第13話 「心配してたよ」
道の真ん中で。車のヘッドライトを受けて手を振るヒナ。
飛び跳ねそうな勢いで、向かってくる車に手招きをしていた。
マンション脇、駐車場へ続く通路の前に、大槻の黒塗りの車が横付けされた。
運転手も出てきて、急いで後部座席のドアを開ける。
「いぃぃってぇ!!」
次郎の肩を借りて立ち上がる健太郎が、元気な悲鳴を上げた。
健太郎の腕を肩に担ぎ腰を抱いて、次郎が歩くのを助けてやっている。
「もっとそっとやってくれよ。こういう時こそさーお姫様抱っことかすんじゃねーの?」
「してほしいのか?」
こいつの性格から考えて、しろと言えば本当にするだろう。
この思わず見惚れる美形に抱き上げられるのを想像して、「悪くないな」とも思ったが、車までほんの数メートルの距離をお姫様抱っこで運ばれるのは、大げさで確かに間抜けだった。
「冗談ですー」
「人の名前呼んで気絶なんかするから死んだのかと思ったら、元気だな」
「お陰さまで」
後部座席に座らせてもらって、ドアの外に残った足を、よいしょと引き入れる。
そっとドアを閉めた次郎が、ゆっくり後ろを回って、健太郎の隣に乗り込んだ。
ヒナは助手席。
最後に運転手が運転席に戻る。
車に乗り込むや否や、ヒナがかぶりつくように後部座席を振り返った。
「健太郎! 大丈夫? 本当に酷い怪我はしてないの? 『鬼の湯』には帰らずに、このまま病院に向かった方がいいんじゃあ……!」
「アハハ、大丈夫だよ。さっきはちょっとクラクラしただけ。あちこち痛いけど、足捻ってるくらいで大した怪我じゃないし。病院は大げさだって」
「でも……」
「それより、早く家に帰って休みたいかなって」
「そ、そう……?」
「うん。よろしくね」
指示器を出す音がして、車が発進する。
お嬢様、危ないですから。と促されて、ヒナはしぶしぶ前を向いた。
「そういえば、あのストーカーされてた女はどうなったの?」
痛めた肩を押えて、イテテと渋い顔をしながら健太郎が尋ねた。
「そ、それが……。実は、温子さんも攫われちゃったの。健太郎、犯人の顔とか監禁されてた場所とか、何か覚えてない?」
「え、俺のこと襲った奴と同じなの?」
「うん、次郎が言うには。警察に通報もしたんだけど、捜索がどれくらい進展してるかはわからないの。ちゃんと事件として取り扱ってくれてるかどうかも……。だから、私たちが助けてあげないと! 今、次郎の見つけてくれた手がかりを元に、連れ去った先を絞りこんでるところなの」
「そっか。そんなことになってたんだ。でもごめん、気絶させられて運ばれたから、犯人の顔は見てないんだ。監禁場所から脱出するときも、見つかりそうになって追われながらだったから、どこをどう走って来たのかもわかんなくて……。気がついたら、最初の駅の近くにいたんだよ。それで、とりあえず約束してた場所まで来てみたんだ」
「そうだったの……。ごめんね、結局私たち、助けに行ってあげられなくて……」
「いいよ、気にすんなって。こうやって、ちゃんと再会できたんだし!」
「うん、そうだね。無事で本当によかった」
ヒナの声が、わずかに揺れる。
「泣くなよー!俺は元気だから!怪我したのだって、逃げる時にぶつけたりしたからだし!何も酷いことはされないからさ!」
ヒナは可愛いなーと笑いながら背中のシートにもたれる。
「で? そこのイケメンさんも、少しは俺のこと心配してくれてたわけ?」
「そうだな。まさか護衛してる方が拉致られるとは思ってなかったから。意外性はすごかった」
「ヒド。なんだよ、もうちょっと優しく出来ないわけ?」
そう言って、健太郎が口を尖らせて俯く。
「心配してたよ」
「え……?」
ため息を吐き出しながら言った次郎の声に、健太郎は弾かれるように顔を上げた。
窓の向こうを眺めて、夜の明かりに時々照らされる整った顔には、心なしか安堵の表情が見えるような気がした。
「そっか……」
健太郎は思わずにやけそうになるのを悟られないように、表情を押し殺しながら、ポス。と次郎の肩に頭を乗せた。
次郎も、何も言わずにそのまま外の景色を眺めている。
心地よい沈黙が流れる。
窓の明かりは、緩やかに流れていた。
「それじゃ、二人を先に降ろすね」
ヒナがこの後のことを相談しながら、そう告げる。
健太郎は、次郎の息遣いを聴きながら、家路へと向かう車に揺られていた。
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