Stage06 これが私達サンライズ。
01
私たちは初ライブで、初対面。
しかも相手はセカンドアルバム発売開始のレコ初ツアー。
さらにそのCDは、日本全国のCDショップの店頭に並ぶという。
私たちを呼んでくれた『songs notebook』と言うバンドは、間違いなくすごいバンドだ。
「
私がうっとりと溜め息を吐くと、ゆっこさんが口を開く。
「三月さんって、ドラムだよね。三月って変わった名前だけど、偽名? バンドネーム的な」
「いや、これ本名」と冴。
「そうなの?」
「せや」
冴はやっぱりバンドに関して詳しい。
私は特に何の疑問も抱いてなかった。
ただ、今そんな事はどうでもいい。
「ソングスの三月さんは、私の憧れの人なんです。間違いなくこの人のドラム目指してやってきました」
「まぁ、確かに面影はあんな。スティック短く持つとことか、独特のスネアフレーズとか」
「だっしょだっしょ? でも本家には到底及ばないんだ、これが。格好いいっしょ?」
「女ドラマーかぁ。これだけガシガシ叩いてると、格好いいねぇ」
ライブ近付く一週間前。
その日は、私の家に集って、三人で決起集会をやっていた。
私が持っていたソングスのライブDVDを見つつ、缶チューハイを皆でチビチビやりつつ。
二人と違って私はロング缶だけど。
ソングスは、私の憧れのバンドの一つ。
歌なしの……いわゆるインストゥルメンタル。
何回も聞いたし、何度もコピーした。
難しくて何年もかかった。
それでも真似しきれない、独特の勢いがこのバンドにはある。
三人のグルーブが、もう一本、ギターの音を響かせる。
その噂で有名になったのは、彼らの代表曲『仮歌』。
そんな彼らのライブに、私たちは出演者として呼ばれた。
もちろん、前座だけど。
「他のバンドも色々ヤバイの出るみたいやな」
冴がスマホを見ながら言う。
「何見てんの?」
「え? ツイッターにあるソングスのアカウント。ライブの事が告知されてんねん。ちゃんとサンライズも記載されとるで」
ツイッターは、一言でつぶやく、と言うのがコンセプトのSNSだ。
といっても、私はやったことがない。
面倒臭そうなので。連絡ツールにならないSNS系統はだいたいやらない。
学生時代、その性分のおかげで一時期友達の話題から取り残されたこともあった。
「toとか、LITとかとも対バンしとる。ホンマ大御所のバンドや」
「彩ちゃん分かる?」
「いや、とんと」
私たちは……というか特に私は、音楽が好きな癖に、何故か音楽には疎い。
色々バンド名を読み上げては感心した声を上げていた冴だったが、あるバンドのところで、ピタリと声を止めた。
「ギルガメッシュ……」
「ギルガメッシュ? すごい名前。なんかビジュアル系っぽいね」
「うんうん、ゲームの敵役にいそうだ」
「わ、悪かったな……」
うん? と私はゆっこさんと顔を見合わせる。
冴の顔は、真っ赤だった。
「うちや」
「何が」
「そのバンド名つけたん、うちや」
ものすごい沈黙が、辺りを包む。
ぷっと、私とゆっこさんは吹き出した。
「はは、ご冗談を」
「ちょっと、悪い冗談はやめなよ、冴さん」
しかし、冴は首を振った。
「冗談ちゃう。ギルガメッシュは、うちが前所属してたバンドや」
私たちは笑うのをやめ、顔を見合わせた。
なるほど。
そういえばこの子、バンドクビになって私と組み始めたんだった。
とんだ藪蛇だ。
マスロックバンド、ギルガメッシュ。
超絶技巧派バンド。
ギターのタッピングとベースの太くどっしりとした音色と複雑なライン、千手観音と言われたドラムの技巧が聴く者を魅了し、エモーショナルにこだまする。
新メンバーを引き入れてその勢いは加速度的に上昇。
フジロックフェス、朝露JAM他、野外フェスに多数出演。香港、イギリスでのライブも成功に収め、songs notebookを始め、多くのバンドと競演を果たす。
「だってさ」
「この紹介文に書かれてる『太くどっしりとした音色と複雑なライン』のベースが冴さんなの?」
「せや。『songs notebook』とも対バンしとったわ。……前まではな」
私のスマホを、三人で覗き込む。
公式ホームページが表示されていて、そこにバンドの紹介文が載っていた。
それを見て、冴だけが何だか悔しそうだった。
「どうしたの、そんな顔して」
「あいつら、アー写変えとる。っていうか、もう新しいメンバー見つけて、海外遠征まで済ませとるやんけ。ホンマはうちが行くはずやったのに……」
「アー写?」
「アーティスト写真の事……」
ゆっこさんが小声で耳打ちしてくれる。なるほど。
「なんでクビになったんだっけ。細かいとか、うるさいとか言われたんだっけ」
「それは後付けでな。発端は。うちがギターと揉めたんや。バンドの音作りに合わせて、プレイスタイルを変えろって言われて、カッとなって言い返して。メジャーも見えとったさかい、すごいピリピリしてて」
私とゆっこさんは声には出さず、驚愕する。
そんなすごいとこまで行ってたのか。
「そしたらな、うちのせいでスタジオ空気悪なるとか言うねんで! お前といるとスタジオおもんなくなるとか言われた」
結構ひどいこと言われてるな。
確かに冴はスタジオでは厳しいけど、そこまで言うほどだろうか。
私とゆっこさんも何だか疑問だった。
ただ、少なくとも良い別れはしていない。まぁ、私は実際クビにされた現場に遭遇していたから、大体分かるけど。
私たちの初ライブ。
共演相手が冴の因縁のバンドで、しかも先輩で、メジャーデビュー間近で、海外や野外フェスにもバンバン出ているバンドで。
やりにくくて仕方ない。
「ライブ動画とかないの?」
「ある。ネットにあがっとる」
私は早速ノートパソコンをテレビに繋いで、ネット動画を映した。
いる。
確かに冴だ。
動画の冴は、今と違って何だか派手だった。
いかにもバンドギャルですって感じ。
それに、音も今と違ってゴリゴリしてる。
時々変な音を出したり、詳しい事はよくわかんなかったけど、とにかくなんか凄い事してるのはわかった。
マスロックは良く分からなかったが、得てして手数と技術力がモノを言うらしい。
曲中に頻繁に拍子が変わって、曲構成も複雑だ。
そして、とにかく緊張感が漂っている。
一度置いていかれたら最後、再び曲の流れに乗れなさそう、というのが私の感想。
少なくとも、私がこんなの叩けって言われても、三十年は練習しないと出来ないだろう。
どう言う思考回路してたらこんなの作れるんだろ。
「この曲はうちが作ってん」
「作ったのあんたか」
こう言う人が作るのか。
「何でクビになったんやろ……」
ギョッとした。
体育座りした冴は、膝に鼻先を埋めて涙ぐんでいた。
酒が入っているせいか、感情的になっているみたいだ。
私もゆっこさんも、どう反応したらいいか分からなかった。
まだ前のバンドに未練があるんだろうか。
「冴はさ、今もこのバンドに戻りたいの?」
「知らん。でも、クビにされたってのが悔しい」
「まぁ、確かに。クビにされたら悔しいよね。実力不足とか言われてるみたいで」
「せやろ? うち、この中の誰よりも練習してる自信あったし、誰よりも上手いつもりやった」
「うんうん。冴は今も頑張ってるよ」
「そうだよ冴さん。ライブで見返してやろう。喰っちゃおう」
「ある日ギターの秋山がな、告って来てん」
「うん……うん?」
雲行きが怪しい。
「ライブ終わりの打ち上げでな。うちは終電逃してもうて、秋山と、ドラムの広沢と一緒に三人で秋山の家で泊まったんや」
「それで……?」
震える声で私は尋ねた。
「広沢泥酔してて、先寝てもうてな。うちと秋山で録画したライブ動画見ながら、話してた。なんか、寂しなったら音楽聴くねんって話しててんな。そしたら、秋山が『その寂しさ埋めるの、俺じゃダメかな』って」
おぉ……、甘ずっぺぇ。
その様な空気が私とゆっこさんの間に流れた。
臭いけど、計算の無い、純粋な恋愛模様な気がする。
人が告白した言葉を聞くのは何だかむず痒い。
学生時代を思い出す。
まぁ、私は無縁だったが。
失われた過去の切なさを感じる。
「んで、あいつ、キスしようとしてきた。って言うか、ヤろうとしてきたんや。酔ってた勢いやろうけど」
「えっ!」
「そ、それで、しちゃったの?」
「してへん。その場でフッたったわ。アレがなかったら、付き合ってたかも知れへんなぁ」
もしかしたら、それが原因でクビにされたのかな、なんて邪推してしまう。
「冴」
「ん?」
「多分クビになったの、冴が原因じゃないよ……」
まぁ、痴情のもつれでしたか。
主に男性方の性欲的な。
冴は、確かに見た目は軽そうに見える。
でも、心はかなりしっかりしてる。
芯があって、強い子だ。
だから、お酒の勢いとかで、つまらない事はして欲しくない。
ひょっとしたら、そのバンドメンバーも分かってたのかもしれない。
酔った時の衝動とか、そういうのでメンバーに手を出そうとしてしまったって事。
それが理由で、切り離したんじゃないかな。
なんて。
「もう一本飲みますか」
私は冷蔵庫からチューハイを三本取り出して、二人に渡す。
ギルガメッシュの動画はこれ以上見ていたらまた湿っぽくなりそうだったから、ソングスの動画を適当に探してポチリとクリックした。
「うん?」
そこで、私は気付く。
ベースの人が、よく見知った顔である事に。
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