第15話 お姫様抱っこ=キュン死に爆弾 と命名。

 

 いつもと少し様子が違う。

 数時間前から、そう感じていた。

 次郎からは、この暗闇の中でも健太郎の顔がはっきりと見えていた。


 園田温子のマンションで再会した時からだ。

 突然、自分の瞳を見つめて甘えるような仕草を見せるようになった。

 はたまた急に口を尖らせて拗ねた顔をしたり。

 次郎の言動にいちいち反応して、クルクルと表情を変えるのは、いつも通りと言えばいつも通りのようだけど……

 何より、それ以来ずっと距離が近いのだ。

 普段なら、今みたいに後ろから抱きすくめたりすれば、なんとか逃れようともがいて暴れるのに。

 今は大人しく抱かれている。


 監禁されて1人で過ごしたのが、そんなに怖かったのか。

 なんとなく、そのせいなんだろうと思っていたが……


 まぁ、怖くて当たり前だな。


 トラウマになってもおかしくない経験。心細くなっても当然だろう。

 次郎は、いつも自分の鼻をくすぐる健太郎の甘い匂いを嗅ぎながら、もう少し強く抱き寄せてやった。


「それより……今のでまた足やっちゃったんだけど」


 健太郎が次郎に体重を預けたまま、片足を上げてみせる、

 次郎には、そんな健太郎の顔が赤くなっているのがわかった。


「しょーがないな」

「え?! ちょっと!!」


 健太郎が上げた足を、もう片方の足ごと抱え上げる。

 足元を掬われて、健太郎は思わず次郎の首にすがりついた。


「ちょ、これって……っ」

「暴れるなよ」

「……お姫様抱っこかよ」

「文句あるなら降ろすけど?」


 きっと「こんな恥ずかしいかっこ耐えられるか!」と叫ぶんだろう。

 両手が塞がって耳が塞げないので、次郎は仕方なく怒声に備えて身構えた。


 しかし、予想とは裏腹に、聴こえてきたのは驚くほど甘い声だった。



「……降ろすなよ。このまま、部屋まで連れてって」



 聞き間違いじゃないだろうか?と抱える健太郎の顔を覗こうとする。

 だが健太郎は次郎の肩に顔を埋めて、ぎゅっと首にしがみついていた。


 随分可愛いことだな。とふわふわする茶色い髪にくすぐられて思う。

 これが女であればわかりやすく夜のお誘いなんだろうが、相手は男でしかもあの健太郎だ。寄るな触るなが定番文句だった男である。ただ足が痛むから連れて行って欲しいだけなのかもしれない。

 だがそれにしては、触れた肌から伝わる熱がやけにしっとりと次郎の心を掴んでいた。



 健太郎の部屋は二階。

 この廊下を真っ直ぐ進んだ先に階段がある。

 予想外の展開に多少面喰らいながらも、次郎は健太郎を抱きかかえたまま、薄暗い廊下の奥へと進んだ。


 二人分の重さを支えて、古い床板が軋む音がする。

 次郎にとって、たとえ男であっても健太郎くらいの体重なんか重さの内には入らなかった。ただ、ぎゅっとしがみついたままの健太郎を、落とさないように気をつけながらゆっくりと階段を上がる。交互に足を踏み出しながら、次郎はさっき彼の耳元で「部屋までつれて行って」と囁いた健太郎のとろけるような甘い声を思い出していた。

 それまでの太々ふてぶてしさとは、一変した態度。


 なんか、変なスイッチ入った?

 別に、普段通りのつもりだけど……フェロモン強くなってんのかなー。


 唯一自分では意識できないヴァンパイアの特質。無意識に放たれる特有のフェロモンに引き寄せられて、獲物が自ら体を差し出してくるのだ。獲物を襲う時には必然そのフェロモンの濃度が上がるのは知っている。でも、通常運転なら「魅力を感じてちょっとボーっとしてしまう程度」のはず。さすがに次郎も怪我人にちょっかいをかける程悪趣味じゃない。自分が原因じゃないとしたら、今の健太郎のこの反応は意外すぎる。正直次郎も、戸惑いを隠せなかった。


「あの……、健太郎?」


「…………」


 呼んでみるが、返事はない。

 次郎はとりあえず大人しく抱かれているコレを部屋まで運んで、様子を見ることにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る