06

 六月になった。


 初ライブから、多分二週間くらい経っていた。

 気の抜けたソーダの様に、私はボーッとしながら花屋の店番をしている。


 花が沢山入っている冷蔵庫の中では、まだ沢山の花が五分咲きで。

 それはお客さんが買って後に満開になる様にするためだとか、そんなどうでも良い豆知識を知るくらい、私もバイトに慣れて来ていた。


 今年大学生になったばかりの男の子も入ってきて、私は早くも先輩だ。

 ベテランパートさんが最近退職して、今は店長を除けばスタッフは私達二人で、最近では買出しに忙しい店長はなかなかおらず、必然的に私が常駐する羽目になっている。


 店の売上げとか、顧客名簿とか、経理とか、面倒くさい事務作業をしながら、販売して、フラワーアレンジメントなんかもやるようになっていて。

 とうとう社員にならないかとか言われ出して、個人経営なのに社員雇うとか繁盛してんだな、なんてどうでも良い事を感じている昨今。


「彩さん、今度一緒に飯でも行きましょうよ」「パス」

「ねぇ、頼みますよ。合コンでもいいっすから、俺」「パス」

「酷いっ……!」


 バイトの大橋君の誘いを適当に右へ左へ流して、私は先日のライブを思い出す。

 凄かったな、あの日は。


 私たちのライブが終わったのを火種に、どんどん加速度的に密度が増して。

 最後の『songs notebook』なんかは、観客全員が吠えるくらいの勢いだった。格の違いを思い知らされた瞬間であり、その演奏を間近で見れたことは、感動以外の何者でもなかった。


「彩さん、マジでデート、デートしてくださいデート」

「弁当? 喰いたい」

「分かりました! 買って来ます!」


 大橋君は何故かそう言うと店を飛び出してどこかへ走って行った。


 私は思う。

 仕事しろよ。


「豊崎」


 げんなりしていると、姿を見せたのはヨネさんだった。


「ヨネさん。珍しいっすね。買い物すか」

「事務所の景観良くするのに花買おうと思ってな。何か良いのあるか?」

「そうっすね、この時期だとコスモスとか、キキョウとかおススメですけど。あっ、ハーバリウムとかどうです?」

「何だそれは」

「花をビンに突っ込んでベビーオイルで浸した奴なんですけど、今結構流行ってて。うちでも作ってるんすよ。ちなみにこれ、私が制作しました」


 私が差し出したのはピンクのハーバリウム。

 透明なビンに入った花を、オイルが包んでいる。

 下は濃い紅色の花にして、上は桜の花びらで徐々に淡くなるようにしてあった。我ながら力作だ。


「いいな。いくらだ?」

「二千万す」

「じゃあ、二千円で」

「ちぇっ、ケチ」


 唇を尖らせながらも、私はハーバリウムを緩衝材で包む。

 すると「バンドはその後どうだ」とヨネさんが言った。


「おかげ様で順調っすよ。と言うか、あれ以来ライブの誘いがめっちゃ来るって冴が言ってました」

「いいライブだったな。オープニングアクトって結構飲まれがちだが、お前らはバッチリ決めてたよ」


 そう言うヨネさんは何だか嬉しそうだ。

 多分、昔の……仲間だった頃のゆっこさんが戻ってきたのを見て、嬉しいんじゃないだろうか。

 なんて思ったり。


 六月だけど、今日は何だか凄く晴れていて。

 夕方の日差しが、店内にまで満ちていて。

 街がやさしく包まれているかのような、そんな気さえする。


「で、次はいつ出るんだ」

「今月の後半に、井堀さんに誘ってもらったイベントに出ようかと。月一ペースって感じですけどね」

「早く俺にレコーディングさせろ」

「もうちょっと待ってくださいよ」


 その時、マナーモードになっていた私のスマホが震えた。

 何気なく見ると、冴からの電話だった。珍しい。


「電話か?」

「ええ、まぁ。でも仕事中だし、後ですね」

「いいぞ、別に出ても。客って言っても俺だし、他にいないんだから」

「じゃっ、ちょっと失礼しやして」


 私が電話に出ると「フェス出るで」と、開口一番、冴は言った。


 フェス?


「フェンス?」

「フェス」

「フェスティバル?」

「そう、フェスティバル。しかも野外や。ギルガメの奴らがな、うちらをプッシュしてくれてん。あのライブ見て、相当あいつら、うちらを意識してるみたいやな」

 得意気な冴の声は、何だか私まで嬉しくしてくれる。


 そっか、認めてもらえたんだ。

 よかったね、冴。


 ライブが終わったからって、何かが大きく変わったわけじゃない。

 私もまだ、答えを見つけられないでいる。


 この先どうするのか。

 この先どうなるのか。

 何も決まっちゃいない。


 それでも、あの日のライブは、私に何かの始まりを予感させてくれている。

 色んな可能性が、私の前には提示されていて、今、まさに広がっていこうとしている。


 大丈夫。

 どんな方向にでも、私は歩む事ができる。

 だから、今は。

 全力で駆け続けてみよう。

 行けるとこまで。


 ゆっこさんと、冴と、三人で。


 道が絶えるまで、私は走り続ける。

 なくなったら、新しい道を探せばいい。

 この三人なら、絶対すごいことが出来るから。


「じゃ、出よっか。フェス!」


 だから今は、サンライズと共に、歩んで行きたいと思っている。



 ――了

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