアードを見る。久しぶりに目にする強化人間たちは、なかなかの手練れのようだった。


「どうしてわかったんです? 俺たちが普通の人間じゃないって」

「どうって、普通に匂いで。お前らからは、僅かにだけどヴァンパイアの血の匂いがする」

「へぇ。お仲間だって認識してもらえたのなら光栄ですね」

「お仲間……?」


 仲間と聞いて、次郎は俯き口元に冷ややかな笑みを浮かべた。


「冗談だろ。アンデッドにも及ばない紛いモノが?」


 言い終わらない内に、空気を引き裂くような音のない超高音がノーアードたちの耳をつんざいた。反射的に耳を塞ぐ格好になる。そのノーアードの背後から、今まで正面にいたはずの次郎の爪が首を狙っていだ。ノーアードは上体を逸らし間一髪それを逃れる。

 そこからは常人では目で追うのがやっとのスピードで流れるように攻防が繰り返された。仰向けに体勢を崩したノーアードのみぞおちに容赦なく次郎の肘が振り下ろされ、避けきれずギリギリ急所を外して打撃を受け止める。内臓がむせ返るような衝撃を飲み込んで、力のベクトルをそのまま利用し次郎のこめかみに膝蹴りを入れた。その膝を左手で流し直撃を避ける次郎。体を一回転させたノーアードが両手を地面に付いて体を沈ませると、今度は右足で次郎の足元を払った。軽く飛んでそれを躱すと、空中で身動きが取れなくなったところを、ノーアードの右ストレートが狙い澄ます。バシっと皮手袋の掌を打ち付ける乾いた音が激しく響いて、二人は動きを止めた。


「へー。見かけによらずベアハンドファイターか」


 ノーアードの右腕の筋肉がギリリと盛り上がり、次郎の掌に拳が食い込む。


「しかもご丁寧に十字架のアイアンリング」


 その指には十字架を彫り込んだ鉄製の指輪が嵌められていた。


「大人しく殴られてれば、可愛いクロスの焼き印を押してあげたのに」


 にこりと笑って優男が首をかしげると、金色の髪がサラリと流れてグリーングレーの瞳が覗いた。綺麗な顔しては趣味が悪いなと心の中で呟きながら、次郎は掴んだ拳を力任せに積み上げられた木製のパレットの山に投げつけた。ノーアードの身体が叩きつけられ、パレットはガラガラと崩れる。


「悪いけど、十字架は効かないよ?」


 突っ込んだ後に折り重なった木が軋んで鈍い音を立てる。これまで素手の戦いでノーアードが倒れるところを誰も見たことがなかった。



 時刻は午後8時。

 春の夜の冷たい風が崩れた入り口から忍び込む。


 圧倒的なヴァンパイアの力の前に、男たちは息をのんだ。







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