04

 私は居酒屋を出ると、支払いを済ませた米沢さんを手招きする。

 繁華街の奥深く、飲み屋街が連なる街。

 華の金曜日とあってか、スーツ姿の酔っ払いが多い。雑然とした街は、喧騒で彩られている。

 私たちは、そんな中看板に身を隠す。


「んで、何で俺たちはあの男女をつけてるんだ」

「しっ! いいから! 気付かれます!」


 私は鋭い視線を前方へと投げかける。その先にいるのは、チーフと薫だ。

 怪しい臭いがプンプンする。

 二人はひょっとして、いけない関係なのか?

 その様な思想が私の脳裏によぎった。

 どんどん繁華街の奥地へと向かう。そこから先は、めくるめく大人ゾーンだ。


「おい、豊崎、この先って」

「ラブホ街っすよ、米沢さん」

「あの二人はそういう関係なのか?」

「それを確かめるために私達は後をつけてんですよ」

「何で俺までつけてるんだ」

「ボディーガードです。ラブホ街を女一人でうろうろさせる気ですか?」

「自発的にうろうろしたがってるのはお前だろ……」

「あ! 曲がりましたよ! 行きましょう!」

「話を聞け」


 居酒屋外の看板や物陰に隠れながら進む私達の姿はまぁというか、当然と言うか、目立っていた。


 二人はいつからそういう関係なんだ?

 ひょっとして、奴が赴任してきた時からそうなのか?

 だとしたら私はハメられたのではないのだろうか。いや、ハメられてはないのだが。いや違う。そうではない。そんなオッサンみたいな下ネタを言いたいのではない。


 私が辞職に追い込まれたのが、仕組まれた事だとしたら……。

 許せない。いや、許すまじ、マジで。


 道を曲がった二人を追うと、辺りはいよいよラブホ街に突入する。

 私と米沢さんは顔を見合わせると、緊張した面持ちで先に進んだ。

 ラブホ街と言う肉欲渦巻く場所で、こんな緊張した顔した男女なんて、多分世界中でも私達だけだ。


 ふと見ると、チーフが薫の手を引いてホテルに入ろうとしていた。しかし、何やら揉めているようで、口論の声が聞こえてくる。

 私たちはその声に耳を澄ませた。


「いや、ちょっとまだそう言うのは早くないですか?」

「良いじゃないか、君も内心は乗り気だろ?」

「ほ、ほらぁ、私達立場ありますし」

「黙ってたら大丈夫だよ」

「で、でもぉ」


 薫は明らかに困っている様子だった。

 そっか、薫はあまり飲みとか行かないから、この辺りの地理にうとかったんだ。だからここがラブホ街だって事、知らなかったのか。


「どっちだ、あれ」

「えっ?」

「困ってんのか、渋るフリしてるだけか」

「困ってます、あれは」

「そうなのか? 良く分かるな」

「親友ですから」

「なるほどな。……助けに行かないのか?」

「えっ?」


 行きたかった。

 でも私は迷っていた。

 ここで私が助けに入ったら、薫も私みたいな事にならないだろうか。


 会社の立場を追われて、退職に追い込まれて。


 薫の事だ、私がここで止めないと、あのチーフの口車に逆らえず、そのままホテルに連れて行かれて、会社を辞めてしまうかもしれない。

 もし助けたとしても、じわじわ虐められて長期に渡って衰弱させられるかも。

 そう考えると、体が動かなかった。

 目の前で友達が連れ込まれようとしてるのに。

 自分がどうすべきか、判断できないでいた。


 私は会社を辞めたはずだ。

 社会のしがらみから、解放されたはずなのだ。

 それなのに、私には鎖が巻き付いていた。

 社会のしがらみという鎖が。


「名前、何だ?」

「えっ?」

「お前の友達」

「えっと、薫です」

「そうか」


 米沢さんはそれだけ言うと、すたすたと二人の元に歩いていった。


 えぇ!? 何するつもりだ? あの人は。


 私は呆然として、動くのを忘れてしまう。

 そうこうしてるうちに、二人が米沢さんの存在に気がついた。

 米沢さんは、チーフの手を掴み上げる。


「痛っ! 痛たたた! 何だお前は! 警察呼ぶぞ!」

「お前、人の女に何やってんだ」

「ええ!?」


 薫とチーフと私は、多分全員同時に声を上げた。


「何、人の女無理やり連れ込もうとしてんだって言ってんだよ」

「か、彼氏?」


 どぎまぎしながらチーフが薫と米沢さんを交互に見る。薫も一瞬驚いていたが、すぐに米沢さんの狙いに気がつくと、静かに頷いた。


「お前、こいつの会社の上司だろ。話には聞いてるよ」

「え? うぇえ?」

「このこと、バラされたくなかったら、もうこいつには構うな。二度と手ぇ出すんじゃねーぞ。次やったらどうなるか分かってんだろうな?」

「へ、へぇい!」


 米沢さんは、チーフの返事を確認すると、その手を離す。

 まるで出来損ないのギャグマンガみたいに、チーフは走り出して、もつれてこけて、また走り出して、夜の街へと消えて行った。

 私達は、ただただその場に取り残される。


「えっと、あの、ありがとうございます?」

「ああ、礼ならあいつに言ってくれ」


 と、米沢さんが私を手招きした。

 何だか出づらいが、私はしぶしぶと顔を出す。


「彩!? 何で?」

「い、いやぁ、久しぶり……。なんか、見かけちゃったから、気になって追いかけてきちゃって。それで困ってたみたいだからさ」

「この人は?」

「私の大学時代の先輩。でもまさか、助けに入るとは……」


 驚いたろ、と笑う米沢先輩は、学生時代のまんまで。

 何も縛られてない、自由な鳥みたいな人だと思った。

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