第20話 健太郎21歳。春。
「園田さん、大丈夫ですか?」
俺たちはどことも知れない建物の地下で、お互いの顔を見ることも出来ずに繋がれていた。俺の格好を思えば、それも逆にありがたいけど。
園田さんは俺と同じように腕を縛られているのか、しばらくもがいた後急に静かになった。拘束を解くのは無理だと諦めたんだろうか……?
「あの、無理しないで下さい。俺が、なんとかこれ解いて助けますから」
不安がっているだろう彼女の様子を思って、何の保障もない言葉を口にする。手は自由になったものの、よく考えればさらなる難関が立ちはだかっていたのだ。 俺は、自分の首に嵌められた無骨な鉄の首輪から伸びる太い鎖をじゃらりと鳴らした。
「ごめんなさい……」
「え……?」
無口になっていた園田さんが、ふいに頼りない声でそう呟いた。
「どうしたの?」
「私のせいで、健太郎くんまでこんな目に遭わせてしまって……」
「いや、園田さんのせいじゃないよ。悪いのは女の人を誘拐するようなクズ野郎なんだから。そんなの気にしないで」
俺は大丈夫だからと声をかけるが、それでも責任を感じるのか彼女の返事はない。俺は少しでも建設的な話題にしようと話の矛先を変えることにした。
「でも目的がよくわかんないよね。俺もさっきから考えてるんだけどさ。あの金髪ゴリラに園田さんを誘拐する理由なんてなさそうなのに……。女は嫌いだとか言ってたしなぁ……。園田さんは犯人に心当たりある?」
さっきからずっと考えてるものの、俺の方には拉致される覚えなんかひとつもなかった。あんなごついオネェな外人にもまったく見覚えはない。
「金髪ゴリラ……?」
「うん、知らないかな? こう、ターミネーターみたいなごつい外人」
見えないとわかっているのに、俺は身振り手振りでその厳つさを表現した。
「外国人ですか?」
「ああ、うん。さっきまでこの部屋にいたんだけどね。どうも俺の見張り役だったみたいなんだけど……そういやあいつ脚立探しに行ったきりどこ行ったんだ?」
俺の見張りを放り出してまだ戻って来ないでいる。
不真面目なオネェだなぁ……
「そんな人までいたんですか……」
「うん。見た目のインパクトすごいから、鉢合わせしなくてラッキーだったかも」
女が来るなら自分は面倒は見ない、なんて言ってたもんな。案外、このまま戻って来ないかも?
「でも園田さんが見覚えないってことは、やっぱり例のストーカーとは無関係なのかなー……」
「いいえ。私を拉致したのはストーカーだったと思います。暗くてあんまりよく見えなかったけど、私を車に押し込んで薬を嗅がせたのは、うちの会社に出入りしてる清掃会社の人でした。車にその会社の文字も見えたし、何度も見かけたことがある人だったから……きっとあの人がストーカーだったんだなって……。その後気絶しちゃって、気がついたらここへ連れてこられて……」
「そっか……。ごめんね、怖い思いさせちゃって。俺たちがついてたのに」
「いいえ、そんな。元はといえば私が巻き込んでしまったので……」
ああ。またこのループに戻ってきちゃった。ダメじゃん俺! 彼女を元気づけなきゃ!
「それにしてもずいぶんワールドワイドなストーカーだよね! あんなごつい外人まで仲間にいるなんてさ! 日本もグローバルな時代になったよね~!」
て俺ヘタクソかっ
上手い言葉も見つからず、俺はとにかく空元気な声であれこれと犯人の分析をした。
「あ、そういえばさっき園田さんをここへ連れて来た男がそのストーカー?」
「いいえ、それがさっきの人も全然知らない人なんです。外国人ではなかったですけど、見たこともない人でした」
「マジですか。じゃあ少なくとも相手は3人。やっぱ複数犯かぁ。そいつらの繋がりは謎だけど、こんな大掛かりなことまでして、一体何がしたいんだ……?」
「ごめんなさい。私がこんな依頼なんかしたばっかりに。まさか健太郎くんまで連れてこられてるなんて思わなくて……」
「いやいやいや! 園田さんのせいじゃないって! 俺ももっとちゃんと警戒してれば良かったんだけど、何しろ初めてだったからさ、尾行やらなんやら……」
再びループに突入しそうになって、俺はしどろもどろになって答えた。
「え……? 初めて?」
「うん、実は」
あはは、と乾いた笑いを見えない壁の向こうに返す。
俺は、実は自分は素人で次郎になんとなく流されて協力していたこと、本当は祖母が営む風呂屋を手伝いながら大学に通うただの学生であることを話した。
「学生さん……」
「そうなんだ。なんか、ごめんね? 一緒に掴まったのがこんな頼りない奴で」
「そんなことないです。私、目が覚めてからずっと心細かったんです。健太郎くんの声を聴いた時、びっくりしたけどすごくホッとしました」
「そっか……へへ」
園田さんの声に安堵が浮かんでいるのがわかって、俺も思わず顔がほころぶ。
「それにしても……ふふふ」
「ん? どうかした?」
「いえ、ごめんなさい。私すっかり誤解してて」
「誤解?」
何を思ったのか彼女は急に笑い出した。思い出し笑いか? 今?
「私、健太郎くんと次郎さんは恋人だと思ってたんです」
…………。
はああ!!??
「ちょっ待ってなんでそうなるんですか!!」
「だって、今朝お二人に会った時もすごく仲良さそうだったし、次郎さん健太郎くんにべったりって感じだたったじゃないですか」
それはあいつが単にスキンシップ過剰男なだけで、あれがデフォルトなんです。別に俺に限ったことじゃないし……なにより俺がそうやって絡んでくるあいつにキレてるの見てたでしょうよ。
「それに初めてお会いした日も、私と一緒に出て行く次郎さんを、健太郎くんすごい目つきで慌てて止めようとしてたから……」
目つき!? ……いや、むしろ羨ましすぎて思考停止してたかと。っていうか貴女の貞操を心配して止めようとしてたんですよ!?
「本当にただのバイトさんと雇用主の関係なんですか?」
「もちろんです。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない
俺は無駄にイケボで下手な英語を使った。
だってもうあまりに衝撃過ぎて。あいつと俺が恋人だと? いやナイナイナイ。ちょっとトキメいたりとか実はあるけど付き合ってるはナイ。断じてナイ。俺は極めて健全に童貞【←自主規制解除】ライフを謳歌しているんだ! 毎日好みの美女を見つけては目で追いかけて追いかけて……あと追いかけて過ごす日々だ! それなのにこんなお
心の中で意味不明なノーマル感を噛みしめながら、俺は壁向こうの美女の誤解をどう解くか頭を巡らせていた。
「じゃあ……私にもまだ望みはあるかしら……?」
へ……?
「えっと……あの?」
「ふふふ。実は私、年下の男性が好みで……」
え。ちょっと待って。
それはあれかい? あれなのかい? あれでいいのかい?
これはいわゆるフラグってヤツなのかい?
俺は美女の突然の告白に動揺を隠せず、あらぬ期待に膨らむ胸を押さえる。彼女は照れているのかそう言ったまましばらく黙って続きを教えてくれない。
もしかしてもしかすると、俺?! 俺だから?! だから告白をためらっているのか!?
健太郎21歳彼女イナイ歴21年!!!! ついに春が訪れようとしているのか……ッッ
ていうか4月だし春だし恋の季節だしやっぱこれってそうなんですかーーッッ!!??
園田さん!! 俺も年上のお姉さんが大好きです!!!!
ゴクリ。と生唾を飲み込む音が耳の中で響くのを聴きながら、俺は意を決して口を開いた。
「園田さん、実は俺も……」
人生初の逆告白返しに挑んだ俺の声は、ありったけの勇気を盛り込んで絞り出したはずが、思いのほか小さく地下の静寂に飲まれていった。
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