第21話 次郎の好きなモノ。
―― 次郎さん、私みたいな女どう思うかしら?
天井の蛍光灯がジージーと不快な音を立てながら点滅した。
「健太郎くん? どうしたの? 大丈夫?」
園田さんが、急に黙り込んだ俺を心配して声をかけてくれる。
「ああすみません…… あんまりショックでつい。というかよく考えればそりゃそうだよなっていうかむしろ無意識にイケメンと張り合って結果恥ずかしい勘違いで大いに脳内盛り上がってたのを今ここで猛烈に賢者タイムに……」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
心の声がダダ漏れになっているのを俺は途中で飲み込んだ。
そりゃそうだよなー…… 世の中顔ですよ。結局。人は見た目が100%がどうとか誰か言ってた気がするしただいまみんな僕今帰ってきたよ!
さて。
話を整理してみよう。
俺は最初、こんな事件に巻き込まれ監禁されてしまっていることに責任を感じた園田さんをフォローしていたはずだった。今の状況に陥った経緯や、犯人の狙い、ここから脱出する方法などなどを一生懸命考えていたんだ。いつからこんな話になったんだっけ? あ、俺と次郎が付き合ってると思ってたってあたりからか……。そもそもなんでそこ疑うかなー。確かにあいつはやたらと俺にベタベタしてくることはあるが
「健太郎くん?」
「あ、はい! すみません! 聞いてます!」
聞いてなかった。ごめん。
そう。結局「年下が好み」なんて言っていた彼女が心を寄せていたのは、俺なんかではなく次郎の方だった。確かにあいつは傍目には25~6そこそこに見える。でもあいつの弁に合わせて考えたら軽く500歳超えてますからね? じいちゃんの範疇超えてますからね?
「それで、健太郎くんが恋人じゃないなら、他に誰かいい人がいるのかしら? 大切な人とか」
俺は少し照れながら話す園田さんの言葉を、心半分耳半分で聞いていた。
それにしても女子力ってほんとすごい。
この状況下で恋バナかよ……
「いえ、たぶんいないと思いますけど……」
俺の知る限り、あいつが一緒にお茶したりお喋りしたりする相手なんて桃さんくらいだ。まぁ、夜中に抜け出してたら何してるかわかんねーけど。一応、ヴァンパイアだって言ってるくらいだし? 生態は謎だな。
「そう。じゃあ、彼の好きな物とか好きなことって何かなぁ? 大切にしてる物とか」
「好きなこと……ですか。なんだろう。あいつずっと店でグータラしてるばっかだし、外に出かけるって言っても近所の野良猫と遊びに行ったりとか……。あとは食い物だったらガ○ガ○君だし、飲み物なら牛乳……」
そういや俺、あいつのこと全然知らねぇな。
次郎の好きなモノと言われて思い浮かぶのはくだらないものばかりだった。知り合ったのはひと月前。一緒に暮らすようになってひと月。初めて会った時はそれは驚いた。初めて『鬼の湯』にやって来た日、桃さんだけだと思っていた俺の新しい家には、妖しい雰囲気を醸し出す超美形のバイトが棲みついていたんだ。玄関の場所がわからなくて、仕方なく店から入った時も、あいつはいつものあの長椅子で寝てたっけ。その寝顔があんまり綺麗で……男だってわかってたけど見惚れたくらいだ。女の人がひと目で好きになってしまうのもわかる。
「でもあいつ、“狙うなら女に限る”とか言ってましたし、園田さんくらい美人だったら喜んでOKするんじゃないですか?」
「本当?」
「ええ。ていうか、園田さんから告白されたらあいつに限らず男なら誰でも嬉しいですよ。俺なら飛び上がって喜んじゃいます」
実際さっき勘違いして脳内で小躍りしてたしな。
「健太郎くんってお上手なのね」
「いや、ははは……」
本当は恥ずかしくて消え入りたい心地ですけどね。
「じゃあ次郎さんが私を選んでくれるか試してみようかしら」
「そりゃもう。美男美女カップル成立ですねー。羨ましい」
口ではそう言うものの、俺はなんとなく面白くない気持ちがした。なんか急に。
美人がこれだけ乗り気なんだ。あいつだってそう悪い気はしないだろう。この状況から助かりさえすれば、二人はめでたくお付き合いスタート。そんな姿が簡単に想像できた。相手に俺が選ばれるんじゃないってことには慣れてるはずだけど、なんかなー……
「でもきっと、助けに来るのは貴方のためよ」
「え……?」
「ふふ、なんでもないわ」
小さな声で笑った園田さんの言葉は、何を言っているのかちゃんとは聞き取れなかった。
俺は知らない内に気分が沈んできてることにハッとして、景気づけに思い切り自分の頬を叩いた。パチンといきなり聞こえたきた音に園田さんは驚いてるみたいだったけど、気にせず言葉を続けた。
「よし! とにかくここから出ましょう! 全部そっからです!」
「え? ええ」
「園田さん、なんか針金みたいなものって持ってませんか? この首輪、鍵穴みたいなのがあるんで、上手くすれば外れるんじゃないかと思うんです!」
「え、ええと。ネックレスでもいいかしら? ペンダント部分が十字架になってるんだけど」
「マジですか! 十分です! なんとかやってみるんで貸してもらえませんか?」
「ええ、もちろん」
園田さんは縛られているせいか少し時間がかかっていたけど、なんとかペンダントを外してこちらに投げてくれた。
「届いた?」
「はい! バッチリです!」
鈴が鳴るような可憐な音を立てながら、十字架の形をした銀色のそれがちょうど俺の足元に落ちて来た。可愛らしい音とは裏腹に、素材はどうやらシルバーではく鉄で出来ているような無骨なデザインのものだった。
「なんか、意外ですね。もっと繊細なのイメージしてました。これ、鉄ですか?」
「あ、ええそうなの。ゴールドやシルバーでも良かったんだけど、それがなんだか可愛かったから」
可愛いか……?
そこそこ年季が入っているらしい十字架を指で擦ってみる。
「でも助かります! 銀や金だったら柔らかくてこの首輪に対してはちょっと頼りなかったかもしれないし。鉄なら力入れても大丈夫そうだ」
そう言って、俺は十字架の先端を首輪の繋ぎ目にある穴に差し込んだ。神様ごめんなさい! そう心で呟きながら、ぐりぐりと何かが引っかかる感触を探す。
「どう? 使えそう?」
園田さんは、カチャカチャと無言で首輪をつつく俺の様子を壁の向こうで伺っている。そして、突然あるものに気づいて奇声を上げた。
きゃああーー!!!!
「うわ! ど、どうしたの!?」
「ねずみ!! ねずみが!!」
自分に近づいてくるらしい小動物にこれでもかというくらい動揺して、きゃーきゃーと奇声を上げ続けている。
「ちょ、ちょっと落ち着いて園田さん! そんな大声出したらあいつらに聴こえ」
俺が慌てて叫ぶ彼女を止めようとした時、部屋の外で大きな音がした。ドカンという、何かを蹴り飛ばしたような激しい音。そして、廊下の奥から野太い声が響いてきた。
―― アタシの
やべぇ!! あの声はシュワネェ!!
「園田さんとりあえず静かに!! シュワネェ刺激したらマジでヤバイって!!」
俺がそう止めるのも虚しく、園田さんの悲鳴は収まらない。そうしてる間に部屋の扉がガチャンと派手な音を立てて開いた。
ああ…… マズイ……
ねずみに集中していた園田さんも、入って来た男のあまりのデカさに今度はそちらを見て悲鳴を上げる。
「失礼ね! 人の顔見て叫んでんじゃないわよ!」
「ちょ、あのすみません! ちょっとねずみに驚いちゃっただけで悪気はないんです! 大人しくしてますから……!」
「
ひぃ~~~っ 本気ですごむとスゲー迫力だよターミネーター感パネェ!!
縦穴の俺を覗き込んで吠えた怒声と鬼のような形相に肌がビリビリと縮み上がる。
「やっぱり我慢できないわ! ちょっと目を離したらすぐこれだもの! 男なんてホント信用できないわね!」
ええええ!!?? 俺!!??
「いや! 俺はなんもしてないですって……!!」
「性欲盛りの男の子を女なんかと一緒にしたアタシがいけないのよ!」
いやだからなんで俺が彼女に悪さしたみたいに取ってんだよ!!
「あんた、やっぱりこっちに来なさい! 別の部屋を用意してあげるわ! ほら! さっさと立って!!」
「きゃあ……っ」
シュワネェは園田さんの束縛をブチリと素手でちぎり、乱暴に彼女を立たせる。
日本品質のあれを素手でちぎるってどんな握力だよ! と思いつつも俺は立ち上がって声のする方に腕を伸ばした。
「彼女に乱暴するな……!」
首輪の鎖がビンと限界まで引っ張られる。自然と首が締まって、喉が押しつぶされて声が出なくなった。
「…………!!」
園田さんは強引に歩かされて扉の方へと連れていかれてしまう。
「健太郎くん……!!」
バタンと分厚い扉が閉まる音がして、廊下をバタバタと乱れた足音が遠ざかっていく。そして部屋には再び地下の静寂が訪れた。彼女の悲痛な叫びだけを俺の耳に残して。
くそ……ッッ
無力な自分の拳をコンクリートの壁に叩きつける。握りしめた十字架が掌に刺さって、血が滲んだ。
悠長に構えてる場合じゃなかった……! 今すぐにこれをなんとかして助けにいかないと……!!
俺は再び冷たく重い鉄の首輪に手をやった。そして、十字架をあてがい自分を解き放ち彼女を救うための手がかりを探り続けた。
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