第23話 死神たち。
がらんとした広い空間。あちこちに木製のパレットやドラム缶なんかが無造作に置かれているビルの1階。寒々しい白の蛍光灯が光を落とし、積み上げられたパレットの裏では、ラジオの短波放送に混じって先ほどからずっとカードを切る音が聴こえていた。
男たちが4人思い思いの場所に椅子代わりに腰かけ、手持ちのカードを睨んでは紙幣を真ん中の木箱の上に放り投げている。その周囲にも7~8人。運び入れた大きな灰色のケースの上に膝を立ててナイフを磨く者、部屋の隅に置かれたくたびれたソファで仮眠を取る者。そして、手元のずしりと重い銃身にサイレンサーを取り付ける者もいた。およそ日本とは思えない光景。人種もバラバラの男たちは、ただあるものを待っていた。
「おい、ラジオのチャンネル変えろよ。やんやんうるさくって何言ってるか全然わかんねぇ」
「これは関西弁ってやつだ。それくらい慣れろ、ベルベロン」
ベルベロンと言う似つかわしくない花の名前で呼ばれたスキンヘッドの男は、取り付け終わったサイレンサー付きの銃を片手で弄んでいる。甲殻類に似た花をつけるこの植物に例えられるのは、この男が好んでエビばかり食べるからだ。ラジオの近くで座っていた日本語に詳しいらしい優男風は、周囲の男たちより幾分細身だった。後ろ手に肘をついて、十字架を彫り込んだごつい指輪を嵌めた白い指で、手持ちのカードを入れ替えている。
「ノーアード、俺に日本語がこれ以上理解できると思うか?」
ノーアードと呼ばれた優男は、長めのブロンドの前髪を掻き上げながら無言で手を振った。
「おい、それより俺にもそれ寄越せよ」
ノーアードの向こうで、ソファに寝転んでいた男がのそりと起き上がる。色褪せた赤いペイズリー柄のバンダナを頭に巻き、肩まで無造作に伸ばした髪がこけた頬に張り付けている。それが面長の顔を余計に細長く見せていた。自分のことをジャレッド様と呼び、早撃ちなら俺の仕事だと腰からやけに銃身の長い物を取り出した。そのジャレッドに向かって、灰色のケースに座っていた少年がケツの下からサイレンサーを取り出して投げてやる。
「おっと。真っ直ぐ投げろよスザク。落としてジョイント潰れたら使い物になんねーだろ!」
低めのパスに慌てて両手で受け取るジャレッドが、彼らの中でひと際小柄な少年に向かって怒鳴った。
「落とさなきゃいいだろ」
無愛想な声で眉一つ動かさずに答える。スザクという少年は名前の通り東洋人らしい黒髪に黒い瞳。全身を黒の特殊な戦闘服で身を包んいた。下手をすれば小学生くらいにも見えてしまうその華奢な身体に、似つかない大小様々なナイフをいくつも装着していた。いつも通りツンとした態度を崩さないスザクに、ジャレッドは「可愛くないねぇ」と肩をすくめた。そして、周囲で時間を持て余している兵隊に声をかける。
「お前らも獲物が来るまでにちゃんと装備しとけよ。ここは日本だ。派手にドンパチやらかしたらすぐに警察がすっ飛んで来るぞ。そうなったらヴァンパイア狩りなんて悠長なことしてられなくなるぜ」
立ち上がり、パンパンと手を叩きながら緊張感のない兵隊の尻をせっついた。
「悠長っていうけど、日本の警察相手にすんのと、純血のヴァンパイア相手にすんのとどっちが大変なんだろうねー」
明るい声でそれに答えたのは、ブラウンの巻き毛にそばかす顔が人懐っこいドットだった。おどけた性格や筋肉隆々の見た目からは想像できないが、オペラ好きが高じて一番好きな演目であるトゥーラン・ドットからそう呼ばれていた。トッドはおどけて続ける。
「まー無茶言ってくれるよな、ボスも。俺~純血に出くわしたら死んだふりしろってばーちゃんに言われてんだけどなぁ」
「どんなアドバイスだよ。熊じゃないんだぞ」
「熊みたいなもんだろー。出会ったら最後、生きて帰れれば奇跡っていうじゃないか」
だらりと気の抜けた調子で、ドットが不平を漏らす。何気ない口ぶりで純血のヴァンパイアの恐ろしさを語る彼らに、控えの兵隊たちにもにわかに緊張が走った。
「なーに。所詮相手はたった一匹だろ? 毎回何匹ものアンデッドを同時に相手して余裕でぶちのめしてる俺らの敵じゃないって。俺なんかこないだ6匹一度に首を刎ねてやったんだぜ?」
「ベルベロン。お前のお得意の武器はマシンガンだろ、音だけバカでかいやつ。それでどうやって首を刎ねるんだよ」
マシンガンを構える振りをして口真似で弾を連打しているベルベロンに、ノーアードが呆れた声を上げる。
「ばーか。首だけ狙ってぶちかませばバブルヘッド人形みたいにブルブル震えてからもげるんだよ」
「わー悪趣味」
ベルベロンが得意げに頭を振って見せる。それを見てドットは太い茶色の眉を寄せて苦笑いした。
ノーアードと一緒にカードをしていた兵隊たちも、悪ノリするベルベロンに合わせて馬鹿笑いをする。闇に巣食う魔物を狩り、一晩で何億という金を稼ぎ出す死神と呼ばれる男たち。裏社会でも特別に一目置かれる暗殺集団の中にあって、ずば抜けた戦闘能力を誇る彼らと一緒にいるのだから、自分たちに危険が迫る可能性は限りなくゼロに近いと信じているからだった。
「おい! 酒がもうないじゃないか! 死神さん達にもっと酒を……て……」
カードを切り分けていた男が木箱の上の酒瓶を持ち上げる。残り少ない中身を自分のグラスに移そうとしてぴたりと手を止めた。そして、その背の低いロックグラスを凝視している。
「ん? どうした?」
「いや……これ……」
男が手に取ろうとしたその先で、ウィスキーの茶色い液体が小刻みに震えていた。
「しまった……ッッ!! 構えろお前ら!!!!」
それに気づいたノーアードがカードを放り投げ、体を入り口に向けて身構え叫んだ。
その瞬間。
閉ざされた車両用出入り口で猛烈な爆発音が炸裂した。
圧縮された空気が一気に押し寄せ、爆風で鋼鉄の扉が吹き飛ぶ。
辺りに飛び散る金属片がコンクリートの壁や床にぶつかって激しい音を立てた。
ノーアードとその仲間も、腕で顔を覆いじっと爆風に耐えている。
そして最後に扉の残骸がガランと音を立てて崩れ落ちた。
「来たか……ッ」
戦慄する兵隊たちの視線が崩れた入り口に一気に集中する。
朦々と起ち巻く煙の向こうに、一人のシルエットが浮かび上がった。
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