04

 ゆっこさんと共にパスタ屋さんに戻ると、お母さんは誰かと座っていた。

 一瞬困惑し、私は目を細める。


 なぜかお母さんと一緒にいるのは、ヨネさんだった。


 何でここにヨネさんが? えっ? どういうこと?

 瞬時に私の頭が大混乱に陥る。


「あれってヨネだよね」


「多分……」


 私たちが小声でささやきあっていると、ヨネさんが気付いた。


「木村、豊崎」


「よ、久しぶり」


 ゆっこさんが軽快な調子で返事する。

 ゆっこさんを見たお母さんは首を傾げた。


「彩、そちらの方は?」


「え? 大学の先輩のゆっこさん……て言うか、何でお母さん、ヨネさんといるの?」


「いや、パン買ってたらお前が店から飛び出してきたのが見えてな」


「だからって普通話しかけないでしょ!」


「母さん、最初ナンパかと思ってドキドキしちゃったわ」


「あるわけないでしょうが!」


 そう言えばこの店は黎明堂の前だった。

 とは言え、相変わらずすごいタイミングだな、ヨネさん。


 色々と聞きたいことはあったが、何となくなし崩し的にそのまま四人でテーブルについた。

 私のパスタは下げられてて、お母さんは食べ終えてしまっていたから、ゆっこさんとヨネさんの食事を眺める形になる。

 食べるんだ、とは思いつつも、迷惑をかけたのは私なので何も言えなかった。


「お母さん、てっきり店出たのかと思ってた」


「出るわけないでしょ。すぐ戻ってくるってわかってんだから。あんた、昔からそう。熱しやすく冷めやすいし、怒って出て行ってもすぐ戻ってくる。何年母親してると思ってんの」


 さすがと言うか悔しいと言うか。何だか釈然としない。


「彩、バンドやってるんだってね」


「んぶふぅ!」


 飲んでたコーヒーが鼻から出た。

 わっと、ヨネさんとゆっこさんが身を引く。


「何で知ってんの」


「米沢さんから聞いたわ」


「ヨネさぁん……」


「口挟むのもどうかと思ったけど、一応な」


「ギターは、大学時代の先輩って聞いたんだけど……そっちのあなた?」


「えっ? あ、はい。木村と言います。お世話になってます」


「失礼ですけど、お仕事は何を?」


「えと、電気屋さんで働いてます」


「ま、電気屋さん! 今度買いに行ってもいいかしら?」


「え? ええ、もちろん」


「お値段、期待しちゃお」


「お母さん、やめてよそう言うの。ゆっこさん仕事終わりで疲れてんの! そういう話、仕事外でされるのしんどいんだから!」


「あらそう? ごめんなさいね。……それで、彩。一つ聞きたいんだけど」


「何」


「あんたのやってる事、それは本気でやってるの?」


 何だか、緊張した。


「何も真剣にやってないけど、バンドだけは本気でやってる」


「そ。まぁ、それもどうかと思うけど」


 お母さんはそういうと、そっと優しい笑みを浮かべた。


「あんたが本気なら、もう何も言わないわ。好きなようにやってみなさい」


「お母さん……」


「でも、答えは必ず出すこと。挫折なんてしたら、母さん許さないから」


「うん」


 お母さんの視線はまっすぐだった。

 その視線を、私も真正面から捉える。

 反らしてはいけない気がした。


 お母さんはいつもそうだった。

 口うるさいし、小言も激しいけれど、子供が本気でやっていることを否定しない。

 そして、上辺だけで本気をうたっていても、誤魔化せない。

 それが、我が家の母親なんだ。


「でもね、彩。もしあんたが何も上手くいかなくて、挫折したその時は」


「実家に戻ればいいんでしょ」


 するとお母さんは首を振った。


「そこの米沢君に責任とって結婚してもらいなさい」


「えぇっ!?」


 私も、ゆっこさんも、ヨネさんすら驚きで声を上げた。

 なんでそうなる。


「体よく婿候補が出来たかと思えば、安いものね、娘の将来」


「いや、お母さん、この人そう言うんじゃないから……」


「大丈夫大丈夫。習うより慣れよ。米沢さん、ふつつかな娘ですが、よろしくお願いしますね」


「え? あ、は、はぁ……」


「いやいやいや、そうはならんやろ! 黙って聞いてたら、何でそうなんの」


 急な関西弁が降り注いできて、四人してそっちを見る。

 なぜかそこに、ゴスロリ姿の冴が立っていた。


「あら、メイドさん? ここってメイド喫茶だったの?」


「いや、違う違う。って言うか冴、何でここにいんの?」


「外歩いてたら見知った顔がつどってたから。何か気になってん」


 お前もか。

 私が壮絶な顔で冴を見つめていると、お母さんがプッと噴出した。

 全員が、目を丸くしてお母さんを見る。


「あっはは、あーおかし。そりゃあ、実家に帰ってこなくもなるわよね」


「えっ?」


「こんなに賑やかな友達がいたら、大丈夫ね、多分」


 ○


 それから何だか、少しバタバタした。

 うちに泊まるって言ったお母さんだったけど、まだ終電があるからと、急に帰る事になって。

 全員で急いで店を出て、駅まで見送ることになった。


「もう少しゆっくりしていけばいいのに」


「いいのよ。お父さん、私がいないと何も出来ないんだから」


 お母さんはそういって、少し考えた後「彩」と真剣な顔で私を見つめてきた。


「あんたも大人なんだから、お母さん、ここからは何も言わないわ」


「うん」


「でも、自分で決めたことだから、けじめと責任はしっかり取りなさい。挫折しても自分で次の道を探すこと、人に尻拭いさせないこと」


「さっきまでヨネさんに責任取らせようとしてた人がそれ言うんだ……」


 お母さんは言うだけ言うと満足したのか、そっと後ろにいる三人に向かって、頭を下げた。


「皆さん、おバカな娘ですが、どうぞよろしくお願いします」


 ゆっこさんが釣られて「こちらこそ!」と深々と頭を下げ、冴が照れくさそうに頭を下げ、ヨネさんが軽くお辞儀する。


 皆のリアクションを見て、お母さんは嬉しそうに笑い、改札を抜けて帰っていった。


 姿が見えなくなって、私は「はぁ……」と大きな溜め息をつく。


「嵐が去ったみたいだったよ」


「ホンマにな。彩はいっつも人を騒がせよる」


「私のせい!?」


「ところで冴さん、その可愛い格好は一体……?」


「あ、裕ちゃん分かる? おしゃれやろ」


「すごく」


「ゆっこさん?」


「私にも、そんな格好似合うかな」


「ゆっこさん!?」


「大丈夫やで、今度買いに行こうか」


「ヨネさん! ゆっこさんを止めて下さい!」


 私が胸倉を掴むと、ヨネさんは動じた様子もなく「あー……」と声を出した。


「豊崎、これがお前の、今のバンドメンバーか」


「えっ? はい」


「じゃあ、ちょうどいいタイミングだから、伝えとくか」


「何を?」


 全員が会話を止め、ヨネさんの顔を見る。

 ヨネさんは、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「初ライブ、決まったぞ」


 一瞬、時が止まったような感覚がして。

 私たちは、互いの顔を見合わせて。

 一斉に叫んだ。

 二十代の女子らしからぬ叫び声だった。


 夜空には、春の月がぽっかりと浮かんでいた。

 びっくりするくらいの満月で、後で聞いたらそれは月に二度目の満月……ブルームーンだったらしい。


 そんな特別な夜に、私たちの初ライブは決まった。

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