06

 これからどうするか。

 その問いは私の中にぐるぐると渦巻いていた。

 どうすりゃいいんだろうね。

 自分でも分からないのに、人の問いになんて答えられない。


 答えが見つからないまま、次の日は二日酔いになり、グロッキーになって倒れて、一日中水飲んでは吐くを繰り返していた。そうこうしているうちに気がつけば数日が経過して「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」等呟いてはソファでゴロゴロしていた。

 不思議な何もしていなかったが、無駄毛が生える事も太る事もなかった。神が与えた才能だと思う。


 花屋の仕事を週六で入って、仕事して、休みの日はグダグダして、たまたま見つけたフリーゲームで遊んだりなんかして。そろそろネトゲに手を出すか、などと考えて。

 何かしなきゃなぁと思いながらも、自堕落な生活はなかなか改善されなかったり。

 OL時代に溜め込んでいた貯蓄も意外と減らず、まだ退職金もかなり残っていて、割と優雅で余裕のあるフリーターライフを満喫していた。


 音楽をやれ。

 やってたら、答えが見えてくる。


 たまに、あの時、ヨネさんが私に言った言葉がリフレインする。

 答えってなんだ。どういう意味なんだろ。

 何だか、分かるような、分からないような、もやもやした感覚。


「答えかぁ」


「えっ?」


「どしたん? 急に」


「へっ?」


 そこで我に返った。何故か私はスタジオにいた。

 いや、何故かではない。

 今日は練習日だった。

 曲を作っている最中だった。


 何故か記憶がない。オートモードが発動していた。

 私の事をゆっこさんと冴が怪訝そうな顔で見つめてくる。


「やめろ! その様な顔で私を見るんじゃない!」


「何言うとるんや彩。何やあんた、気ぃ抜けとんなぁ」


「珍しいよね。何かあった?」


「いや、ちょっと考え事しておりまして。……すいやせん」


 思わず越後屋みたいな口調になる。


「練習してる間、ずっと考え事してたの?」


「へぇ……らっしゃい」


「八百屋かあんたは。もぉ、しっかりしてや。今大事なとこなんやし」


 私たちの最後の一曲は、難航していた。



 曲を作るなら全部A面になるような、主題曲になり得るような、すごい曲にしよう!



 そんな感じで作り始めた楽曲たち。

 でも、今までの曲はどれも多種多様で、それが私たちのバンドの特徴なのかもしれないけれど、もう一本、ガツンとした「これが私たちだ!」と言う決め手に欠けていた。


 神の一手が、思いつかない。

 猫の手も借りたい。

 背中が痒い。

 孫の手も欲しい。


 ラチがあかず、休憩を取ることにした。


「なんか段々ロングスタジオが体に堪えるようになってきたなぁ」


 ゆっこさんは肩をトントンと叩く。

 クビを捻ると、ゴキリゴキリと心地良い音が響いた。


「私もです。数日後に体に反動が来るんですよね。どーん! って」


「何や二人とも、情けないなぁ」


 明朗快活めいろうかいかつに冴は笑う。

 若いってすばらしいね。

 今に見てろ。数年後には同じこと言ってんだから。


 内心呪うも、冴だったら平気そうだなぁなんてどこかで感じる私がいた。


 冴には、私たちにはない独特の元気さがある。

 バイタリティとか言う奴だろうか。

 営業とかやらせたらすごそうだ。


 男の子もグイグイ行って落としちゃうんだろうな。

 押しかけ女房的に家に押し入って、以外と家事はそつなくこなして。

 何だかんだ良い関係になって、ひょいと子供作って結婚しちゃうんだ。


 子供は二人かな。

 意外と夫はお硬い大企業の証券マン。

 裕福な生活で、子供達にも愛されていて。

 ご近所からはちょっと白い目で見られるかもだけど。

 その負けん気の強さでやっていけている。


 そんな幸せそうな冴を、恨めしそうに見つめる女が一人いた。

 服はボロボロで、化粧もしてなくて、髪の毛も薄くて、白髪が混じっていて。


 私じゃん!

 何やってんの! そこで!


「それで、何がだめなんだっけ」


 ハッとして意識が戻る。

 またトリップしていたらしい。


「何の話ですか?」


「曲だよ?」


 ゆっこさんが怪訝な顔をする。

 そんな顔しないで欲しい。


「やから、なんかこうなぁ、イメージがつかめんのや。没個性というか、ピンと来おへん」


「まぁ、歌入れてないから余計かもしれないね。サビをどうやって印象付けるかだけど」


「チューニング変えてみる? ダドガドとか」


「時間かかるしなぁ。あんまり意味を感じないよ」


 また私にわからない難しい話をしている。

 そんなにドラムを阻害したいのか!


 んなもん適当でええんですよ!

 格好良いフレーズジャーンで、ベースがボベベベベで、ええんですそれで!


 そう言いたかったが、下手なことを言えば吊るし上げられそうな気がした。

 私は黙って煙草に火をつける。


 ドラムを始めて六年くらい。

 未だにギターとベースのコード理論は微塵もわからない。

 ダドガドって何だよ。

 南アメリカ出身のカウボーイかよ。


 そこで、不意にお腹が鳴った。

 それは、私だけではなかった。

 三人とも。同時に。

 緊迫した作曲談義が、そこで止まった。


「なんや、アホらしなって来たな」


「ちょっとなんか食べようか」


「あ、私持って来てんだ、食物しょくもつ


食物しょくもつて。あんた農家かいな。まぁ、うちも持って来とるけど」


「私も」


 全員が全員、そう言って取り出したのは黎明堂のパンだった。

 ギョッとして顔を見合わせせる。

 もしや……。


 取り出した中身は、やっぱりと言うか何というか、サンライスだった。


 全員で顔を見合わせた後、誰からともなく「プッ」と噴出す声が上がる。


「何や、同じもん買って」


「いや、この間、彩ちゃんが話してたからさ」


「実はうちも」


「人が食いしん坊みたいな言い方しないで頂戴」


「彩は食いしん坊やろ」


「彩ちゃんはそうだね」


 呆れたような笑い声が上がり、私は頬を膨らませる。

 そこで私は、ふと思いついた。


「そうだ、私達のバンド名さ“サンライズ”って言うのはどう?」


「サンライズ?」


「そう! サンライス好きが三人集って、複数形で“サンライズ”!」


「頭悪そうやな。裕ちゃんどう思う……?」


「私はいいと思うけどな……。可愛いよ“サンライズ”」


「さっすが! ゆっこさんセンスある! それで、そこのメッシュ女は?」


「えらい言われようやな。……まぁ、サンライズか。ええんちゃう。意外と、バンド名ってこう言うエピソードからつけられるしな」


「じゃあ決まり!」


 私がはしゃぐと、二人共何だかおかしそうに笑った。

 そこで、ゆっこさんの顔がハッと変わる。


「サンライズか……。最後の曲、テーマを“サンライズ”にしたらどうだろ」


「サンライズっぽい曲って事?」


 冴は首を傾げて、少し考えた後、頷いた。


「うん、ええな。これで作ってみよ」


「だね。彩ちゃんに感謝だ」


「えっへへ、どうも」


「調子に乗らない」


 数ヶ月前、ゆっこさんがバンドを辞めかけた時の事を思い出した。

 あの時解散していたら、こんな光景を見る事もなかったんだよね。


 辛い環境でも頑張って、その先で何かをつかまないと、多分一生、自分は頑張れなかったという烙印を、自分自身で押してしまう。


 そっか。

 何かを私もつかまなきゃダメなんだ。

 必死にもがいて、探り当てて。


「私、このバンドをしてたら、何か大切な事をつかめる気がする」


「何や、急に」


「別に。何となく、言いたくなっただけ」


「何かをつかむ、か……」


 ゆっこさんも、少し共感するように頷いた。


「じゃあ、彩ちゃんがその答えを見つけるとき、多分私達も、何かつかめてるかもしれないね」


 そう、これだけは確実にいえる!

 この三人なら、何かすごい事が出来る気がするって!

 たぶん。

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