05

 チーフの一軒が落ち着いた私たちは、何故かまた居酒屋に戻ってきていた。

 つい先ほど帰ったばかりの私たちの姿を見て、店員が目を丸くする。

 でも、そんなのどうでも良かった。

 私は嬉しかったのだ。またこうして薫と一緒に普通の友達として、話す事が出来るのが。


「いやー、こったこった。上司との飲みだなんてホント気ぃ使うわ」


 薫はそういいながら、肩をぐるぐると回す。首元からバキリバキリと、関節が悲鳴を鳴らしていた。どうやらよっぽど気を張っていたらしい。


「薫、何でホテル入んなかったの? 前チーフの事良いって言ってたじゃん」

「あんたがあんな辞めさせられ方したのに、良いなんて思えないよ。それに、あの後も仕事で色々大変でさ、責任被せられてる子がいたり、大体酷い目にあってるの女子ばっか。結構同じ部署でも女の子辞めてんだ」

「そうなんだ……」

「ま、辛気臭い話はこれくらいにしとこ。せっかくだし、私たちの再会祝いに朝まで飲みますか」

「……だね! 店員さーん、ビール! ジョッキで! 三つ」

「んで、何で俺まで飲んでんだ」

「良いじゃないですかぁ、先輩さん。私助けてくれたの、格好良かったですよぉ。お仕事は何を?」

「レコーディングエンジニアだって」

「うわぁ、将来性薄そう」

「お前ら……」


 薫は大事な友達だった。だからこうして関係が復活するのは、本当に喜ばしいわけで。

 まるで、古い戦友に会ったかのような、そんな何とも言えない喜びに満たしてくれた。

 夜は深まり、ビールも進む。不思議な事に、話は全然尽きない。


「んで、彩は今、何やってんの?」

「えっ! えーと、バンドとお花屋さんを少々……」

「お花屋さん? バイト?」

「まぁ」

「そっかぁ。まぁ、社会人やってたら休みたくもなるよね。私も仕事辞めたいし。私だったら色々旅行行きたいかなぁ」

「でも、辞めてからたまに思うんだ。意外と良い職場だったなって。チーフ以外は」

「そ。チーフ以外は、ね。でも無責任だけど仕事出来んだ、あいつ。だから、ああやって女の子食ってても許されてんの。社内でもう三人だよ。被害報告。あんなんとベッドインして何が良いんだか」

「自分勝手で痛そー」

「絶対痛いって。前戯とかなくてさぁ……あれ、先輩さん、どうしたんですか? 頭抱えて」

「もうちょっと声と話題考えてくれ……」


 私たちが店を出たのは、明け方だった。飲みすぎて、私も薫もフラフラだ。平気なのは、米沢さんくらい。昔から酒強いんだ、この人。なんて思ってしまう。


「あー、飲んだ飲んだ」

「私も……。先輩さん、お酒強いんですね」

「ヨナさんは昔から強いんの」

「誰がヨナだ」


 タクシー乗り場に着く頃にはすっかり薫は泥酔していて、寒空の下、ベンチに座りながら目をつむって私の肩にもたれかかってきていた。

 米沢さんは家が近くらしく、私たちを見送ってから帰るらしい。

 三人で、静かな明け方の街を眺める。


「米沢さん、今日はマジありがとうございました。感謝っす」

「何だ、改まって」

「礼の一つもまともに言えんで、博多っ子の名が廃りますたい」

「お前京都だろ」

「……バレましたか」

「豊崎、お前、これからどうすんだ」

「どう、とは」

「生活や仕事。実家じゃないんだし、ずっとバイトじゃキツイだろ」

「……今はまだ、何も思いついてません」

「そうか」


 責めたり、叱られるのかと思っていたが、そうではないらしい。

 私は問われてるのだ。

 ただただ、純粋に。

 これからどうなるのか、どうしたいのか、次の目標は。


 やがてタクシーが来た。米沢さんが、手を上げて止めてくれる。


「豊崎、音楽をやれ」

「へっ?」

「やってたら、答えが見えてくる」

「何でそう言えるんですか?」

「お前が、俺と同じ畑の人間だからだ」

「音楽の畑って事すか?」

「ちょっと違う。自分の信念持って行動できるタイプなんだよ、お前は」

「信念……」

「それで、お前は自分で答えが見えてる。意識的に、気付かないようにしてるだけだ。でも、最適解を、お前は知ってる。今はただ、その無意識の命令に、無意識に従ってるだけだ」

「何でわかるんすか?」

「言ったろ?」

 米沢さんはこっちを見る。

「お前が俺と同じ畑の人間だからだ」


 なんじゃ、そりゃ。適当じゃないか。なんて言えなかった。

 何となく、私は心が震えていた。


 タクシーに乗る。これ、と手渡されたのはおさつだった。タクシー代だ。

 返そうかと思ったが、悲しいかな、私は貧乏だった。貰えるもんはもらうしかない。


「あの、米沢さん」

「何だよ」

「私も、ゆっこさんみたいにヨネさんって、呼んでも良いすか」

「何だ、そんなことか。好きにしろ」

「あざっす」


 ドアが閉まり、タクシーが走り出す。ルームミラー越しにはるか後ろに流れていく米沢さんを眺めていると「いい男じゃん、彼」と薫が声を出した。


「んで、どうなの?」

「何が?」

「付き合ったりとか」

「誰と?」


 私が首をかしげると「だめだこりゃ」と薫は首を振った。

「彩、あんた見てくれは良いのに、そんなんだから彼氏できないのよ」

「それとこれと今関係ある?」

「関係しかないから言ってんのよ。何人の男が泣かされてきたか」

「何で泣いたの?」

「知るか」


 薫はやれやれと首を振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る