第4話 トリック・オア・トリート 起きてくれなきゃ悪戯しちゃうよ?
「よし、とりあえず脱げ」
どこかからそんな声が聞こえる。
なんだ?
俺、どうしたんだっけ……。
そう……
物凄い美女が店にやって来て……
1万円置いていって、背流しお願いしますって……
背流しサービスなんて本来うちではやってない……
ってことはやっぱり……
やっぱりそれって……!!
それって……!!
お座敷(二階)でエッ○したいってことーーー?!?!?!?!?!
ズボッ…!!
「ん?」
突然Tシャツの丸首から頭が抜ける感覚。
胸元に冷やりと外気を感じて俺はハッとした。
「なっ……!! 何して……!? 」
気が付けば俺は上半身裸にされていた。
ギャー!! 無理無理!! 無理です!!
いきなりそんな……!!
だって俺……!!
だって俺…………ッ!!
「実はまだ童【ピーッ:自主規制】なんですぅぅううう!!!! 」
…………。
「いいのか。心と声が逆になってるぞ。」
「え?」
ぱちくり。
と目の前の男を見つめる。
「……次郎?」
「おはよう。ホレ、正気に戻ったんならさっさと脱げ。」
「は?」
「それともあれか。脱がせてほしいタイプか?」
「はい!? 」
そう言って俺のベルトに手を伸ばそうとする次郎を慌てて制止する。
「ちょッ待て待て待て待て!! なにこれどうなってんの?? 」
「それはこっちの台詞だ。お前が番台の上で”銅像”になってるって政子が母屋まで呼びに来たんだよ」
「ま…政子って、山本さん?」
「お前、こんなとこで固まって何やってたんだ?」
言われて自分の格好に目をやる。
番台の縁に足をかけ、今にも飛び降りようとする体勢。
しかも
「うわぁ!! なんだこれ!! 」
よく見れば脱がされたTシャツからズボンから全部びっしょりと濡れていた。
「な。脱がして正解だろ? 」
「なんで俺こんな濡れて……!? 」
「政子んとこの翔太が水鉄砲で打ったんだと。動かなくていい的だったそうだ。」
あんのガキ……
「漏らして動けなくなった可能性も考えたけどな」
「漏らすか!! 」
「わかったから。早く脱いでついでに風呂入って来いよ。俺が代わっててやる」
そう言って次郎は番台扉のかんぬきを外す。
「わ!ちょっと待って!」
濡れたジーンズがまとわりついて、思うように動けなかった俺はぐらりとバランスを崩した。
勢い番台から落ちそうになるところを、正面にいた次郎が受け止める。
しょーがねーなー。とこぼしながら次郎は俺の脇を支え、ふわり、と抱え上げてそっと床に下した。
「やっぱ……とんでもない馬鹿力だな。」
子供か女の子みたいに抱え上げられて恥ずかしい。
下を向いたまま、礼代わりにそう言った。
自分から番台入るって言うなんて……
なんだよ急に真面目かよ。
普段アイス食ってばっかの不良ヴァンパイア(仮)のくせに。
急に気遣ってくれちゃって。
「たまには殊勝なこと言うじゃないか。すぐ出てくるから!しっかり店番しとけよな!」
「へいへーい」
「あ!あと石鹸もうすぐなくなるから!足しといて!」
「あいよー」
足に絡みつくズボンを半ば引きずるように脱ぎ捨てて、俺は手ぬぐい片手に洗い場に向かった。
20分後。
熱い湯に浸かってサッパリした俺は、服を着て真っすぐ番台に向かった。
「なんでそんなことになってんだよ……」
番台の縁が隙間もないほどお菓子で溢れかえっている。
ハロウィンか。
「お菓子くれなきゃ悪戯しちゃうぞ。」
「…………」
「おい、起きろ。俺が代わってやるじゃなかったのかよ。なに健やかに眠ってんだ。」
「……んぁ?」
「寝てんじゃねぇ。」
「ふぁーっ!」
気持ちよさそうに伸びをして、次郎が目を覚ます。
俺は山盛りのお菓子を指さして言った。
「これは何どうなってんの?」
「あ……? ああ。俺が番台にいるの珍しいってみんなが置いてった。食う?ハ○チュウ?」
「結構です。」
「おー牛乳もあんじゃん」
嬉しそうに手に取る。
店の牛乳。
お菓子の中に混じる小銭を見るにどうやらちゃんとお代は置いていってくれたようだ。
ジロリアン共め……
本当にどうしてだかわからないが、次郎は地域住民のアイドルだった。
まぁ外見の良さは俺も認める。
顔がいいだけじゃなく手足も長くてスタイルもいい。
ただ不思議なのは。こいつの場合、女の人だけじゃなくおっちゃん連中にも人気があることだった。
例のフェロモンとやらに、みんなやられてんだろうか。
「もういいよ、俺が入るよ。っていうか、桃さんは?」
「ああ、今日はもういいから寝ろっつっといた。」
「そう。」
時計を見ると時刻は10時を回ろうとしていた。
「それでお前。さっきは何がどうしたんだよ」
「さっきって?」
「呆けて固まってただろ。」
「あー……」
そこまで言って俺は何か大事なことを忘れているような気がした。
大事なこと……
大事なこと……
「あーーーーーー!!!!!」
いきなりデカい声出すな。と次郎が俺の口にうま○棒を突っ込む。
「○×▽▲×□●●△◎◎~~~!!」
忘れてた!!美女!!あの美女!!
「何言ってっかわかんねーよ。食ってから喋れ。」
もぐもぐもぐもぐ……ッ
ハムスターみたいに口いっぱいに頬張る俺を、次郎は頬杖ついて見守る。
「ぷはッ!! お客さんが来たんだよ!あの背…ッせな…ッ背流し……お願いしますって……」
自分で言ってて語尾がだんだん小さくなってしまう。
「ほー。男?女?」
「おっ女の人」
「美人?」
「すげー美人だった!たぶんまだ風呂入ってるんじゃ……」
「そうか。それで初心なチェリーは動揺して固まってたってわけか」
「うわわわわわ!な!チェ!! ちょっと!!」
次郎の口から飛び出すNGワードに慌てて両手で蓋をする。
(デカい声で言うな……!! あぁアレは言葉の綾だからっ)
綾ねぇ。と言いながら俺の手を払う。
「バージンの血は格別に美味いんだ。誇りに思え。」
「バッ……?!」
「んで、その女ちゃんと金は出したのか?」
「そ、それなんだよ!400円ですって言ったのに1万円出してきてお釣りはいいって!」
「安いな……」
「安いの!?」
「お前、俺が1万でヤらせろって言ったらケツ出すのかよ」
「出すか!!」
「だろ。まぁ心配すんな。きっといつもの依頼だろ」
「…………依頼?」
「久しぶりだなー。」
「なに、どういうこと?」
「よし!女の特徴教えろ。ちょっくら会ってくる」
次郎はスイっと音もなく番台を乗り越える。
「ちょ!ちょっと!会ってくるってそっち女湯だぞ!」
降りたのは女湯側。
次郎を捕まえようと番台越しに腕を伸ばすがギリ届かない。
「いいから。特徴は?」
「特徴って…髪の長い綺麗な人だよ。こう唇がぽってりしてて……」
「よし、わかった。」
「わかったじゃないバカ!やめろ!まだ他にも女客残ってるんだぞ!!」
痴漢だって通報されるぞ!と必死で次郎のシャツをつかもうとする手が空を切る。
「だーいじょうぶだって。俺、
そう言って、次郎はウィンクして寄越し、衝立の向こうに消えて行く。
「あーッもうッ俺知らないからな……!!」
女性客の悲鳴が上がるだろうと覚悟して目をぎゅっと閉じた。
……………。
……………。
あれ……?
数秒間。
耳を澄ますが何の声も聞こえない。
まさか…… ほんとに気づかれてない?
もしくは女湯もジロリアンだらけで嫌がる人がいないとか?
いやいや。それにしたって驚いて悲鳴の一つでも上がりそうなもんだ。
時間的にもまだお客が何人も残っているだろう女湯からは、普段と変わらない物音や話し声が聞こえるだけ。
「どうなってんだ……?」
俺が番台横で訝しんでいると、そう何分もしないうちに次郎が女の人を連れて戻ってきた。
例のあの美女。
「あ……!!」
美女はさっきとまったく同じ服装髪型で現れた。すっぴんでもない。
この短時間で風呂上りにここまでセットしてメイクしたのか?
それとも……
「風呂に入ってない……?」
次郎の後ろで相変わらず頬を染めながら俯き加減で立っている。
「んじゃ、俺ちょっと出てくるわ」
「は!?」
「閉店までまだ時間あんだろ。他の客もいたんじゃ落ち着いて出来ないしな」
落ち着いて出来ない!? 何を!?
俺の頭はまたぐるぐると回り出す。
「ちょ!ちょっと待てよ!!」
「じゃ後よろしくー」
「よろしくじゃねぇ!待てって!!」
番台を乗り越えようとする俺を、次郎は指さして制止した。
「すぐ戻ってくるから。いい子で待ってろ。」
ガララララッと曇り硝子の引き戸が開く。
美女が俺に軽く会釈をしてその後に続いた。
― ピシャン。
戸が閉まって、次郎は夜の闇に美女を連れ立って消えて行った。
「誰が……いい子だよ」
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