02

 数日後。

 私が花屋のバイトをしていると「こんにちは」と声を掛けられた。

 幸さんだった。


「今日もいつものやつ、お願いできますか」


「あ、はい……」


「どうしたの? 元気ないけど」


「あ、いえ。あの、今度のライブ、よろしくお願いします……」


 西川幸。

 songs notebookのベースで、柔らかく包み込む丸いベース音が特徴的なプレイヤー。


 私は愚かだった。

 今回のライブが決まったのは、ヨネさんの協力があったのはもちろんだけど、幸さんがソングスのベースだったからだ。


 私たちの曲をソングスの人に聴いてもらって、ソングスの人がめちゃくちゃ気に入ってくれて、それで決まったんだとばかり思ってた。


 まさか、紹介も決定もコネだったとは。

 しかも私の。


「いつ知ったの?」


「えと、つい数日前……と言うか、これだけ数年間聴き続けて知らない方がどうかしてました」


「あはは、いや、良いよ。私バンドだとあんまり目立たないから」


「いえ、大変失礼致しましたぁ!」


 私がその場で土下座をぶちかますと「おぉ……」と幸さんは声をだした。


「まさか本物の土下座を目の当たりにする時がくるとは」


「ほんっとうにごめんなさい! ベースの方の顔も知らないのに、対バン(競演)だなんて。失礼すぎてもう私、顔を上げる事ができません! 枕も向けて寝られません!」


「枕じゃなくて足でしょ……。大丈夫だから。そろそろ顔上げよう?」


 ふと、店の入り口を見ると道行く人たちが何事かと店の中を覗き込んでいた。


「見せ物じゃない!」


 私が叫ぶと野次馬達は蜘蛛くもの子を散らしたように逃げていった。


「まったく……」


 まさかあんなに目立っていたとは。店長がいないのだけが幸いしていた。


「あはは、やっぱ豊崎さん、面白いね」


 愉快そうに幸さんが笑い、私も釣られて笑う。すると、彼女はふっと表情を正した。


「でも、一緒にライブしたいなって思ったのは本当だよ。うちのギターも、ドラムも」


 ドキリとした。

 という事は、私がヨネさんに渡したスタジオでの練習音源。

 アレをソングスの皆が聞いたという事になる。

 それを聴いた上で、私たちは対バンに選ばれたのだ。


 それは、音楽的にも、演奏的にも、私たちが認められたって事で。


「あの曲で、ギャルバンで、スリーピース。すごいバンドが出てきたねって、皆で言ってたんだ」


「幸さん……」


「だからね、豊崎さん。絶対良いライブにしてよ。初ライブで、全員ひっくり返るようなさ」


 期待のこもった目だった。その目には、しっかりと光が宿っていて。


「それに、知り合いだからって優遇するほど、私たち甘くないから!」


 私はその光を絶やさない為に、全力を費やそうと決めた。


 ○


 最後の練習は、ライブの二日前。

 仕事終わりのゆっこさんと待ち合わせて、深夜スタジオに、三人で入る。

 ライブの二日前に六時間もスタジオに入るバカなバンドなんて、私達だけかもしれない。

 それでも、自分達の出来る最善を尽くしておきたかった。


 スタジオもいよいよ大詰めで。

 私たちの曲は、着実に仕上がりつつある。

 ライブ用のアレンジもした。

 各パートの練習も完璧だ。

 曲順も決めて、本番に向けての準備はほぼ整っている。


「連休もらえてよかったよ、本当」


「そですね」


 談話室で、私は煙草を吸いながら腰をさする。

 深夜三時。スタジオは五時まで取っている。

 あと二時間もあるのか、あと二時間しかないのか、なんて想いが色々と混ざっていく。


「準備は上場。後は本番を迎えるだけや」


 スマホを弄る冴はなんだか、上機嫌だ。


「ギルガメッシュ喰えるかな」


「全然行けるわ。って言うか、絶対喰ったる」


 冴にとっては、これは過去との決別なのかもしれない。

 私たちは、バンドを組んで半年。

 時間が経つのは早いな、なんておっさん臭い事を想ってしまう。


 スタジオは、週に一回くらい。

 三人で飲んだ回数はちょっとだけ。


 冴の事は、正直全然知らない。

 どんな過去を送ってきたのか、何でバンドやってるのか、今どんな生活を送ってるのかすら、あんまり良く分からない。

 

でも、何となく何を考えているのか、何がしたいのか、機嫌がいいのか、悪いのか、そんなものが、雰囲気で分かるようになっていた。


 だから、何となく分かるんだ。

 このライブは、冴にとっては、過去との決別なんだって。


 じゃあ、私は?

 私たちにとって、このライブは、何なんだろう。


「ゆっこさんは、このライブが終わったら、どうするんですか」


 突然の私の質問に、冴もゆっこさんもキョトンとした顔をする。


「え? どうって……別に解散したりするわけじゃないよね」


「そりゃあそうなんですけど、何となく精神的に。何か変わるかなぁと」


「変わらないでしょ。でも、またライブが出来るなんて思ってなかったから、嬉しいけどね」


「確かに、そうかもしれません」


「何や、彩。何かセンチメンタル入ってんな。ええ歳して」


「歳は余計」


「でもやで? ライブ一本なんかで、人生は変わらへんから」


「確かにそうかもしれないけど、明日のライブって私たちにとって意味あるライブじゃん。冴にとっても、私にとっても、ゆっこさんにとっても」


「かもね」


「だからさ、何か、心の整理と言うか、抱負みたいなの、立てときたいなって」


「抱負と言うか、私はMCが不安だな」


「あ、じゃあMCはうちが話すわ。明日のチケット、もうさばいとるしな。利益も出とる。黒字や」


「えっ?」


 私とゆっこさんは止まった。

 活動もしてないのにどうやってさばいたんだ。

 いや、明日のライブはすごい面子だから、それは決して難しくはないかもしれないけれど。


「実は既にSNSでスタジオ動画度々上げとるんや」


「マジかよ」


 ネットに上げているのは知っていたし、私達も許可していたが。

 ちょっと要領よくやりすぎじゃないか。


 冴の商才がなんかすごくて。なんだか笑えて来た私とゆっこさんは、二人して噴き出した。


「どしたん? なんで笑ってんの?」


「別に。もういいや」


 私たちはクスクスと笑う。深夜のテンションもあって、何だか笑いが止まらない。


「頑張りましょ、ライブ」


「そうだね」


「なぁ、何で笑ってんの?」


 大丈夫。

 この三人なら、絶対すごい事ができるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る