03
ライブ当日。私たちは駅で合流して、目的地へと向かった。
ライブハウス『
この辺りじゃ一番の老舗だ。
歴史も長く、店長は個人でラジオをしているくらいの有名人。
若手バンドが大きなイベントや有名バンドとツテを作るための登竜門的なライブハウスで、結構敷居が高いイメージがある。
普通のライブハウスなら音源を送ってライブに出るところなのだが、ここは一度店長に曲を聞かせて、場合によっては出演出来ないこともあるらしい。
「『noah』だ、懐かしい。学生の頃良く来たなぁ」
硬くなる私をヨソに、全く緊張した面持ちもなく、ゆっこさんが呑気な声を出す。
「ヨネさん、そう言えばよくここでライブしてましたよね」
「私もよく出てたよ」
「えっ? そうなんですか?」
オリジナルバンドをしていたなんて初耳だ。
「ヨネのサポートだけどね。一時期ギターが抜けた時、こっそり組んだ事があって。店長元気かなぁ」
「へー……」
冴は当然出た事あるだろうし、私だけ初出演か。少し楽しみで、少し不安。
ふと横を見ると、冴がこれまでにないほど硬い顔をしていた。
どうした、と聞くまでも無い。
尋常じゃないほど緊張している。
「冴?」
ポンっと、肩に触れると、冴の体がビクリと跳ねた。
「ほ、ほな行こか!」
歩き出して、ドアの枠に背負っていたベースが引っかかり「何事!? 何事!?」と一人で騒いでいる。お前が何事だ。
「冴さん、大丈夫かな」
「大丈夫じゃないでしょ、あれ……」
中に入ると既に他の出演バンドが集っており、その中に幸さんの姿もあった。各バンド、当然ながらそれぞれ知り合いらしく、
その中に入り込む私たちは、さながらコーヒーの中のミルクみたいなものだ。完全に異質な存在。かき混ぜないと、なかなか混ざらない。
「あ、どうもよろしくお願いしまーす」
私は腐っても元社会人。女子力笑顔で愛想笑いを浮かべていると「やっほー! 豊崎さん!」と幸さんが声をかけてくれた。
「待ってたよー。紹介したかったんだ」
「いやぁ、お呼びいただき参上いたしやした」
「そういう小ネタいいから、早く早く! 嘉代子さーん、大城さーん、この子が私一押しの子です!」
背中を押され、奥へと連れて行かれる。
そこに、ギターを持った細身の男性と、ドラムスティックでストレッチをする天然パーマの女性が一人。
『songs notebook』のギター大城さんと、ドラムの三月さんだとすぐ分かった。本物だ。
「えっと、この子が私の行きつけの花屋さんの店員の豊崎さん。こっちの二人が同じバンドの――」
「ギターの木村です。あと……ベースの」
そこであれっ? となる。
冴の姿がなかった。
見ると、壁に虫の様にくっついている。
「冴、今挨拶してるから、早く!」
私が冴を壁からメリメリとはがすと、どこからともなく「あっ!」と声がした。
「ギルガメの冴じゃん」
「ホントだ、冴だ」
「冴ちゃんだぁ。久しぶりぃ」幸さんまで声を弾ませる。
そう言えば、冴が元々所属してたバンドも今日出るんだ。という事は、前々から、この辺りのメンバーとは交友があったことになる。冴の事が知られていても、当たり前なのだ。
冴にとってはここはホームであり、アウェイ。
だからあんな緊張してたのか。
周囲が騒然とする中、冴はまっすぐ立っている。その姿は、何だか酷く儚げで。
その時、私はこの子がまだたった二十歳の女の子だって実感してしまったのだ。
「何で豊崎さんが冴ちゃんとバンド? どういうつながり?」
「いや、何か、話せば長くて……色々面倒くさいんですよ、事情が」
私はそう言うと、冴の両肩をがっしりと支える。冴は一瞬ビクリと肩を震わせた。
「でも、今日は前座でも、私たちやりますから! バッチリガッツリ! 盛り上げます」
おぉー、と言うよくわからない歓声が上がる。自分で言っていて、なんだかひどく気恥ずかしい。
「こんちはー」
と、その時入口から聞こえて来た声に、冴が再び体を強張らせた。
私たちが振り返るのと、背後から「あっ……」と声がするのはほぼ同時。
マスロックバンド、ギルガメッシュのお出ましだ。
「なんでここにいるんだよ、お前」
ギターを担いだ男性が声を出し「なんでって……」と冴の声が尻すぼみになる。
「冴、言ってあげなよ」
「彩」
私はそっと耳を近づける。
「宣戦布告だ」
冴は一瞬笑みを浮かべたかと思うと、不敵に笑って頭を下げた。
「今日急遽出ることになったサンライズです。どうも、よろしく」
「えっ?」
「うち、新しくバンド組んだから。この二人と。今日は全力でやるし、よろしく」
ギルガメッシュの面々は、困惑した表情を浮かべる。クビにしたメンバーが戻って来たのだ。当然かもしれない。
不穏な空気が流れそうになる中、誰かがパンパンと手を叩いてる場を納めた。
「いいからお前ら、リハするから、そこらへんにしとけ」
店長の井堀さんだった。
「わかってると思うけど、人のレコ発にケチつけるような事すんなよ?」
井堀さんが言うと、ギルガメッシュの人が頭を下げた。
「わかってますって」
井堀さんは、続け様に私たちに目を向ける。
「お前らも、誰のおかげでここにいるのか、忘れんじゃないぞ」
ギクリとする。調子に乗りすぎたか。
身をすぼめていると、井堀さんは冴の肩をポンと叩いて「お帰り」と言った。
冴は、その言葉に目を潤ませて、黙って頷く。
ええ話やん。
「お前さんは、米沢と出てなかったか?」
井堀さんは、今度はゆっこさんを見ると、軽く首を傾げた。
「え、そうです。覚えててくれてたんですか?私、サポートだったから目立たないようにしてたのに」
「いい音鳴らしてる奴は忘れないんだ」
井堀さんはそう言うと、愉快そうに肩を揺らした。
なんか、ライブハウスの親父って感じで、安心する。
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