第8話 黙って俺について来い。って言いました?今?

 

 知らない人が見たらどう思うんだろうな。



「このトライアングル。」



 街の喧騒。行き交う人々。

 駅前広場の植え込み横に腰掛ける三人。


 次郎。

 ヒナ。

 俺。


 時刻は夜7時半を回ったところ。

 休日の街を謳歌する若者たちや、今夜の食事処を探して歩く家族連れ。

 駅前は浮足立った人々で溢れていた。

 日も傾いて薄暗くなってきた頃から、土曜だというのに仕事を終えて疲れて帰宅するサラリーマンの姿もチラホラ見える。


 俺はチラと横目で隣に座る二人を見た。

 さっきまでスマホを弄って何やらしていた二人も(たぶん次郎は動物の森)、今は俺と同じようにじっと改札口を凝視している。


 どー考えても……


「兄妹……には見えないもんなぁ。一人外人だし。」


 完全に幼気いたいけな少女を連れまわしてる野郎二人組の図。

 そのうち職務質問されるんじゃないかと、さっきから内心ヒヤヒヤしていた。


「いつも通りならそろそろのはずなんだけど……」


 ヒナが華奢な腕に付けた時計を確かめる。

 俺はまた改札の方へ視線を戻した。


 今俺たちが何をしているか。

 そう。今日はあの約束の土曜日なのだ。

 午前中に『鬼の湯』を訪れたヒナは、お身内だというかしこまった黒服の人物を数人引き連れてやって来た。普段の小学生スタイルより、ほんの少し大人っぽく見える洋服。なによりその黒服に次々に指示を飛ばして資料を見せ、完璧な調査報告とブリーフィングをやってのけた姿は。まさにスーパー小学生。

 ヒナがあと5年早く生まれてきてたら恋してたかもしれない。

 そう思えるほど惚れ惚れする辣腕らつわんぶりだった。


 そして俺たちは、風呂屋を桃さんと油屋の銀さんに任せて、依頼者 園田温子そのだあつこの自宅最寄り駅に来ていた。大槻家の人達も入れれば、思ったよりも大規模な人数体制で。俺たち3人のほかにも、見えないところで人や車が待機してるらしい。あ、1万円が安すぎると思ったのは最初の相談料だったんだって。現物は見ていないけど、ちゃんと相当額が支払われたらしい。今回のフォロー体制はさすがにいつもより大掛かりらしいけど、大槻の人達は「それが大槻の義務ですから」と言って、基本ボランティアで手伝ってくれてるんだそうだ。どんな人望だよ次郎。ていうか大槻家ってあいつに何か弱みでも握られてるんじゃ……


「まぁもっと謎なのは、なんで俺が店空けてまで手伝ってるのかってことだよ」


 俺はひとりごちながら、ぼんやりと駅の方を見ていた。

 さて、デパートの化粧品売り場で務めているという彼女は、今日は早番でそろそろあの改札をくぐって出てくる頃合い。


「確認だけど、園田さんが出てきても声はかけずに後をつけるってことでいいんだよね?」

「うんそう。彼女は駅を出たら、打ち合わせたルートで自宅に向かう予定よ。」

「で、俺たちがその様子を見張って、例のストーカーがついてきてないか確かめるわけだ。」

「彼女が言うにはストーカーの目星は大体ついていて、いつもこの土曜の夜につけられてしまうんだって。」

「しかも最近はその行動が徐々にエスカレートしてて、ついに2週間前、帰宅したら部屋が荒らされてたと。」

「怖かっただろうね。可哀想に。」


 形のいい眉をひそめてヒナは呟いた。


「来たな」


 おもむろに次郎がスッと立ち上がる。


「あ!ほんとだ!」


 つられて俺も立ち上がる。


「うわ!やっぱあの人だ!間違いない!あの日の美女!!」

「シーッ!! 健太郎声おっきい!!」

「あっごめん!」

「向こうは俺たちに気づいてないな。よし、間隔あけて後つけるか。この人混みなら200メートルくらいで十分だろ。」


 次郎はスマホのアプリをオンにしてから、ジャケットの内ポケットに入れる。


「200メートル!? こんな人混みで200メートルも間空けたら絶対見失うだろ!」

「次郎なら大丈夫よ。」


 明かり一つない新月の夜でも、獲物を見失ったりしない。

 ヒナはまるで自分のことを言うように、どこか自慢気な顔をした。


「スマホの電源は切るなよ。」


 先頭を切って、次郎が歩き始める。

 ヒナは「OK」と、手を挙げて待機させていた車に乗り込んだ。

 俺はというと…


「あ、ちょっと待って次郎!」


 園田さんを尾行する次郎をさらに尾行するっていう、いわゆる二重尾行の役をヒナ女史から仰せつかっていた。


「真後ろくっついてきてどうするんだ。」


 足が長い分物凄い速さで歩き出す次郎の後を、慌てて追いかけた俺は、立ち止まった次郎の背中に激突する。


「いって!急に止まるなよ…っ」

「少しここで待って、お前に可能なだけでいいから距離空けてついてこい。」


 次郎が背中の俺に向かって肩越しに教える。


「いいな?」

「……わかったよ!」


 言われるがまま、歩き出す次郎を見送る。

 次郎の背中にぶつけた鼻をさすりながら、俺は奴との距離を目測で測り始めた。


 30メートル… 40メートル…

 黒のジャケットにブラックジーンズ。

 周囲より頭一つ分高い次郎の背中が、どんどん人混みに飲み込まれていく。


 60メートル…!

 よし!こんなもんか?


 見失うギリギリで俺も歩き出す。

 毎日見慣れた次郎の背中を俺が見失うはずはない!そう思っていた。

 ところが、夜の繁華街は思いのほか歩きにくかった。

 行き交う人達が放射線状に移動して、目の前を横切ったり立ち止まったり逆走したりしては、俺と次郎の間に割り込んでくる。

 俺は立ち止まってはまた歩き、背伸びして前方を伺っては、二人のギャップを詰めるために小走りになったりした。

 それに比べて次郎はというと、まるで通りをたった一人で歩いているかのように、誰にもぶつかることなく真っすぐに進んでいく。


「なんだよ…っ ヴァンパイアは人混みでもぶつかることすらないってか!」


 マリオがキラーだらけのステージを潜り抜けるかの如く、右へ左へ体をひねって人々を避け歩いている俺と、夜の闇に馴染む次郎の間には、徐々に距離が広がってきていた。


「そもそもなんで全身黒だ!お前は!ちょっとは尾行する方の身にもなれっての!」


 普段からモノトーンが多い次郎だが、今日も足元の白のスニーカーと、ジャケット下のカットソー以外全部黒という出で立ち。あまつさえあの漆黒の髪である。


 それって後ろから見たら真っ黒だからな!!


 20分ほど歩いて、俺はようやく人通りの多い繁華街を抜け、人気の少ない通りに入った。


 ここを左! って、あれ!?


 通りの角を曲がったはずの次郎の姿を追って、俺は路地のような細い道に飛び込んだ。

 しかし、その先を歩いているはずの次郎の姿はない。

 そこは、明かりの消えた小さな雑居ビルが並んだ通りだった。

 赤提灯の一つも見えない寂れた道。

 俺は途中で次郎と別の誰かを見間違えたのかと思い、慌てて通りの反対側を振り返った。

 でも、そこにも次郎の姿はない。


 いない…… どこいったんだ?


 見失っては作戦に支障が出る。

 そう思って俺は急いでポケットのスマホを取り出した。


 今朝、作戦のためにヒナが全員のスマホに入れたGPSアプリ。

 マップを開けば自分の現在位置と、作戦に従事してる全員の居場所が表示されるはず。

 スマホのロックを外し、立ち上げたままにしてあったアプリを確認する。

 俺の現在位置を示す赤い点が表示された……その時だった。



 ドゴッ ―――



 鈍い打撃音と共に、目の前がスパークしてブラックアウトする……




 いってぇ…………




 上半身がぐらりと前のめりに倒れる。

 視界の端に、街灯のわずかな光に照らされたアスファルトが映る。

 俺はそのまま意識を失った。





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