Stage05 ライブ決まりました!

01

 ライブに出よか、と言ったのは冴。

 私たちがバンドを組んで、もう数ヶ月。

 当たり前の言葉だったのに、私とゆっこさんはなぜか「えっ」と声を出した。


「曲も出来てるし、曲の詰め方も上々。流石にそろそろライブやってもええやろ」

「そうだっ……たね」

「ライブやるって前提、すっかり忘れてた」


 私とゆっこさんは頭を掻く。

 そんな私たちの様子を見て冴は「しっかりしてや」と呆れた様に肩をすくめた。


「これからは月一……出来れば月二くらいのペースでライブ出るんやで。このバンドやったら多分大きいイベントにも呼んでもらえるし、どんどんお客さんも増えてくから」

「月二かぁ……」


 確かに、一般的なオリジナルバンドであれば、それくらいがベストかも。

 でも、私には一抹の不安があった。


 久々のライブ。

 最後にやったのは……もう三年近く前か。

 大学の追い出しコンパでやったのがラストだった気がする。

 部のみんなでお酒飲みながら楽器演奏するようなお遊びイベントで、ライブに換算していいのかも怪しいけれど。


 上手く出来るんだろうか。

 レコーディングを先にしたほうがいいのでは。

 逃げ道を色々考えて、そうでもないか、と頭を振った。

 そんなの、ただの先延ばしに過ぎない。


 ただ、私と……ゆっこさんの中にも、多分恐ろしさがあった。


 人前に立って、自分達が作ってきたものを晒す。

 パフォーマンスと、歌の出来と、演奏力と、もしかしたら顔とか外見的な面でも。

 二重以上の意味で、私たちは測られ、評価されていく。


 舞台に立つという事は、そういうことだ。

 賛美の声も、批判の声も、全部受け止めなきゃならない。

 そこに、回避は存在しない。


「それで、出るライブって決まってるの?」


「いや、それがまだやねん」


「大分前にいくつか絞れてるって言ってなかったっけ?」


「うーん、それがなぁ。いまいちピンと来ぉへんねんなぁ」


 すると「じゃあ」とゆっこさんが声を出す。


「月一、二も出るなら、最初は小さいイベントでもいいんじゃないかな。冴さんのバイト先でブッキングしてもらうとか。私たちもある程度ライブの感覚を取り戻したいし」


「ですね」


 しかし冴は首を捻った。


「せやねんけどなぁ。最初やし、大勢の前でやって勢いつけたい気もすんねんなぁ。絶対二人も、大勢の前でやったほうが勘が戻るって」


「そんなもんかなぁ」


 結局、近々出るライブを冴が決めると言う形で、その日のスタジオは終わることになった。

 二人と駅前で別れて、私はふとスマホが鳴ったことに気がつく。


「招集ですか……」


 こう言う時、私には取っておきの相談役がいたんだった。


 ○


「ほうは、ライブは」


 居酒屋で飯をうまそうにがっついていたヨネさんは、そう言って口を開く。咀嚼してるものが見えそうになって、私は「わっ」と目を背けた。


「口に物含みながら喋らんでくださいよ」


 私が突っ込むと「ふまんふまん」ともごもごしながら、ヨネさんはハイボールで口の中のものを流し込んだ。だから口の中見えてるって。


「すまんすまん、嬉しくてつい、な」


 嬉しい? 言っている意味が良く分からず、私は首を捻る。なんで私たちのライブを、ヨネさんが喜ぶのだ。


「そりゃそうだろ。学生時代の仲間が音楽続けてて、バンド活動を久々に始めんだ。しかもオリジナルで。その話題を聞くだけでもわくわくするよ」


「そんなもんですかねぇ」


「それで、どこでるんだ?」


「まだ決まってないんすよ。うちのベースがごねてて。何か、大きいイベントに出たいって言ってるんですよね」


「無茶言うなよ。繋がり作っとかないと、いきなりは難しいだろ。バンドほど営業力が物を言うもんはない。コネクションも重要だ。でかいバンドほどそう言うのはしっかり作られてるから、面識も付き合いも実績も一切ないのにいきなりってのはちょっと厳しい」


「ですよねぇ」


 バンド活動の基本は、ライブハウスが企画するブッキングイベント、と言う物に出て音楽性をライブハウス側に知ってもらうところから始まる。イベントに出て、まずはライブハウスとコネクションを作るのだ。


 すると、似た系統のバンドとイベントを組んでもらえたり、呼んでもらえたりする。

 そうしてるうちに、知り合いのバンドが増えていく。

 そのバンドとイベント企画をしたり、ライブハウスの企画するもっと大きなイベントに出させてもらったり……。


 そのうち、全国に名を轟かせるすごいバンドからイベントに誘われたりして、オープニングアクととして前座を務める。

 そっからさらに名前が広がって、CDもレコーディングして出したりして。

 セカンドデモ、アルバムと続き、レコード発売ツアーで全国にボロワゴンで巡ったりして。


 やがてはフェスに出て、一躍有名人。

 メジャーデビューが決まって、色んな人に買ってもらえて。

 夢の音楽しつつ印税生活だ。


 なんて。


 華々しいな、と何となく思って、私はビールを飲んだ。新卒で入った会社を辞めて、現在フリーターで。同い年の人に比べて、プラプラしちゃってる自分からすれば、夢みたいな話だ。

 まぁ、夢だけど。

 ただ、それは多分冴の夢ではあるかもしれないけど、私とゆっこさんの夢とはまた少しずれている気がしないでもない。


 じゃあ、私の夢って何だろ。

 と言うより私たちは……私は、どうなりたいんだろ。


「で、どうするよ」

「えっ?」


 ヨネさんの言葉に、私はきょとんとする。全然聞いてなかった。


「いや、だからイベント出るかって」


「えっ、私たちが出れるイベントがあるんですか?」


「話聞いてなかったのか?」


「はい」


「聞けよ……」


 ヨネさんはあきれた様子で溜め息をつくと、気を取り直したように再び口を開いた。


「『songs notebook』って言うポストロックバンドがセカンドアルバム出すんだが、そのレコ発に出るバンドを探してるらしい」


「そんぐすのーとぶっく?」


「お前、昔コピーしてただろ」


「……はい」


 まさかその名前が出るとは思わなかった。


『songs notebook』……通称『ソングス』。


 ギター、ベース、ドラムからなるスリーピースバンドだ。

 圧倒的なセンスと、複雑なリフ、そして歌うようなドラム。


 当時学生だった私たちの間で話題になっていた。

 すごいバンドが出た、と。


 よく覚えている。

 彼らが最初に出したデモCDは、私にとっての宝物だ。

 歌がないのに、こんなに胸が熱くなる曲があるのかと、学生時代何度も聴いていた。


「『songs notebook』は、インディーズの中でもかなり名前が売れている。ライブのペースは決して多くないが、着実にファンを増やしてるし、音源出す度に有名になってる。おまけにメンバーは三人中二人が会社員だ。お前ら社会人バンドからしたら、究極系だな」


「そのイベントに出れるんですか?」


「いや、無理だろ」


 ガクッと、私は肩を落とした。期待外れもはなはだしい。

 一瞬目を輝かせた自分が馬鹿みたいだ。


「俺の先輩に“田部”って言う人がいてな。その人は『ソングス』のお抱えレコーディングエンジニアみたいなもんなんだよ。毎回『ソングス』の担当してる。ライブの件も田部さんから聞いたからな。それで、田部さんから話を通してもらったら、ひょっとするかもしれない」


「ふぇええ……」


「もちろん、ライブ実績もない、音源もスタジオ録音のみ、しかも初ライブの駆け出しバンドを出してくれる可能性なんか、1割もないけどな」


「さらにレコ発(レコード発売企画イベント)ですもんね」


 自分たちにとって特別なイベントに、顔も名前も知らない奴を出したりはしないだろう。

 ヨネさんも本気ではなく、ほんの話題提供程度にその時は口にしているみたいだった。

 世の中にそんな美味しい話はないもんだ。奇跡でも起こらないと無理に決まってる。

 その時は、そう思っていた。

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