第12話 暗号ですよ。 (ドラマ「時間ですよ」のトーンで是非)
「次郎、いくらなんでもここは……!」
ギリリ、と金属が悲鳴を上げる音がして、ガチャンと鍵が開く。
「なにも、園田さんの家のドアまで壊さなくても……」
園田温子のマンション。
次郎は、またしても開錠を待たずに強引に玄関扉を開けた。
警察に通報したのに、被害者の自宅の鍵壊れてて大丈夫かな。
ヒナは思わず苦笑いする。
先ほどの松浦のアパートからは、7キロ強の距離。
車で20分程の場所。
この時間、今は黒服達が例の図面のビルを探している、
報告を待つまでの間に、次郎とヒナは、尾行作戦の最終集合地点でもあったこの場所に来ていた。
次郎は、ヒナの言葉を気にする様子なく、そのままスイと部屋に入る。
ヒナは慌てて靴を脱いで後に続いた。
「ねぇ、次郎。依頼人の部屋に来たって、彼女と健太郎の居場所のヒントなんて……」
「ダメモト~」
次郎は、食卓テーブル上の書類、本棚、仕事用デスクと順番に部屋を見て回る。
だが、キッチンやバスルームには目もくれない。
まるで、最初から何か目的があるようにも見える。
ヒナがそんな次郎を目で追っていると、部屋の奥へと進む長い足がぴたりと止まった。
そして、デスク横の戸棚の上に置かれた一冊の本を見つける。
「それは?」
「日記だな」
ヒナも、傍に近づいて見てみる。
ハードカバー本の1年日記。
花柄の表紙に、草書体で「diary」と書かれた、いかにも女性らしいものだ。
次郎は、中を開いてみた。
「次郎っ日記勝手に読んじゃ……」
「緊急事態だろ」
「そうだけど……」
そこには、日々の他愛もない出来事や、仕事を終えて一日を振り返る温子の言葉が並んでいた。
4月始まりで、書き込まれたページはまだ少ない。
半月分程のそれに目を通す。
だが、何日に食事会だの、今日は会議で疲れたなどと書かれているばかりで、別段これといって気になる予定や人物の記載はなかった。
ヒナも、同じように思ったのか、ため息をつく。
「温子さん、ついさっきまでこんな日常を過ごしてたのに……。今頃きっとすごく怖い思いしてるよね……」
無事でいてほしい。
ヒナの小さな肩は、小刻みに震えていた。
次郎が、その背中を優しく叩く。
ページを閉じようとして次郎は、ふと目の端に映った不思議な文字の羅列に気が付いた。
―― TZBLB22359
そのページを開いたままヒナに手渡す。
「ヒナ。これメモっといて。園田温子と松浦邦男の情報と何か関係ないか、照合もしてほしい」
「なにこれ、暗号?」
「さぁな。ナゾだし今回の件に関係があるかもわからないけど、意味深だろ?」
そう言って、暗号の書かれた日付を指さす。
小さな字で綴られたそのアルファベットと数字は、まだ書かれているはずのない、明日の日付の欄に書き込まれていた。
「本当だ。どういう意味なんだろう……。TZB……L22……359?」
不可思議な文字を、なぞるように読み上げる。
「わかった。調べてみるね」
そう言ってヒナはスマホを取り出し、日記帳に書かれた文字を写真に撮った。
「よし。ここはもういい」
「え?ちょっと次郎?」
あっさりと出て行こうとする次郎。
力任せに扉を破ったり、土足で踏み込んだり。
一見手がかりとは無縁に思える園田のマンションまで足を運んだかと思えば……
十分に探しもせずに、まだ手がかりがあるかもしれない部屋を後にする。
クールに見えて、実は相当怒っているのか。
落ち着いているようで、冷静さを失っているのか?
ヒナには、次郎が何を考えているのかわからなかった。
早速、新たな情報を部下に送信しているヒナを尻目に、玄関の開閉が聴こえる。
「待ってってば……!」
ヒナも慌てて部屋を後にした。
温子の部屋は、マンションとはいえ低層の2階にあった。
次郎とヒナは、行きと同じように、エレベーターを待たずに階段を下りる。
外階段から玄関ロビーに繋がる重い鉄扉を開くと、行きに見たのと同じ大理石で敷き詰められた、明るく美しいエレベーターホールに出た。
足音を立てない次郎の代わりに、ヒナの軽い靴音だけが響く。
入り口前が駐車禁止だったので、車は少し離れたところで待っているはず。
オートロックの自動ドアが内側から開くと、マンションの花壇に植えられた春の花の香りが、ふわりと鼻をくすぐった。
いい匂い……
ヒナがそう感じた時だった。
急に、次郎の歩みが止まる。
「血の匂いだ……」
え?と聞き返す間もなく、突然次郎は走り出した。
次郎の嗅覚は、聴覚ほどではないにせよ、人間よりも数倍優れている。
ましてや血の匂い。
彼らがその匂いに気づかないわけはなかった。
ヒナも急いでその後を追う。
自転車置き場や駐車場へ繋がる、マンション横の薄暗い通路。
玄関ホールの煌々とした明かりからは陰になるその場所で、次郎が膝をついているのが見えた。
その向こうに、コンクリートの壁にもたれるようにうずくまる人影。
次郎が、そっと人影の顔に手をやり、意識を確かめようとする……
「け、健太郎……!!」
ヒナは思わず声を上げた。
汚れた服に、傷だらけの顔。
額から血を滴らせて、苦し気に目を閉じているのは、まぎれもなく数時間前に拉致されたはずの健太郎だった。
「俺がわかるか?」
優しく髪を撫で上げて、次郎が声をかける。
健太郎は、声に反応するように薄っすらと目を開けて、じっとその視線を見つめ返した。
「……次郎?」
「お前、どうしてここに」
「次郎……、逢いたかった……」
次郎の目を見つめて、力なく微笑む。
頬に添えられた冷たい手をぎゅっと握って、健太郎は再び意識を失った。
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