04

 リハーサルはトリであるソングスから順にやって、だんだんと出演が若い順に、そして最後にやるのが私たちと言う、逆リハの形で行われる。

 逆リハの利点は、セッティングせずともすぐにライブを始められるスムーズさにある。その分、あんまり緊張感はないけれど。


 順番を待つ間、暇なので私たちは他のバンドのリハーサルを見学していた。

 リハーサルでは音のバランスを整えたり、ステージ内部のスピーカーから返してもらう音を調整して、やりやすいステージ作りをするのが主な目的だ。


 実際にアンプから音を出して、内部と外部で聞こえる音の齟齬そごをなくしたり、演奏していて気持ちよく出来るか、互いの音がちゃんと聞こえるのかを確認し、調整する。

 ここをちゃんとしないと、ベースばかりがでかくなったり、ギターが耳に痛かったり、演奏中に他のパートが聞こえなくなって曲を見失ったり、と言う事故が起きてしまうのだ。


 ライブ中はみんな全力で演奏するから、自分の耳と感覚だけが頼り。場所によっては他の音が聞き取りづらいパートもある。ドラムなんかはまさしくそれだ。

 スピーカーは前を向いているし、誰よりも後ろにいる。だから、音は自然と自分のところに届く事はない。

 だから、ドラムのすぐ足元に置かれている、内側のスピーカーだけが命綱。


 当たり前だけど、セミプロみたいな人ばかりが集っているから、やっぱりすごく上手かった。みんな半分くらいの力で、流して演奏しているのに、耳から入ってくる音はガチガチで。

 私とは経験値がそもそも違うのを、嫌でも感じさせられる。

 それでも、ゆっこさんはまるで子供みたいに、目を輝かせていた。


「いいね、ライブ前のこの感覚。わくわくする」

「ですね。これでリハなら、本番はヤバそうだなって」

「出演させてもらって、演奏まで見られるんだから、贅沢なもんだよ」


 私たちが和気藹々わきあいあいと話している中、冴の表情はどこか固い。まだ緊張が解けてない様だ。バンドマンとしては一番先輩なのに。


「冴?」

「ん……大丈夫」


 ギルガメッシュのリハを見ていた冴は、強張った中にも、どこか寂しそうな表情をしていた。

 本人は平気だ何て言ってるけど、その表情からは、まだ未練があるのが分かった。

 冴が前のバンドにいた時のことはあまり知らないけれど、きっと色々な事があったのだと思う。この子のことだから、何時間も曲について考えただろうし、ずっと練習してたんだろう。それだけに、思い入れはとても深かったんだと思う。


 なのに、スパッとクビにされてしまって。

 悔しさと、やりきれなさが、気持ちの中でせめぎあっている。

 冴の表情からは、そういった感情が用意に読み取れた。


「私とゆっこさんは、サンライズが好きだよ」

「えっ? 何や、急に」

「いいから聞いてよ。サンライズのベースは、他の人でいいなんて思ってない。冴じゃなかったら、私は嫌だ。そこで、サンライズは解散。冴はどう?」

「どうって?」

「サンライズのメンバー。私達以外でも良かった?」

「それは……嫌や」

「じゃ、今ある自分の場所を、前の場所より良くして行こう」


 話しながら、前も同じような話をしたことを思い出した。

 あの時、冴は平気そうな表情をしていたけれど。

 でも、平気な訳ないと私は思う。

 長く居たんだったら、本気でやってたんだったら、なおさら。


 だけど、それで今いる場所を否定したり、ないがしろにして欲しくない。


「冴がギルガメ好きでもいいよ。でも、サンライズも好きになってほしい」

「何言ってんねん。……好きやで。みんなも、サンライズも」

「そだね」

「おい、次サンライズだぞ」


 声をかけられ「んじゃあやりますかぁ!」と冴が立ち上がる。


「私たちの演奏をしよう」とゆっこさん。

「まぁ、まだリハーサルですけどね」

 私たちは少し笑う。リハでこんなに張り切ってるバンドなんて私たちくらいだ。


 ステージで、各々準備していると、冴が私たちに声をかけてくる。

「ええか、二人共、リハは音作りが大事や。上手く演奏なんかせんでええから、やってて気持ちええ感じに音整えんで」「冴」

 私は冴に声を被せた。

「一応私たち経験者だから、そこらへんは大丈夫」

「注意されなくても、わかってるって」

「そ、そう」


 いまいち浮き足立っているような、現実味を帯びていないような、そんな感じ。

 多分冴は、ライブだから緊張してるんじゃない。

 自分の中でプレッシャーを高めてしまってるんだ。

 自分は見られている。評価されてるって。


 私やゆっこさんは、初ライブなんだからやれることをやったら良いって思ってる。

 冴も口ではそう言っているけれど、前のバンド仲間や、先輩バンドに絶対認めさせようって意気込んでる。冴は負けん気が強いから、なおさらだろう。

 

 その意気込みは、時に自分を追い込んでしまう。

 何か、私から言ってあげられる事はないかな。

 冴の姿を見ながら考えるも、なかなか思いつかない。


 ゆっこさんのギターの音が鳴る。私もセッティングを終えてスネアを叩いた。スコンスコン、持参したスネアは事前にチューニングしてあって、我ながら良い音が鳴る。


「んじゃ、準備できたら一曲頼む」

 井堀さんの声がスピーカーから聞こえる。


「何からやる?」

「いつものでいいんじゃないですか?」

「OK」


 私たちが軽く音を出すと、ステージに視線が注がれるのがわかった。ゆっこさんの声が、返しのスピーカーから聞こえてくる。


「どう? 二人とも」

「ドラムにもうちょっとベースの音返してください」

 私がPAに声をかけるも、反応がない。どうしたんだろ。


 ふと見ると、ソングスの三人が前に出て来て、私たちのリハを眺めていた。すごく真剣な顔だった。

 この三人がこの距離で見てくるのは、なんだかプレッシャーだ。

 なんだか、少し辺りの様子がおかしくて、私とゆっこさんは顔を見合わせた。冴はいっぱいいっぱいで、こちらはこちらで様子がおかしい。演奏は上手いけど。とにかく、変な感覚だ。やり辛い。


「あの? すいませーん」

「あ、あぁ、すまん。バスドラだったな」

「いや、ベースです」自分の音はいらない。

「ベースか、了解」


 リハを終えて、楽器をそのままにステージを降りる。このまま開場すれば、そのまま演奏できるって算段だ。

 時間までどうしよっか、と話している私たちに、幸さんが「お疲れさま」と声をかけてくれた。ソングスの面々も揃ってそこにいる。


「いいじゃんいいじゃん、格好いいよ、サンライズ」

「うわー、ありがとうございます!」

 私はペコペコと頭を下げる。

「そっちのギターさんは、豊崎さんと冴ちゃんのお知り合いだっけ?」

「えっと、私の大学時代の部活の先輩で……」

「木村です」ゆっこさんが続きを巻き取る。

「そっかぁ」


 そう行って目を輝かせている幸さんの表情は、なんだか特別な感情が込められている気がして。私が不思議に思っていると「ゴメンね」とソングスのギターの人が、こっそり私に声をかけてくれた。


「ギターの木村さん、死んだ幸の姉によく似てるんだ」

「幸さんの?」

「僕らのバンドは、本当は四人でやる予定だった。もう一本のギターで、僕たちのまとめ役になるはずだった奴だ。でも、事故で亡くなってね。……木村さんの歌声と、演奏の仕方、あいつを思い出すよ」

「めっちゃ似ててビビったわ」ソングスのドラムの三月さんも話に入ってくる。

「ひょっとして、さっき井堀さんがボーッとしてたのも?」

「多分井堀さんもビビってたんちゃうかな」

「だろうね」


 そっか。

 当たり前の話なんだけど、バンドには、それぞれドラマがある。

 バンドごとに、結成理由とか、それまでの歴史があって。

 この人たちも、最初は私たちみたいな感じだったのかな、なんて当たり前の事を、いまさら実感する。


 そこまで考えて、私は、一つ気付いた。

 幸さんがいつも買ってた花。

 部屋に飾るのかなって思ってたけど、多分あれは、お姉さんのための花なんだ。


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